第4話 グレイテスト・インジケーター

 その時、奇妙な変化に気が付いた。


 やけに日差しが強い。教授の足元の影が見る間に伸びていく。


 雲間に隠れていた太陽が顔を出したのかとも思ったが、そうではない。


 頭上を見上げると、そこには燃え盛る火球があった。太陽が落ちてきたかと錯覚するほどの光景である。あんなもの、いつの間に放ったのか。巨大な火球は音もなく落下を始め、今にも私を丸焦げにしようとしていた。あの男子生徒に放った火球の数倍はある。


 慌てて前方へ飛び出したので直撃は免れたが、私は凄まじい衝撃に巻き込まれた。無様に地面の上を転がったせいで、綺麗に支度した制服が土にまみれてしまった。


「ふん。まずは一点。対処して当然とはいえ、少し加減が過ぎたか?」


「……なンでアタシだけ火力がダンチなんだよ!?」


「ハハ、イチオシに懸ける期待というやつだ。次は3本・・でいく。対応してみせろ」


 そう言うなり教授は、左手の示指ひとさしゆびと中指、右手の示指を合わせた計3本の指を軽やかに振るい、宙へ複数の魔法陣を描いた。


 まるで楽団の指揮者が演奏者へ曲のイメージを伝えるように。


――あれこそが、伝説に謳われるアンドリュー・メカチャック教授の十八番。


偉大なる知の示指グレイテスト・インジケーター


 通常、魔法使いは特殊な杖を使う事で安定した魔法を打ち出そうとする。それと言うのも大抵の場合、杖無しでは不発するか、魔力が暴発してしまう。そのため、かえって自分が大怪我を負う羽目になる。


 上等な杖ほど魔法の安定性や威力に影響するので、この魔法学校に入学するに当たり、入学生たちは有金をはたいてより品質の良い杖を用意しようとする……そういう一切の常識を無視した、ある種でメカチャック教授の専売特許とも言えるべきもの。それが〈偉大なる知の示指〉である。


 彼の指、その10本全てが最高級の杖に値する。


 のみならず、メカチャック教授はハイエルフ特有の排他的生活様式をより頑固に極端化させ、人間の寿命とは比較にならない時間をかつて魔法の研究に費やしていたそうだ。だから、そういう能力さえ持て余すことなく存分に発揮できる。並みの魔法使いが杖を数本持ったところで曲芸にしかならないだろう。


 つまり何が言いたいのかといえば、メカチャック教授はやたらと自分を『天才』などと高く持ち上げているつもりのようであるが、実際のところは、本人の自己評価がアンマリにも過小評価であるという事に尽きる。


 天才を一流と呼ぶならば、彼は超一流。世界の最高の魔法使い。


 この時、教授は卒業試験の中で初めて詠唱らしきものを口にした。


「……うん、超劣化式……いや、そうだな。〈火炎槍ファイヤー・ランス〉とでも呼んでおくべきか。その方がモダンだろう」


 教授の奇妙な態度に反して、発動される魔法はやはり一級品だった。


 瞬間的に彼の前方へ出現した9つの火球が、まるで、そういった生態を持つ植物みたいに捻じれて槍の形に変わった。教授はさも当たり前のようにしているが、常識的な知見を持つ魔法使いには明らかな異常に見える。詠唱を雑に済ませるだけであの魔法の精度、完成までの速度。


「ほんと、あんたバケモンだわ」


「笑わせるな。吾輩に啖呵を切ったんだ。5本指までは涼しい顔をしていろ。それが目上に対するマナーというものだ」


 手綱を放された猟犬のごとく、正確無比に私へ狙いをつけて火槍の群れが襲いくる。

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