潮彩のトルマリン
宮島織風
未知との遭遇
潮風が心地よく吹き抜ける港町、平戸。
そこには港で物憂げな表情にある温泉宿の少年、松浦ミナトがいた。
右手に握ったペンダントを眺めながら、昨日義父に言われた言葉を反芻する。
「温泉の湧出量が減ってきとる」
「このままじゃ、平戸の温泉は壊滅じゃろう」
小さな温泉宿を、平戸藩の落とし胤の一族が継いでいた。伝統のあるものが消える、それは風の前の塵に同じなのか。
ミナトはまだ小学生だった。放課後に、宿を手伝ってはいたが接客では無く料理。平戸で取れたカンパチの刺身を捌き、味噌汁を作る。
「こんな感じ…かなぁ」
「ミナトちゃーん、夕食出しなー?」
朝食を宿泊者のもとに配膳し、食べてくれるのを見守る。
「美味しい!」
「うんうん」
「温泉の後にこのカンパチ…水揚げされたてのこの味こそ、旅館で食べる理由よなぁ」
少し味にうるさいお客様が来ることはあっても、それはみんなが対応してくれる。やっぱり、うちの温泉宿はいいなと思った。
「僕は、この温泉が…この宿が好きだ。だから、どうにかして守りたい。」
お手伝いを済ませた後、温泉に入る。泉質は「ナトリウム炭酸水素塩泉(弱アルカリ性)」とされており、すこしヌルヌルするのが特徴だが、冷え性や皮膚病に有効とされている。
「癒されるなぁ…僕が女の子なら、まずこの温泉に毎日浸かるかも」
守りたいという意思を再認識して、布団へと入った。
………
学校に行く、そこで地質の本を借りて読む。分からないところは端末で調べて、湧出量の減少の理由は汲み上げ過ぎだと記されていた。
それにしては、傾向がない。理科の先生にも質問しに行ったが一蹴された。その上で…
「何ムキになってんだよw」
「こんなの調べて何になるんだよw」
と、端末の中身を勝手に覗かれてバカにされる始末。自分には何も出来ない、確かにそうだろう。だから、許せなかった。
フィジカルが強い家庭だった。だから、猛烈な右ストレートに運動部のヤンチャな連中でも対応できなかった。全員を殴り飛ばし、ダウンさせた。
「まぁ、ミナト君!?」
「廊下に立ってなさい!」
「貴方はもう、何もしないで」
「ミーナートちゃーん?」
相手が悪いのに、大目玉を喰らってしまった。義親にまで怒られて、夜分に平戸の瀬戸を眺めていた。平戸城の天守が、月と並んでいた。
潮騒があたりを支配していた。
最中に、遠くから、ぼうっとした灯りが流れてきた。
船かなと思っていたが、船ではなかった。そして、こちらに向かってきていた。岸壁に迫ると、それは少女だと分かった。
僕は急ぎ、温泉宿に連れて行った。溺れた人を救出したと伝えて、温泉に突っ込んだ。
彼女が目が覚めたのは、布団の上だった。
「君の…名前は?」
「…メィヴ」
「僕はミナト、松浦ミナト。所で、そのブローチ、光ってる…」
「これは…私の」
空腹、ミナトもうなだれてご飯を食べていなかった。余ったご飯として、アジフライを食べた。冷めていたのでトースターで温め、サクサクにしてソースを食べていただく。
「…!」
「どうかな?」
「メィヴが食べてきた中で、一番美味しいかも」
「やった、美味しいって言ってくれるの、一番嬉しい」
「ミナトがこれ、全部作ってるの?」
「もちろんだよ」
食事を済ませた後、ミナトは自室の押し入れに寝床を作って匿った。
「親に大目玉を喰らいそうだから、ここに…」
「うん、わかった」
電気を消そうとしたその時、チャイムが鳴る。目を覚ました義母が向かう。だが、メィヴは身震いをしていた。
「来る…」
「えと…何が?」
「特務機関が…!」
一気に雪崩れ込む特務機関の人たち、コバヤシ大佐と名乗る人物が義母と話す。
