第6話 血抜きはしっかりしようね

 目の前にいる鶏は地球のものより身体が大きく、昔動物園で見た象ほどの大きさがある。

 トサカが地球のものとは違い赤色ではなく紫色をしているのは血が紫色なのだろうか。

 大きく立派なトサカから雄の鶏だと思われるが、なんか尻尾のようなものがお尻から生えている。

 脚も太く逞しくヤシの木みたいな見た目をしていて、鉤爪はこれまた鋭く尖っておりあれで蹴られたら身体が八つ裂きになりそうだ。


 骨になりこの森を彷徨ってから、初めての大型の生物と相対してるわけだけど……。

 外見は鶏といえどこの大きさの鶏に襲われたら流石にやばいかもしれない。


 ゴブ子の話ではこの森に来てから1ヶ月、小動物意外に生き物に会ったことはないと言っていたけど……いるじゃないかこんな大きく育った鶏が。

 いったい何を食べていたらこんなに大きくなるのだろうか、不思議でならない。


「コケっ?」


 こちらに背を向けてその辺の色とりどりの草を啄んでいた鶏が、こちらに気付きじーっと見つめながら視線を外さずにゆっくりと近づいてくる。


「……まさかこいつも転生者じゃないだろうな」

「ぎゃぎゃう?」


 昨日も似たようなことがあった気がする。

 やはりゴブリンだろうがでかい鶏だろうが、まずは挨拶から入るのが人としてのマナーだろう。

 今は骨だけど。


「ごほん……鶏さん、おはようございます。いい朝ですね」

「……コッ?」


 鶏は立ち止まり不思議そうに頭を傾けたりしきりに前後に動かしたりしている。

 動きはまんま地球の鶏と一緒でちょっと可愛いかもしれない。


 転生者だとしたらもっと人間らしい動きをしそうだし、こいつは普通の野生の鶏かもしれない。

トサカの色が毒々しくて蛇っぽい尻尾が生えていてやたらでかいが。


「ほら、ゴブリンさんも挨拶して!」

「ぎゃうぎゃう!」

「!? コッコッゴルァぁぁ!!」

「え? ちょ、お前何言ったッ?! 鶏さん激おこなんだけど?!」

「ぎゃっ?」


 ゴブ子がなんて言って声をかけたか分からないが、鶏さん滅茶苦茶キレ散らかしている。

 ゴブ子の言葉に反応したのは何故だ?

 実は鶏とゴブリンは言葉通じるとかそういう世界観だったりする?

 だったらちょっと骨残念なんだけど。

 私もファンタジーな鶏と話してみたい。

 

 そんなファンタジーな鶏さんはというと、立派な毒々しいトサカはバキバキに逆立ち、目は血走り嘴からはヨダレをだらだらと撒き散らし雄叫びを上げている。

 控えめに言ってガンギマリである。


「コッコッこるるるぅぅぁぁぁ!!」

「あ、なんかやばそー。ゴブ子、私は逃げるっ!」

「ぎゃっ?」


 逃げると言っても洞窟内に踵を返してもいいものか?

狭い洞窟内に逃げて入り口に陣取られたら面倒臭いことになりそうだ。

 洞窟に逃げ込むのは駄目だな。

 かと言って疲れ知らずになったといえど、私の足でこの鶏から逃げられるかといえば……


「はい、むりですよねぇっ――ぐぼぉあぁぁっ!!」

「ぎゃっ?! ぎゃうぅぅ!!」


 ずどんっ!!


 逃げようとした矢先、ずどんという音とともに私は洞窟の横の山肌に叩きつけられ身体がメリメリとめり込む。


 こいつ、象並みにでかい図体している割に動きが速すぎるっ!

 まだそこそこ距離があったはずなのに一瞬にして詰められ、あのぶっとい脚で思い切り蹴られそのまま爪でスタンプされている。


 隣りにいたゴブ子を狙っていたから、そんなつもりはなかったのに咄嗟にゴブ子を突き飛ばしてしまった。

 お陰で鶏に壁ドンならぬ壁ズドンされている。

 私の今までの人生で壁ドンなんかされたことないのに。

 初めての壁ドンが鶏とは……ちょっとレアな初体験に心躍るが、初対面でこの距離感で来られるのは控えめに言ってだいぶキツイ。


「ぐっ、この……ゴブ子といい、こいつといい……異世界の生き物は距離感バグってるんじゃないのかっ!?」

「コッコッコッごゲェッ!」


 そのゴブ子といえば、突然の大型生物からの襲撃を受けてパニクっているのか、私に突き飛ばされて尻餅をついたままこちらをじっと見つめている。


 咄嗟のことで思い切り突き飛ばしてしまったが……怪我はなさそうだ。


 そういえばゴブ子は自分をJKと言っていたし、それが本当ならこういう突然何かに襲われる体験なんて今まで無いのだろうし、パニクって動けないのは当然といえば当然か。


 まぁ、私もそんな経験無い……んだけども?

