第37話 開墾と訪ね人

 ――――キリキリキリキリ


 私の目の前の地面に展開されるのは、黄金色に神々しく輝く複雑な模様をした魔法陣。


 それがキリキリと音を立て回転し、私の詠唱とともに魔法陣に込められた莫大な量の魔力が解き放たれる。


「弾けて混ざれ! 開墾魔法、オーレ・マタ・ナ・ンーカヤッチャ・イマーシタ!」


 キィィィィィンっ!

 ドドドドドドドドドッッッ!



 婆さんの家の庭から臨む森を、私の開墾魔法が蹂躙する。

 何だかよく分からない雑草やら無駄に大きい岩やらがてんこ盛りで何も手入れがされていない荒れ果てていた森が、放たれた魔法によりなんということでしょう、今では立派な畑になりました。



「ふっ、またつまらぬものを開墾してしまった……」

「……友よ、さっきからいったい何をやっているのだ?」

「、!? うぉ、びっくりしたぁぁあ! 、ちょっとアレクさん! いきなり出てくんなっていつも言ってるよねっ? まじでやめて」

「ふふ、すまない。俺は貴様の驚く顔が存外好きなのだ、許せ」


 今日も今日とてイケオジボイスの鶏、アレクサンダー15世ことアレクさん。

 馬鹿みたいにデカかった身体は、今は私の肩に乗れる程に小さくなっている。

 その日の気分で身体の大きさを魔法で変えているらしいが随分と便利なものである。



 さて、ナイスボーンな私こと骨は、いつもより早い時間から畑仕事に精を出していたりする。


 その理由は婆さんだ。

 今日もハンナ婆さんは朝早くから仕事だそうだ。

 日が昇る前からこそこそと私に隠れて家を出てこうとしていたので、それを直ぐに察知した私は素早く起きつつ姿隠しの魔法を展開、家を出ていこうとする婆さんの背後からエンカウント。

 励ましの言葉とともに出勤を見送ろうとしたのだが、お返しとばかりにいつもの事ながら魔法をしこたま撃ち込んで貰った。


 いつもの通り婆さんはこちらの話に耳を貸さず声を掛けた瞬間にノールックで魔法を撃ち込んでくる。

 魔法を撃ち込みつつ何やら「どうしたらこいつを……」「もう解けそうだ……」などと意味不明なことをブツブツと呟いていたが、あれは間違いなく痴呆の症状が進んでいる気がする。


 婆さんも私に魔法を撃ち込み始めてからというもの、心なしか顔色が良くなっているような気がしないでもないのだけれど……。

 仕事仕事で疲れているように見えた顔も、魔法を撃ち込み終わるとスッキリしたような憑き物が落ちたような晴れやかな顔をしていたりする時もある。

 直ぐに元の怖い顔に戻ってしまうのだが。


 今日も撃ち込み終わったらスッキリした顔になったはなったのだが……。

 今日はいつもと違って「私は何を……」とか「シーちゃんなら……」とか、よく分からないことを更に延々と呟いていて少し怖かった。


 その状態の婆さんに少し会話を試みてみたが、返ってくるのは混乱したような返事のみ。

 まるで今までの婆さんではない、別の誰かと話をしているみたいで少し悲しい気持ちになった。

 口調も婆さんらしくない若々しい喋り方だったが、認知症でよくある意識が逆行し若い頃に戻るという症状が出たのだろう。


 婆さんを見ていると顔は思い出せないが認知症だった祖母の最後と重なってしまい、いたたまれなくなった私は咄嗟に婆さんに対して魔法を行使した。


 混乱しているのか私に何やらわけわからん事を色々質問してくる婆さんを無視して顔をむんず、と鷲掴みにし、婆さんの萎縮した脳味噌に対してなんちゃって治癒魔法をこれでもかと叩き込む。


 婆さんが先程までの優しそうな仏のような顔とは打って変わり、ブチギレた鬼のような形相で騒いで暴れている。

 だが、私の握力は畑仕事によりかなり鍛えられているので婆さんには外すこと叶わず。

 勢い余って頭をぐしゃっと潰さないように細心の注意を払いつつ、心を鬼にして私はありったけの魔力を流し込む。


 流し込むこと数分後、婆さんに流し込んでいる私の魔力が何かに遮られるような感覚を覚えると同時に、婆さんの頭辺りから具体的に言うと目や耳や鼻や口等の穴という穴からドス黒い魔力がジワジワと滲み出てきた。


