第18話 ゲロと魔力と私

「スッキリ!!」


 私の口から紫色をしたげろ……もといキラキラが大量に、もう本当に大量に、千と◯尋の良きかなドラゴンのアレみたいに、ぐちゃぁぁぁっと吐き出された。


 私のげ……キラキラ、いやもういいいや、私が吐き出したゲロはまるで大津波のようで。

 そそり立つ壁のようなゲロ津波が、勢いよく私の前方にあったカラフルな森を呑み込み、木々を押し倒し、大地をえぐり浸食し、そこにいたであろう生き物全てを蹂躙していった。


 被害はどれほどだろうか。

 ここから見える景色が大体紫色をしていることから、相当な範囲がゲロの餌食になったに違いない。

 ゲロの津波が森を分断し遠くまでゲロの道が出来上がっている。

 向こうの方に見える高い山まで続きそうな勢いだ。


 まさか、ゲロ1つでこんなことになるとは。

 私のゲロにこんな威力があるとは。


「いやー、異世界って、不思議だなぁ」




 当然ながら私の至近距離にいたゴブ子は一番最初に私のゲロを食らい、その小さい身体は儚くもゲロの露と消えていった。


 最後にちらっと見えたゴブ子の表情が忘れられない。


 何とも言えない「うわ、まじか」みたいな顔をしたまま、私のゲロが目に鼻に耳に。

 そして、あの大きなお口を塞ぎ、ゴブ子の身体を遠く、そう、遠くへと押し流していった。


 残されたのは、板切れ1枚。

 ゴブ子と私を繋ぐ、絆の証。


 ゴブ子……どうしてこうなった。



 冗談はさておき、なんだこれ。

 視界が広がったと思ったら視点が増えて気持ち悪くなって吐いたら紫色の何かが口から出てきて身体が白くなった件。


 さすが異世界、予想だにしないことが次々と起こる。

 勘弁して頂きたい。


 冷静な骨の異名を持つ私は、慌てずに今起きたことを一つ一つ整理していくとする。

 なんやかんやゴブ子も排除できたことだし。

 さすがに死んでるだろあれ。



 さて、一連の流れでこの骨の身体の不思議が少しだけわかった。


 まず、私は身体をバラバラにされても死なないだろうということ。

 それを魂の奥底で理解しているからこそ身体を喰われようがバラバラになろうがこんなに冷静でいられるのだろう。


 引っこ抜かれた手足と喰われた部位の視点を確認した時に気付いたが、私は散らばった私の骨一つ一つに意識を移すことができるみたいだ。


 喰われて咀嚼されて粉々になろうともそれは可能である。


 そして更に、今のメインボディは頭付きの身体だが、やろうと思ったら手や足に意識を移したまま行動できる。


 手足に意識を移動したとしても思考は出来るが、例えば右足に移動したとして右足だけなら動けないんじゃないかという疑問だが、そもそもの話この骨の身体ってどうやって動いているのかという。


 肉が無いのだから動いているどころかどうやって繋がっているのか、最初から不思議だった。


 この疑問も何となく分かった。

 視点が増え視界が広くなったと同時に、今まで見えていなかったものが見えるようになっている。

 最初は微かに見えるくらいだったが、今でははっきりくっきりそれが見える。


 私の身体から吹き出て立ち昇る何か。

 バトルものの少年漫画にありそうなあれである。

 気、オーラ、チャクラ、言い方は何でもあるが、異世界だから魔力と呼びたい。


 その魔力で骨の身体を操っている。

 魔力があるおかげで骨は動けたんだね。

 だから右足だけになっても魔力で空中に浮いて漂えるはず。

 ……これもうこの魔力が私の本体じゃね?


 まぁ不思議なことは全部魔力がやってくれた、のである。

 五感があるのもそうだし、動けるのもそうだし、もう全部魔力である。


 ファンタジーの世界は下手に理屈で考えてしまうと上手くいかない。

 馬鹿なくらいが丁度いいのだ。

 そういうもんかと軽く考えていきたい。



 そして問題のゲロである。

 なにこれ?


 気持ち悪くなったのは私の処理能力が限界を超えたからだと思われる。

 私の骨は言わば端末のようなもので、360度パノラマビューを複数同時展開したために接続過多によりサーバーがダウンした、ような感じだ。


 今は他の視点をOFFにしているので大丈夫だが、使う時はポイントポイントで使ったほうがいいかもしれない。



 ゲロに関しては、吐いた後に骨の内部まで浸透していた鶏の紫の血が綺麗サッパリ無くなり、元の白い骨に戻っていることから察するに……。


 私の骨の身体は毒々しい鶏の血を浴びてスポンジのように吸収し骨の内部に溜め込んだ。

 溜め込んだ血を量も質も何倍にも増してゲロとして吐き出した。

 吐いた後は溜め込んだ血は無くなり白い綺麗な骨に戻った。

 と、こんな風に推察してみる。


 改めて吐いて出来上がったゲロ道を見てみると、ゲロに触れた木や花といった植物達がじゅーっという音と共に腐り枯れ落ちていっている。


 ……鶏の血は毒だったのだろうか。

 だからゲロもこんな毒々しいゲロになってしまったのか。

 見た目の通り鶏は毒タイプだったのだろう。

 鶏が毒タイプじゃなかったら素で私がこんなものを吐いたことになる。

 それは私のイメージとは掛け離れているのでちょっと困る。


 なんでゲロという疑問は残るがそこはまた後で考えるとして、あとはどうにか魔力で手足を元通りくっつければ予定通りゴブ子から無事逃げられそうなのでよか――




 どおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんッッッ!!!




 私のゲロ道の奥の方で何かが爆ぜた。


 そこには、むちゃくちゃブチ切れている息も絶え絶えなゴブリンがゲロ道をこちらに爆走している姿があった。


 ……そらぁ、ゲロかけられたら怒るよね。

 私もあるもの分かるよ、電車で座ってたら酔っ払いに上からゲロられたこと。

 あれ、物凄いムカつくよね。



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