大御所様

 潤三郎は瓶のコーヒー牛乳をミナトに渡し、メィヴにはフルーツ牛乳を渡す。そして、本人は普通の牛乳を飲む。


「話は聞いているよ、松浦ミナト君にメィヴちゃん。何者かに追われているって。」

「貴方は何者なのですか?」

「私は、元々先生をやっていたけど今は馬主をやっている。CEOの政一は、順当に育った。」


 彼の甥が弓張重工という大企業のCEOだという。弓張本邸を、今は仮の敷島松浦家本邸にしているらしい。


「ここ最近、きな臭くなっとってね。最近続1000年帝国の崩壊を主張して、神の世を作るという宗教が現れて、各地で暴れている。君たちが会ったのは、その一派だろうね。」

「要するに…革命?」

「そう捉えることが出来る。じゃっと、ここに居れば敵が来ても弓張警固の警備員がおる。だから、安心せい。」


 そこに、低学年の子供が2人来た。


「おお、ちびこかい」

「僕は興一だって!」

「もー、興一くんは都姫の夫になるんだから!」


 どうにも、潤三郎の孫達の様だ。興一くんは弓張重工の御曹司で素直な男の子。都姫ちゃんは、潤三郎の孫娘でハツラツとした女の子。


「そろそろ、メイドさん達が迎えに来るよ」

「いや、迎えにこないさ」


 突然、山野蓮に特務機関の連中が現れた。山野蓮の周りに配置していた警備員は全滅しており、山中のため孤立無援の状態になる。


「イソベ…」

「知っているの?」

「コバヤシの部下、ヘリで…?」


 空中からの奇襲、即座にミナトがそこらへんの長いものを投げようとしたが潤三郎に止めれる。


「さて、メィヴを返してもらおうか。」

「嫌と言ったら?」

「皆殺しだ」


 銃撃、あたりはパニックに陥る。ミナトは興一と都姫、メィヴをつれてレストランの後ろの方に逃げる。

 だが潤三郎が前に出る。恐怖心を怒りに変えて子供達を守る為、ミナトが持ってた棒を振りかぶる。


「チェストォォォォォ!」


 盾を紙切れが如く両断する。敵のヘルメットも役に立たず、棒が脳にさえめり込む。敵の取り巻きが銃で潤三郎を狙う。しかし、今倒した敵の盾で防ぎつつ銃撃する敵の服裾を掴み引き摺り下ろし、脳天に一撃を加える。

