第34話 骨にはまったく関係ない話

 神や女神、それに連なる者達が住まう神域。

 その神域の外れにある今にも崩れそうな築何年経過しているのか分からないようなボロいボロいアパートの一部屋。

 六畳一間の狭い部屋で、二人の人物が向かい合っていた。


 紅いローブを纏い無骨な太い杖と年季の入った可愛い手提げ鞄を大事そうに持った老婆が一人。

 カモシカのようにするりと長い手足、日本人形めいた可愛らしい顔、白磁の陶器みたいに白くツルツルな肌、それらを自らの血で染め上げ、血溜まりで倒れている巫女のような服装をした少女が一人。



「も、もぅ、や、やめ…、」


「……」


「お、お、願い……、お、お願いします、痛いのは、もう、いや――」


 ――――とん。


 ぐりゅり。

 ぼと、ぼとぼと、ぼてん。


「だ、、あ、え、、ぎ、ぎゃぁぁぁーーーっっっ!」


 ボロアパートの部屋に杖を突く音が響く。

 その音が部屋に響く度に少女の口から、その以前は美しかったであろう見た目からは想像し難い、ひどく汚い叫び声が上がる。


 老婆の普段の仕事では、いくら相手が大嫌いな神や女神といえできるだけ苦しませないように一瞬で頭を潰し意識を刈り取る。


 しかし、今回は一瞬で相手の意識を刈り取らず、より痛みが増すよう続くようにと手足の先から順々に段階を踏んで、ゆっくりゆっくりとその綺麗な身体を捩じ切り、潰していった。


「……はぁ、うるさいねぇ。前から思ってたけど女神の声ってのはなんでこう耳に障るかね」


 ――とん。


 老婆が心底嫌そうな顔をして溜息をつき、もう何度目かの治癒魔法を女神にかける。

 手足の指先から関節毎に捩じ切られ潰されて、見る影もなかった女神の身体が、杖が床を突く音とともに時を巻き戻したかのように、一瞬で元のまだ傷一つ無い綺麗でかわいい整った身体に戻る。


「あ……あ、う、、ぎずが、また治っ……いや、嫌だっ、また壊され――」


 ――とん。


 ぐちゃあ。


「ぎ、ぃ、いっっああぁぁぁーーーっっっ!」


 そして、また杖を突く音が響くと同時に、手足の関節全てが曲がってはいけない方向へと一斉に曲がり、少女の叫び声が響き渡る。


 この部屋へ老婆が訪れてから一時間と少し、その間ずっと同じような事が繰り返されている。


「はぁ、はぁ…、な、なんで、私がこんな、こんな目にあわなきゃ……」


 見た目だけは年若い少女のような女神は、このまったく見知らぬ老婆によって起こされている理不尽な暴力に心が折れかけていた。


 この老婆は早朝部屋を訪ねてくるなり、中で傷付いた身体を休めていた女神に向かっていきなり魔法を行使した。


 まずは部屋全体に魔法封じの結界を貼り、次に逃げられないように女神の四肢を切り落とし、その次は耳障りな音を出す喉を焼いた。

 女神が痛みと出血で意識を失うと治癒の魔法で身体を治し、また同じように身体を順次壊していく。

 気を失っている女神は身体を壊されていく痛みで跳ね起き現実に戻され、また痛みで気を失う。

 そしてまた治癒魔法を……。


 「ぐぐぐっ、くそ、がぁ……」

「……」


 いきなりの事で混乱していた女神は、3ヶ月ほど前に心身共に重傷を負い思うように身体を動かせないということもあって、老婆が為すことを甘んじて受け入れるしか無かった。


 普段の万全の状態ならば、突然の襲撃と言えど簡単に魔法封じの結界なんて張らせたりはしないし、例え張られたとしてもこんな無様な姿を晒したりはしなかったはずだ。


「……まだ元気みたいだね」


 老婆はそう呟くと、また何度も治癒と破壊を繰り返した。


 目の前の女神の頭部以外の身体の部位を、治癒しては切り落とし、治癒しては捩じ切り、治癒しては圧し潰した。


 神や女神という存在は四肢を潰されて血が大量に流れても、心臓を圧し潰され首を捩じ切られ頭だけになっても、死ぬことはない。


 それどころか身体が潰されようが燃やされて灰になろうが、神気という老婆にとって理不尽でご都合主義な不愉快極まる謎エネルギーさえあれば、何事もなかったようにまるでゲームのキャラクターのように復活する。


 手足を捩じ切り、治す。

 目玉を焼いて、治す。

 全身の骨を砕いて、治す。

 内臓を抉り取り、治す。


 老婆がこんな拷問めいたことをするのには、仕事だからという以外にも理由があった。

 極めて個人的な、どうしても譲れない理由が。



「も゛う゛、も゛ぅ……や、やめ゛で……」


「なんだい、この程度で弱音を吐くなんてだらしがないねぇ。アンタも女神だろう? アンタの先輩達は同じ状況で反撃までしてきたっていうのに。最近の若いのは甘やかされすぎじゃあないかね」


