第3話 不良娘、ガチギレする

「――たった十数年で世界は平和になった。このカリステジア王国と、その周辺諸国は過去最も平和な黄金時代を迎えた。そうして、この世からは脅威が消え去った。そうだろう?」


 メカチャック教授が、凛として私たちに問い掛ける。


「それでもなお諸君はこの学び舎の門を叩き、ついには学業を修め、卒業の一歩手前まで漕ぎ付けた訳だ……しかし、それは何の為に?……平凡に生きてゆくなら、初歩的な生活魔法を覚えれば十分。出世のため、より良いポストへ就くためなら図書館にでも籠っていればよい」


 彼は羽織ったフロックコートの襟を正した。


「吾輩は天才である」


 入学式でも彼は同じ事を言っていた。


 卒業試験の今日も、彼は同じように私たちへ力強く言い聞かせた。


「諸君には、希望と興奮に満ちた夢がある。吾輩のもとで魔法を学び切った事実を再認識したまえ。夢を現実へ引きずり出す方法はもう教えた。魔法の本質とはそういうものだ」


 細く絞られた傘の石突を観戦席へ向ける。


 その所作だけで数百人はいる卒業候補生たちの顔に緊張が走った。


 生徒連中を一通り眺め回しつつ、しばらく品定めするように動かされる石突。


 それがピタリと止まる。


「次は君だ。ベリタ・フロムオード」


 会場がざわつく。陰でこそこそと話す生徒たちの声が聞こえる。


 私はギクリとして、変な所から冷汗が噴き出した。


「……えっ、いやいやいやいや。アタシは最後で良いんで……ここらで一発、先生イチオシの優等生くんにでも……そんな奇特なヤツがいればですケド……そういう子に場を沸かしてもらった方が良いんじゃないスか?」


「何だ、怖いのか」


「……え? えへへ。そうそう。アタシ、緊張するとお腹壊しちゃうんスよ……」


 クスクスと生徒から笑いが起こる。


 こうして私が変に目立っているのは、過去に一度も魔法の詠唱が成功していないからだ。


 魔法の才能がない。


 母は優秀な回復魔法の使い手だというのに、何の先祖返りだか知らないが、私にはちっともその血が表れていない。何なら生活魔法も使えない。水魔法の講義ではあんまりにも腹が立ったものだから、痰を吐いて「これでいいですか?」と言ってしまい教授の逆鱗に触れた程だ。


 私は不良で落ちこぼれだ。


 先ほど紙飛行機みたく飛ばされた男子生徒の方が私よりもずっと優秀なのだ。だというのに何の恨みがあるのか、メカチャック教授はとても執念深く私に目を掛けた。


 でも、無意味だ。こんな大勢の前で恥を掻く必要はない。


 御覧の通り、あれだけ厳しい卒業試験だから、ここで不合格になっても補習が用意されているはずだ。ここは静かにやり過ごしたい……。


 そう思っていた。


「先生、だからアタシの事は後回しに……」


「ああ、別に良い。知ってた、知ってた」


 教授が手をヒラヒラと振るいながら、おどけるように言った。


「は?」


「安心したまえ。補習は受けさせてやる。他の奴は知らないが、どうせ君の事だ。田舎家業を継いで親孝行でもする予定なんだろう。冒険者になるとか夢を語っていたので少々期待してはいたのだが、やはり冗談だったか。イマドキの若い女の子には流行らないもんな! 冒険者とか、ダサいし! ハハハッ! もう良いぞ、着席」


――こいつブッ飛ばす。マジで殺す。


 カッと頭に血が昇った。首に血が渋滞して苦しくなるほどだった。


 制服のジャケットを地面に叩き付ける。


 他の生徒を押し退け、時には踏み付けながら、乱暴にそれを乗り越えて客席から飛び降りた。


「やってやろうじゃねエかよ、この野郎ッ!」


 一転、歓声が沸き起こる。


 自分で語るのも情けないが、この短気ぶりは生徒中に広く知れ渡っていた。成績を冷やかしにきた生徒を私が蹴散らして医務室送りにする光景は学校の名物になっていたぐらいだ。


 こうなると自分ではもう歯止めが利かない。


 客席から地面へ2メートルはあっただろう。しかし、着地した瞬間の足の痺れさえも感じなかった。


「テメエ、このクソエルフ。今日という今日はその澄ましたツラ、ぐずぐずにしてやるからな」


 教授が挑発的な笑みを浮かべる。それはとても満足げな表情で、私を揶揄うのが随分と楽しいらしかった。彼は鼻で笑いつつ勿体付けて言った。


「やれるものならやってみろ」

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