 突如現れた鬼人に、部下達は臆する。


「テメェ…何し上がる!」

「何があろうと子供達に暴力を振るう者を、私は断じて許さない。この教員免許が目に入らぬか!」


 示現流の免許皆伝者ならばこその実力で、盾を破壊。イソベの部下を駆逐してゆく。

 結局はヘリでイソベは逃げたが、難攻不落の城のようなものと認識させることができた。


「みな、大丈夫か?」

「なんとか…」

「おじいちゃんの強さ、まだ衰えてなかった。泳げば、もしかしたら平戸の瀬戸を泳ぎ切らすかも。」


 弁償はすぐにする、そう宿の支配人に謝罪した潤三郎。そしてその孫二人は彼がここまで強かったとは思いもしなかった。


「…見える」

「え、メィヴ…何が?」

「あの人、何かが違ったら数年後この世にいない」


………


 状況を確認すべく外に出る。警備員が全滅しており、ミナトは急いで手当をしようと走る。


「もう無理だ…全員、機関砲でやられとる。装甲車さえも、ミサイルで」


 上半身が丸ごと消し飛んだ遺体、それどころか全身が飛び散った遺体。死屍累々の惨状が、山野蓮の外に広がっていた。


「敵は、メィヴ嬢ちゃんを狙っとっとやろ?」

「はい…」

「私がいなければ彼女は連れ去ることが出来る様に整えたのだろう。逆を言えば、メィヴを特務機関は傷つけたくないのかもしれん。」

「潤三郎さん」

「なんだい?」


 深呼吸をする。そして、目を開ける。そして、潤三郎の目をミナトは見つめる。


「僕を、弟子にしてください」

「…いやだ」


 即拒否された。潤三郎は実戦で上手くいくとは思っていなかった。不審者対応訓練でしか、上手く行った試しがない。

 生兵法極まりない自分が教授することは出来ないと判断したのだ。


「でも、貴方は強い」

「後ろに引けなかったからだ、同じことは二度も出来ない。せいざい毎日棒を振り回してたのが功を奏しただけに過ぎん。屋内に戻ろう」


 促され、山野蓮屋内に戻る。メィヴが心配そうにミナトを見つめていた。


「ミナト…」

「外はひどい事になってた。」

「私が悪い子だから?」


 ひどく怯えた様子、それは当然のことだろう。銃撃戦に巻き込まれたのだから。後ろの興一と都姫も、とてつもなく怯えている。


「大叔父上ぇぇぇ!」

「おじいちゃんんんん!」

「よしよし、私はどこにも行かないよ」


 返り血の付いたスーツを脱ぎ捨て、孫二人を抱きしめる。それは深く、温かく抱きしめる。ミナトとメィヴはそれを見ているしかなかった。


……………

……


「それで、君は何をやりたいのかな。」


 客室にて、緑茶を潤三郎はミナトに出しつつ尋ねる。元教員らしい柔和な笑顔で、されども本気で向き合うために。

 メィヴは後ろで興一と都姫と一緒に遊んでいた。


「僕は…メィヴを守りたくて」

「何故、そう思ったと?」

「メィヴが溺れていたから、困っているのが助けるのが人間でしょう?」

「人を殺してでも、もしくは自分が死んでもそれを貫けるのか。ましては、ついさっき初めて会った相手を」


 無鉄砲過ぎる、かつての自分かそれ以上に。だがとても優しい子であると、改めて感じる。つい先刻初めて会った相手に自分も何を言っているのか、それはもう決まっていた。


「貴方も、僕らとさっきはじめて…」

「言っただろう、教員免許を持っているからには子供達に暴力を振るう相手を許さんと。」

「それが理由で…殺人まで」

「君たちを殺そうとしたから、もう何振り構えないと判断した。警察も例の暴動のせいでこんな山奥には来れんやろし」


 何なら財閥の力でもみけしてやる、と言わんばかりだった。されどもその瞳にはこうはなるなという思いが滲む。

 だが、振り切る。本当に彼が望んでいるものは何かを推測する。


「君は、結局は何がしたいんだ?君が家を出た目的は?」

「僕は…僕の温泉は、何かもう湧かないかもしれない。そう聞いて色々と調べた。でも、分からなかった。そこで項垂れてたら…」

「彼女が流れてきた、と?」


 まるで御伽噺の様、だけど特務機関と名乗る奴らにより部下を多数失った事実は変わらない。


「覚悟という言葉は、重いもの。それやけん、流されても踏み止まる意思で行うもの。じゃっと、君は出来ているのか?」

「…」

「君と同じ位の歳の私は、その意味も知らずにはいと即答していた。考えられるなら、答えは自ずと付いてくる。探し出せ」


 潤三郎の言葉に、背筋が伸びた。自分は温泉が湧かなくなるかもしれないその理由と、解決法を探していた。


 こうしてはいられないと、痺れる脚を押してミナトはこの温泉宿の支配人の元へと走る。


………


「ですから、どう対策するのです?」

「そうなってしまったら、その時です。掛け流しの浴槽は双方に1箇所、それ以外は除鉄装置などを使って濾過・循環させていますが泉質は掛け流しと変わりないです。」

「でもここ、近くに火山が無いから熱源って…」

「高温岩体じゃないかな」


 火山以外でも温泉は出来る。高温岩体とよばれるマグマが冷えて固まる途中の石やマグマ周辺の岩により、地下水が温泉に変わる。

 または、地熱の影響で100メートル地下を掘るごとに3℃も地面の温度は温かくなるとされる。そこで温まった地下水が、温泉として湧き出る。


「ここの近く、平戸の方に昔火山があった。700万年前位まで活動していた。その熱がまだ残っているのかもしれないよ。」

「お客様のご友人の方が、私より詳しいかもしれませんよ。」

「支配人さんごめんなさい」


 そそくさと部屋に行き、言われた事をノートに書き留める。もしかしたらその地熱が冷えてきたのかもしれない、もしくは地下水が減ってきているのかもしれない。

 そういう雑感も書いておくといいと潤三郎がアドバイスをする。


「こんな感じかな」

「ふむむ…いい感じかもしれんな」

「お兄ちゃんすごい!」

「都姫にも見せて」


 まず基礎的な温泉の知識、温泉が湧くメカニズムや各地の温泉の特徴などを書き留めてゆく。その間に、地熱発電のメリット・デメリットや火山・地震災害などを調べてゆく。


「地震があった後、深部流体…もしくは「スラブ水」と呼ばれる熱水が深さ60キロから湧き出る事があるの。石川県でもそれが見られていて、海洋プレートが海水を巻き込んじゃうの」

