第13話 緩やかな絶望、野女と美獣
授与式は無事に閉会した。
自分の生涯を代表する証明魔法を受け取り、これから未来に向かって踏み出そうとする生徒たちの、希望と歓喜に満ちみちた表情が印象に残っている。
私はその輪を尻目に劇場を去った。
誰とも顔を合わせずに学校を出ると、帰路の道すがらに行きつけの酒場へ寄る事にした。
言うなれば、これは平和の象徴だ。そして、あらゆる冒険の証跡だ。かつて世界各地で傭兵ギルドと呼ばれた施設の一つ。伝説の『ヒューマンズ・セッション』はここから始まった。所謂、冒険時代末期の栄光。
施設は円柱状に造られていて、一階ホールから最上階までは吹き抜けになっている。天蓋には、逆さに生えた摩訶不思議な巨大樹が根を張り、その葉の一枚一枚が黄金のような光を放っている。その神々しさは正に建物の名前にある通り、精霊が宿っているのではと思わせる雰囲気があった。ただし、当時から変わっていないものと言えば、あれぐらいなもので……。
一階ホールの中央に屹立した巨大な石板。
昔、あれには国内外から要請された依頼の票が貼り出されていたらしいのだが、今では、雑多な広告やポスターを掲示するための板に過ぎない。所々に幼稚な落書きすら見られる。
石板を迂回して進んだ先にあるのは旧受付カウンター。
石板から剥ぎ取った依頼票の手続きを行う場所だった。美男美女を取り揃えた受付係の色香に奮い、無事に帰った暁には可愛いアノ子を口説き落としてやろうと胸に決め、一入二入も味付けされた濃厚な冒険にいざ行かん……といった、ありし頃の熱情はもはやどこにもない。
カウンターには、依頼票の代わりにビールジョッキやウィスキーグラスが並び、その更に奥のほうは、油と香辛料の匂いが漏れ出す厨房に改築されている。
世界に名を馳せた一大傭兵ギルドが、今やこの有様。
夢と冒険は、この世にはもう必要とされていなかった。
私は薄明るい三階のテーブル席に座っていた。
「――ご注文のスプモーニです」
甘栗色の髪をした従業員がカクテルを置く。
「ありがと」
これは苦みの強い
夕焼け色にきらめくスプモーニの半分を一息に煽る。ヒリヒリとした喉越し。薬草酒の苦み。その後に、さっぱりとした甘みと酸味が胸の奥に染み渡る。
テーブルにはもう一つ、ウィスキーのグラスが置かれている。
その隣に置かれた大きな
「それで。君は冒険を諦める事にしたのか?」
煙の向こうから、まるで濃霧を彷徨う亡霊のように
うまく言葉にして言い返せないのが、とても悔しかった。
「……だってさ。考えてみろよな。使いきりの回復魔法なんて役に立たないだろ。しかも、よりにもよって証明魔法だぞ。こんなクーポン券みたいな魔法でどうしろってんだよ」
彼が愉快そうに笑う。別段、こちらをバカにするでもない爽やかな感じだった。
バンビーナ。しばしば彼は私をそう呼んだ。
曰く、親愛を込めてそう呼ぶのだと言う。物心がついた時には既にそうだった。
煙が薄れてくる。
「君のお母さんは、回復魔法しか使えなくても冒険をしたんだぜ?」
彼の名は、ドミニク・ディートリヒ。
白のスウェットを着ていて、浅く被ったパーカーからは、藤の花を思わせる艶めかしい青色の長髪が垂れている。そして、前髪の隙間から更に深い青の瞳が私を見つめている。
彼の肩書きは多い。
美魔女、恋愛詐欺師、男性の脅威、等々……。
そう呼ばれる所以は、このように五十路の男らしからぬ美貌に他ならない。美貌というのは正に女性的な美しさという意味である。
肌は十歳ほど若く見え、麗しい。更には薄く化粧までしている始末だから、ドミニクと知り合った男が彼を口説こうとして、深刻なトラウマを負う事故に遭ったという話は絶えない。それでいて、彼は男色だから余計に手に負えないのだ。
来るもの拒まず去るもの逃がさぬ、といった感じ。
正に獣だ。まるで、野女と美獣といった塩梅だ。
しかし、驚くなかれ。そんなドミニクには他にも別の肩書きがある。
元王国騎士団長。
到底信じられない。私も信じられない。
けれども、母が生き証人としてそう語っているから嘘ではない。なんでもその実力は、あの『ヒューマンズ・セッション』のパーティリーダーと互角なのだとか。
本当だろうか。どうも信じ難い。
水煙管をブクブク吸いながら、ウィスキーを煽るこのオカマが?
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