 むむむ、と更に追い魔力をこれでもかと追加しまくっているとパキン、という音がしてその感覚はどこかへ消えてしまった。

 滲み出ていたドス黒い魔力も霧散して婆さんからはキラキラとした綺麗な魔力が溢れてきていた。


 その後もしばらく流し込んでいると、婆さんはとてもスッキリとした清々しい顔で「もう大丈夫だよ、ありがとう骨ちゃん」と、いとも簡単に私の手を振り払い、止める間もなく老婆らしからぬ早さで玄関を出ていってしまった。


 骨ちゃん、なんて呼ばれたことは一度もないのだが少し懐かしい気持ちになったのは何故だろう。

 あとあの黒い魔力、どこかで見たことあるような……?

 まぁ婆さんが元気になったのなら細かいことはいいかな。


 しかしそれはそれとして、やはり1日の始まりには婆さんに魔法を撃ち込んで貰うに限りますなぁ。

 魔法を撃ち込んで貰った日はなんというか、身体のキレが全く違ってくるのだ。


 魂の奥底から元気がモリモリ湧いてくると言うか、身体中に生気が漲ると言うか。


 そういえば、最初に魔法を撃ち込まれてから蛍のように薄く綺麗に発光していた私の身体は、今ではまるで空にサンサンと輝く太陽のように全身から燃えるような閃光を放ちまくっている。


 私は自分では眩しさを感じないがアレクさんや鈴木さんから見たら歩く太陽のようで、家の中が激しく照らされて眩しいとか言うレベルじゃないと苦情が来た。


 アレクさんはどうでもいいが鈴木さんには大変お世話になっており申し訳なく思うので、何とかできないかなーと試行錯誤の末ON/OFF機能を付けることに成功した。

 これで普通に暮らす分には誰にも迷惑かけなくて済むと安堵したものだ。



「で、貴様は何をしているのだ? なにやらまた頭のおかしい魔法を使っていたようだが……それにあの意味不明な詠唱は?」

「ん? あぁ、畑をもうちょっと広くしようと思ってね。開墾作業中だよ。この前開墾魔法作ったから使ってみたくてね」


 そんな感じで朝から無駄にモリモリの元気いっぱいな私は、有り余る元気をどうしようかと考えた。


 そう言えば、最近鈴木さんから野菜の苗を貰ったことと開墾魔法作ったっけなと思い出し、「じゃあいっちょ開墾すっか!」と、思い付きで開発した新魔法をぶっ放したのである。

 ちなみに、詠唱はその場のノリである。


「思い付き……相変わらずイカれているな友よ。普通はそんなポンポン新しい魔法なんか開発できないのだが……」

「ふふ、そんなに褒めても出るのはゲロくらいだぞアレクさん」

「いや、褒めてはないぞ友よ。……骨ってゲロ吐けるのか……骨がゲロ?」

「ふふふ。……ん?」


 そんな話をアレクさんとしていると、鈴木さんが家の勝手口から出てきて私を見ながら手招きをしている。


「どうしたの鈴木さん? 何か私に用事?」

「……(コクコク)」

「誰かが訪ねてきている? 私に?」

「……(コクコク)」

「誰だろう? ……神域にいるような人で私に知り合いなんていないけど。というかここに来てから一歩も敷地外に出てないからいるはずないんだけども」

「……? ……!」

「うん、とりあえず、玄関に行ってみるよ。ありがとう鈴木さん」

「……(ペコリ)」

「……相変わらず俺には鈴木が何言っているか分からないな」



 鈴木さんは相変わらず喋らない。

 相槌や身振り手振りで一生懸命意思を伝えようとしているのが小動物ムーブしていてとてもキュートである。


 鈴木さんとも短い時間だが付き合いを続けてきた結果、最近何となーく言いたいことが分かるようになってきた。

 アレクさん曰くこれも私の意味不明な魔法の成せる技のようだが、自分では魔法を使っている意識が無いのでわからない。


 まぁ、意思疎通が少し出来るようになって便利だから細かい事はどうでもいいけども。


 さて、誰が訪ねてきたのかな。


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