第5話 伝説の魔法使い VS ステゴロ不良娘
私は後ろへ一歩退いた。
教授の魔法がバラバラに着弾するはずがない。彼はそんな不格好な真似をしない。上下左右から寸分の狂いなく同時に当たるよう設計しているはずだ。だから、無闇矢鱈に前へ出るよりも、こうして一歩でも後退すれば避ける事ができる。
避ける事はできるが、そうするつもりなど毛頭なかった。
教授にとってこれは単なる卒業試験だろうが、私の認識はもう違う。
正々堂々ぶちのめす。これは喧嘩だ。正面切って振り抜かれた拳からは背を向けない。
それが私のマナーだ。
――九つの槍が一点に交差する瞬間。私は後ろへ引いた右脚を渾身の力で振り抜いた。
重たい衝撃が下半身から伝わる。砕けるのは凡人の右足か、天才の魔法か。
まさか教授も、私が真っ向勝負を仕掛けるとは思ってもみなかったのだろう。青褪めたり、おっかなそうにした彼の表情。彼の中で、落ちこぼれの私が消えていくのが見える。
舞い上がる土埃の中で、ブーツに縋りつく小さな火。それがスーッと消えた。
地面をジリジリと踏みにじって、右足の震えを抑えつける。
「教授、断言するよ」
襟からネクタイを解き、右手の拳に巻き付ける。
「テメエの魔法はもう避けない」
「……ハア。無茶をするやつだ……よし、良いだろう。かかってこい」
剣の代わりに杖を使うみたく、細く絞った傘を優雅に構えるメカチャック教授。紳士の戦い方だ。だが、彼は憎らしくも、嫌になるほど私という一生徒の事をよく理解していた。得意の肉弾戦に持ち込もうとする私の企みなど、全てお見通しというわけだ。
数メートルはあろう距離を駆け抜けて廻し蹴りを放つ。
10歳前後に見える未熟な体へ、全力の足技をお見舞いした。しかし、教授は涼しい顔をしながら左肩に傘を立ててそれを防ぐ。
私はそのまま体を捻りつつ、畳んだ足から裏廻し蹴りを叩き込む。
それも悠々と防がれる。
上がった足を鋭く踏み込んで腰を落とし、重心移動を利用した肘鉄を刺し込む。肘を起点に腕を開き、左手を添えた裏拳を真っ直ぐ突き入れる。後ろに大きく引いた左脚を引き寄せて膝蹴りを与える……そういう、凡そ魔法学校の卒業試験にはまるで相応しくない超接近戦を繰り広げた。しかし、いかなる打撃を与えても、傘一本と体捌きだけで教授は全てをいなした。
いくらメカチャック教授とはいえ、格闘なら私にも勝算があると踏んでいたのだが。
これが真の冒険に身を投じた者と、温室でぬくぬくと育った人間の差なのだろうか。
戦いの最中で少し不思議に思ったのは、私が攻撃を与えていくたびに、こちらをジッと見つめる教授の視線が段々と鋭くなってきたという事だ。
教授が私に問いかける。
「どうして吾輩が君の攻撃に対処できると思う?」
「チョー聞きたいね、それ」
「本当に聞きたいか?」
「教えろよ」
――その一瞬の油断が命取りとなった。
気を抜いた私の隙を突き、素早く間合いに潜り込んだ教授が左脇腹を柄で打ち据える。
「ぐぇっ……」
激痛。刺し貫かれたかのような悶絶の一撃。押し退けられる内臓の動きを感じた私は、思わず腹を抱え込んで吐きそうになる衝動を堪えた。
呆れたように鼻を鳴らして、教授が私の疑問に答える。
「『ヒューマンズ・セッション』のパーティリーダーは、左腕が義手だったのだよ」
「えっ」
怯んだ私の額に、ビリヤードの要領で放たれた石突が連続で打ち込まれる。
コンッ、コンッと間の抜けた音が会場に響く。頭蓋骨が砕けない程度に加減されて打たれた石突。骨から発せられた生々しい物音は、これを見物する全員へ凄まじい恐怖を与えた事だろう。
「……攻撃前の予備動作がない、攻撃こそが次の攻撃の予備動作。盤上の駒を進めるような計算された格闘術……そういった半身のみというハンデを逆手に取ったスタイルはもう見慣れている……もっとも、君のそれは悪癖のようだが」
脳が揺れる。
神経を鉤針で引き抜かれたような脱力感と、パチパチと火花を散らしながら白く染まる視界。
朦朧とする意識の中、落胆した教授の厳しい声が聞こえた。
「べリタ・フロムオード。残念、君は落第だ」
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