「へぇ…すごいなぁ、メィヴは何で知ってるの?」

「私に刻まれた記憶、かな」


………


 太平洋に浮かぶ巨大な船、横から見れば一般的な豪華客船の様に見えるだろう。しかし上から見れば明らかに異様な船。

 特務機関“クラン・カラティン”の拠点となる空中空母“コナハト”である。


「ええい!何故弓張家が邪魔をするのだ!この船を作ったのはきゃつらだろ!」

「ドーリトル将軍、落ち着いてください。彼らは山の中、私にお任せくだされば…」

「お前如きに…いや、いい。特務に任せなければ古代兵器の場所もわからんのだからな、手柄は青二才の貴様にくれてやる。」

「お任せを…」

「コナハト、発進せよ」


 空へと飛び立つ。豪華客船の様に見えていたのは海上に突き出た偽装部のみで、海中に沈んだ全長600メートルの涙滴型の船体が浮かび上がり、珊瑚礁の海を闇で染めて行った。


……………

………


「記憶…?」

「そう、私がある存在の鍵。それは、地球のすべての力を励起させ、人のために活かす力。地球の活動を記憶し活動をコントロールする。その鍵。」


 いわば、何かのコアの様なもの。もしくは巫女と言うべきだろうか。彼女の胸のブローチは、そのためにあった。


「このブローチは、私のたましい。」

「つまり、君はロボットなの?」

「ロボット?多分、それに近いと思う。」

「まさか、心が読めるのか?」


 心象を読み、周囲の物質を観測して挙動を予測する。メィヴは古代兵器が産み落とした、人造人間と言えるだろう。

 そしてもう一つ、引っ掛かるものがあった。


「古代兵器…?」

「彼らが私を狙う理由、星のエネルギーを人が扱える形に加工する存在。木星の質量さえも、全部エネルギーに交換できる。」

「無茶苦茶だ。そがん物がありゃ、星間航行でさえ容易じゃないか」

「潤三郎さん…でも」

「?」


 決心が付いた。その古代兵器のもとへ行けば、何かが変わるかもしれない。平戸の温泉が枯渇している今、特務機関が自分たちを狙っている今。

 そして、どうしようもなく嫌な予感がしている今…に。


「その古代兵器の所に、僕も行く。」


 爆発音。山野蓮へ通じる道が巡航ミサイルにより破壊され、山崩れが発生した。

 先日より繰り返されるパニックに、宿泊客は慌てふためく。

 ロビーへ向かうが、客たちが待ち構えていた。


「お前たちがいるからだろ!」

「出て行けこの疫病神!」


「な…なにを!?」

「こいつらの声に耳を貸すな」


「財閥の…これを拡散すれば!」


「大叔父上…」

「おじいちゃん、怖いよ」

「心配するな、名誉挽回のチャンスだ。お前たち」


 山中に潜んでいた対空戦闘車両がヘリコプターや戦闘機に向かい発砲を開始する。


「何でこんな…」

「弓張警固はただの警備会社じゃない、荒れゆく海を案じた準軍事組織。こんなものがある今を、お前たちが変えるんだ!」


 更に爆撃機が多数接近、山野蓮に超大型ロケット砲を叩き付ける。


「あれはメィヴが!」


 氷柱がミサイルを叩き割る。その爆風は木々を揺らし、爆風で車が吹き飛ぶ。ヘリコプターは対空戦車を発見次第、ミサイルで破壊してゆく。

 その為に陣地を変えながら、特務機関を相手に民間軍事組織が対等に戦闘を繰り広げる。


「煩わしい、だがそれでこそ打ち倒すべき権力だろう。」


 洞窟蕎麦の建屋が炎上する。

 土砂崩れで敵も攻められないはずの方角から、一人の敵が現れた。


「放火魔…脱獄していたのか」

「このイソベ様のお陰でなぁ!」


 反対側から大型のヘリコプターが来襲する、完全に囲まれた。イソベが脱獄させたのは、敷島松浦家の本家を焼いた犯人…革命好きのハシモトだ。


「国家改造の為に貴様たちの様な財閥は滅ぶべくして滅ぶのだ!」

「だからってウチを焼く事は…」

「私にはあるのだよ!この地球でただ一人、国家改造の為に放火をする権利がな!」


 ショットガンで援護するイソベとアサルトライフルを乱射するハシモトが山野蓮前を再び蹂躙してゆく。そこに不整地踏破能力を持つ装輪装甲車がカチコミをかけるが、対戦車砲により破壊されてしまう。