 だと言うのに何で私はこんなに冷静なのだろう。

 いや、今でも十分慌てているのだけれども、以前の私だったら全身の穴という穴から液体が漏れ出てくるくらいビビり散らかしていたと思う。

 今は骨だから物理的に無理とか言うのは置いといて。


 ……まぁ、いいか。

 何が起きても冷静でいられるのは有り難い。

 その辺の面倒臭い事は例の如くまた後で考えるとして、今は目の前のこいつをどうにかするのが先だ。



 さてさて、象並みの図体からあの速度で繰り出される蹴りを無防備に貰った上に体重をかけられて足でスタンプされている訳だが、私の意識は予想に反してまだまだしっかりしているし身体の方も粉砕骨折せずに五体満足健在である。


トラックに正面衝突食らったくらいの衝撃があったと思うのだが……もちろんそんな経験はないが。


「ん? ……あれ? おかしいな……まったく痛みがない件」


 ちらっと自分の身体を見てみても、どこにもヒビも入っていないし骨折もしていないようだ。

 なんなら鶏の爪の先が少し欠けてるまである。


「……おやおやぁ、これは、流れが変わったんじゃあな――いがべぇっ!」


 ズドンっ!

 ズドンズドンっっ!!


 獲物がピンピンしているからか、はたまたゴブ子を狙ったのに邪魔されたからか、鶏さんイライラのご様子。

 一心不乱に連続で前蹴りを放ってくるが……はい、まったく痛みがありません。


 骨だから痛覚無いとかそんな感じだろうか。

 でも五感はあるし基準がよくわからない。

 やはり落ち着いたら色々この骨の身体の能力を調べたほうがいいかもしれない。


「ごげっごっごるぅぅあぁあ!!」


 痛みが無いのをいいことに蹴られ放題啄み放題されてる間、絶賛どんどん土の中にめり込んでる私はゴブ子の事を考える。


 こうして鶏にボコスカやられている間中、こいつはずっと私を見つめている。

 逃げるでもなく戦うでもなく慌てふためくでもなく、その場に尻餅をついたままただ私と鶏を見つめるだけである。

 

 ゴブ子の様子がおかしい。


 どうしたというのか、先ほどまでぎゃうぎゃうと喧しかったのに……賢者タイムだろうか。

 まぁ、ゴブ子もJK(自称)だし思春期というのは色々あるのだろう。


 ……めんどくさそうだからさっさとこの状況から脱出してしれっとトンズラしよう。

 うん、それがいい。


「ゴブ子さんや、ちょっといいかい?」

「…………ぎゃ?」

「私がっ」ズドンっ!

「こいつをっ」ズドンっ!!

「何とかするから」ごすごすごすっ!

「早く洞窟に戻ってしばらく出てこないで」

「ご、ごげぇぇぇぇぇえ!!」


「……ぎゃう♪」


 私の言葉に何故か素直に従いトテトテと洞窟に戻るゴブ子。

 一瞬笑っていたような気もしたが気のせいだろうか。


「……はぁ」

「ぜぇ、ぜぇ、こ、こけぇぇぇぇぇ、ぜぇ、ぜえ」


 まぁ、いい。

 さて、鶏だ。

 途中から逃げ出そうと思えばいくらでも逃げられそうだったがゴブ子もいたし、それにとても必死な様子で頑張ってたのが不憫だったので生温かく見守っていた。

 私動物とか好きだし。


 それにしてもいくらやってもダメージ無いのだからいい加減諦めてくれないだろうか。

 痛みはないけれど蹴られたり啄まれた衝撃は伝わるので、蹴られる度に視界が揺れてなんか気持ち悪い。


 どうしたものかと鶏を観察していると流石に疲れたのか、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら項垂れている。


 あ、なんか頭が絶妙な位置にあるな……。


「……そい!」


 ばきゃっ!


 軽い気持ちで、鶏の爪が欠けるくらい硬い骨ならこれで攻撃したらどうなるかな、と軽い気持ちで良い位置にある頭を蹴った。

 動物好きだけど流石にずっと蹴られて少しイラッとしたし。

 その結果、簡単に、ほとんど抵抗も無く頭がもげた。

 というより爆散した。


「あ……なんか、ごめん」


 頭が無くなった首からは紫の血がぴゅーぴゅーと吹き出しており、私の骨の身体に紫色の血のシャワーが吹き付けられている。

 血の匂いもキツく物凄い気持ち悪い。

 気持ち悪くてちょっと吐きそう。

 骨が何を吐くのかは分からないが。

 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る