「ち、ちが、わだじは、」


「ま、その先輩達も最後には死ぬんだけどね」


 ―――どん゛


「ぎゃ゛、っ、、!!」


 老婆は、女神を恨んでいた。


「がふっ、……な、なんで、なんでごんなごどぉ……」


「……」


 ――――――――とん。


「な、なんで、こんな……わたし、まだ――」


 ――どん。


 っぎりぎりィ、ぶちん。



 いつもなら例え恨んでいようともこんな木っ端女神なんて軽くお仕置きして、あとは機関に引き渡して終わりだ。


 だが、今回は違った。

 老婆には、大事な大事な用事があった。

 大昔の借りを返すという大事な用事が。


 女神になってまだ300年も経ってないようなこの馬鹿で小賢しい女神自体には、老婆は個人的にはなんの恨みもない。

 だが、この女神が老婆の長年の仇敵の、老婆の大切なものを奪った者たちの手先だとしたら。


 ――とん。


「聞きたいことがある。また壊されたくなかったら正直に話すんだね」

「、、げぶぉ、げほっ、……はぁ、はぁ」

「アンタ達、若い女神の間でまた地球から人を攫ってくるのが流行ってるんだろう?」

「さっ、攫っでなんがいないっ!」

「おや、そうなのかい。女神アンタ達の間では相手の承諾なしに無理矢理連れて来るのは、攫うとは言わないのかい」

「あ、あの子達はっ! 既にあちらで死んでいるんだ! 私達は終わって使い道の無い魂を再利用してるだけだっ! それの何が悪いっ!」

「そうかい」


 ――とん


 ぐちゃり、と女神の右手首から先が潰れる。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っっっ」

「悪いに決まっているだろう。……はぁ、アンタ、誰に唆されたんだい?」

「だれ……な、なにを、言っでいるのか、分からな……」


 ――とん


 ぎゃりりぃぃ。

 女神の頭の左半分が削られる。


「い゛ぃい゛っっっーーー」

「過度な異世界召喚は神法で少し前に禁止されているのを知らないわけじゃないだろう? デスゲーム、だったかい? 悪趣味だねぇ。……アンタみたいなひよっこ女神でも、それを破ったらどうなるか知らないわけがない」


 ルール違反をした神は罰せられる。


《ゲームというものは皆がルールを守って遊ぶから楽しいのだ、ズルはだーめだめ☆(指でバッテン)》


 という、神や女神、この世の全てを創造した創造神の鶴の一声で成立した神法。

 大昔に成立した神法、それに少し前に創造神から新しいルールが追加された。


《地球からの異世界召喚のやり過ぎ注意! 無闇矢鱈に攫っちゃ駄目よ? あと召喚内容も気をつけてっ! 面白くないと我が地球の神に怒られるんだから!》


 この女神の管理する世界で数ヶ月前に起こされた異世界召喚は、上にこのルールとも言えないルールに違反したと判断された。


「な、なんで私だけっ!? みんなやってることじゃないっっ!」

「いや、私が知るわけないさね」


 この女神はただの見せしめである。


「みんなルール忘れてないー? ルールは一応守っている体でお願いねぇ?」

 というのを再確認させる為に定期的に行われる通例行事。


 実際、地球からの異世界召喚なんてどこの女神もやっている。

 それはもう右を見たら異世界召喚、左を見たら異世界召喚、石を投げれば異世界召喚に必ず当たる、という具合に誰も彼も召喚しまくりの異世界事情である。

 中にはドギツイ内容の召喚もあり、この女神がやったデスゲームなんてものは別に本当に大した事のない異世界召喚だった。


 ではなんでこの女神がルール違反と言われ、老婆に拷問めいたことをされているのかというと、ただの見せしめである。

 通例行事に見事たまたま、この女神が当選したというだけの話なのだ。



「アンタ、自分の世界の運営が上手くいってなかったんだろう? 聞けば万年ドベらしいじゃあないか。女神に向いてな……」

「う、う゛る゛さ゛い゛っ! お゛ま゛え゛に゛、な゛に゛が、わ゛か゛る゛っ゛!!」 


 ――とん


 ぶぢぃぃっ、

 女神の右足の膝から下が捩じ切られる。


「ぎ、ぎゃあ゛ぁ゛ぁぁ、ぁ、ぁっっ」

「はぁ……こんな茶番はどうだっていいんだよ。……それよりもアンタ、やらかしたそうじゃアないか」

「や、やらかし……? わ、私は、なにも、失敗なんてしていない! あああの、アレは! あの訳解んない津波はただの事故で、災害に巻き込まれただけの、うまくいくはずだったんだ、私は被害者だっ!」

「? ……ああ、そっちの話かい。あのゲロのことじゃないよ。私も後で調べて知ったけどね……まぁ、アレは災難だったね」

「、は? げろ……?」

「……アレのことはいいんだよ。アレは私にも手に余……ごほんっ、、そっちじゃなくてだね、、アンタ……会ったんだろう?」

「、あう、?」



「大罪の女神と接触したね?」

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