「全くどうすりゃいい」

「メィヴが隙を作る、だから」

「おーっとそこで何をしてるんだぁ?」


 銃を向けてくるハシモトに、咄嗟に拳をいれるが防がれる。そして、瓦礫の方向へと振り飛ばされる。


「お前が国家改造の要…メイヴって奴かぁ?」

「何の事…と言うか国家改造って?」

「そのバカの言うことは聞かなくていい!そしてバカは今すぐそいつをこっちに連れてこい!」


 頭を瓦礫にぶつけたが、それよりもメィヴが心配だ。壊された配管を抜き取り、ハシモトへと向ける。


「おーっと何だ?」

「渡してやるものか!」


 配管を脳天にぶつけようとする。しかし自慢の筋肉で弾かれ、再び殴り飛ばされる。そこにアサルトライフルで追撃を加えるが、ミナトは瓦礫の後ろで隠れてやり過ごす。


「あの坊や…動きがいい。教育してやれば、立派な革命戦士に…」

「ミナトがそんな事、する訳ないでしょう!」


 ようやく振り解き、メィヴが菜箸の様な物でハシモトの目を狙うがかわされる。一方のミナトは、イソベのショットガンの餌食にされかける。


「ミナト!」

「!?」


 ダァン。一閃の銃声のあと、辺りは静寂に包まれた。メィヴはミナトの方へ目を見開く。そこには、装甲車の残骸を持った潤三郎の姿があった。


「言っただろう、子供たちに暴力を振るう者を許しはしないと」

「潤三郎さん…!」

「私があのスナイパーをやる。だから、放火犯をやるんだ」


 再びパイプを手に取る。立てなくなったメィヴを掴むハシモト。ミナトが右手でパイプを強く握ると、そのままゆっくりとハシモトの方へと向かう。


「こちらには銃がある、坊やも一緒に来ないか?」

「ええ、そちらに向かいます。」

「ミナト…」


 ハシモトの視線はパイプへと向けられていた。自分でも閾値を超えていたのかもしれない、パイプを手放しハシモトを押し倒す。

 そしてレストランで出されたナイフで首元をなぞる。


「そこまでしても、このうねりは変えられない。坊やの負けだ」

「色々なものを焼いたのでしょう、その報いは受けてもらいます。さようなら」


 頸動脈をかっ裂く。のたうちまわり、ハシモトは失血死する。それをメィヴは眺めて、死を学んだ。


「その馬鹿一人、打ち倒したところで状況は変わらないぞ!」


 対空戦車はもう壊滅、ヘリ部隊が山野蓮を包囲する。弓張警固の戦力はもう、殆ど残ってはいなかった。


「すまない。ミナト、嬢ちゃん…そして孫たち」

「どの道変わらんだろう、この結果は。」


「そこまでです」


 上空に例の空中空母“コナハト”が現れる。世知原を覆う、超巨大飛行船に見えるその船が。


………


「離せ!メィヴを何するつもりだ!」

「君やメイヴが従ってくれるなら何もしない。君が手を引いたならば、旅館を立て直すくらいの金を渡そう。だから、メィヴから手を引きたまえ。」


 コバヤシがアタッシュケースを放る、ミナトの守りたいという覚悟が揺らぐ。ここまでの奮闘は何だったのかと、憤慨する。

 しかし、メィヴは「そのお金、受け取って」と言う。それが今一番できそうな松浦湯の再生プランであった。


「メィヴ、どうして…?」

「私は、古代兵器ロナクレアの頭脳、“メイヴ”のかけら。友達になってくれて、ありがとう。さようなら」


 メィヴが輸送ヘリに連れ去られていってしまうのを、彼は眺めているしかなかった。


………


 トボトボと、伊万里駅へと降りると、義母が出迎えてくれた。


「今まで何ばしよったと!」

「…温泉が減っているのを、どうにかしたくて…そしたらテロリストに巻き込まれたりした。」


 義母は、ミナトを抱きしめた。


「無事で帰ってきて…本当によかった。」

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