「ここに、光るブローチを持つ女の子が来てませんか?」
「え?全く状況が読めんとけど、そんな子来とらん」
「そうですか…では、探させてもらいます」
「やめろ!うちに…ミナトちゃんの居場所に手を出すな!」
一体どこの国の特務権限なのだろうか。はたまた、超国家的組織の差金が。こんな、厨二病に冒された少年の見る夢のような出来事が起きるとは思っていなかった。
見つかる前に逃げる、押し入れから屋根の外に連れ出して裏山の方に逃げ込む。しかし、追手が逃走に気付いたのか、こちらに迫ってくる。
走ってくる敵に、石を投げて妨害するがヘルメットが割れるだけで追跡をやめない。そんな最中、メィヴは手から菜箸のようなものを生成して叩き込んだ。
「私、一応こういうこともできる。」
「人…殺しちゃったよ」
「特務機関は、もっとたくさんの人を殺すかもしれない。私たちの方に夢中だから、港に行って船で逃げよう」
だが港は宿に近い、手薄になるまで潜む事にした。
メィヴは、特務機関とやらで生まれたらしい。そして、埋め込まれた宝石が宝の在処を示しているという。
それを隠すために、サマーセーターを着させた。胸元の光は何かに遮断されると途端に光らなくなるからだ。
「なるほど…ならば」
「そろそろ、行けるかも」
裏山を下り、一気に特務機関のボートを乗っ取る。そしてエンジンをかけて、出港した。
朝焼けが海を染め上げ、一隻の小舟が港を離れた。静かなさざなみの音を聴きつつ平戸大橋の下を通り、エンジンの音を響かせ波瀾万丈な旅が始まった。
……………
……
「航路図もなしに、私たちはどこに行くの?」
「どこって…分からない、兎に角あいつらが来ない所。」
初めての船旅、姉が船の運転に長けていたけど今は大学。自分も、後継者がいない分家に押し込められた。
姉の真似をしているだけ、だから航海術も何も知らない。ただ、平戸の沿岸を船で渡るだけだった。
「だけど、そしたら」
シュウウ…と、何かが近づく音がした。船のソナーにも反応して、それが魚雷だと気付く。
「うそ…だろ」
「こうなる。」
「あいつら何なんだよ!国防軍は何してるんだよ!」
「私が防ぐ、船を運転して」
辺りを見渡すが、漁船しか姿が見えない。ましてや、魚雷が来た方角には何もない。となると、可能性は一つ。
「潜水艦」
刹那、魚雷が千里ヶ浜海水浴場で爆発した。もうすぐ待ちに待った海開きの日と言うのに、こんな事をされたら黙っていられるほどミナトは甘くなかった。
「メィヴ、あいつら…撃って」
「…うん」
「…いや、抵抗しないのか?」
「私は大丈夫、でも貴方が人殺しをする覚悟のある人間と見えないもの」
「だけど、故郷を撃たれて黙ってはいられない。それに君が逃げるなら、必要な事だろう?」
魚雷が更に発射される、ソナーにはそんな音を拾う機能がある。向かってくる魚雷を、まずは例の菜箸で叩き壊した。
次に、魚雷を撃った潜水艦へと攻撃の手を向ける。
「沈んで」
今度は大きな、氷柱のようなものを叩き込む。氷柱は水の中を進み、敵の潜水艦へと突き刺さる。
「何があった?」
「大佐!氷柱が浸食、本艦が凍結して崩壊します!」
「すぐに脱出だ、誰がやったかは知らんが少々オイタが過ぎるようだね。」
脱出艇が離脱する。潜水艦は自動で目標を追尾して、自壊するまで攻撃を続けるプログラムが作動していた。
「まだ撃ってくる」
「脱出艇は出たみたい。また相手は来る、でも」
「あの潜水艦、止めないとまずいやろ?」
潜水艦を冷気が侵食する。されど、巡航ミサイルのサイロが開いていた。目標は川内峠、平戸から生月までも見渡せる丘を破壊する気だ。
「ミサイルが来る」
「銛で落とす、タイミング教えろ!」
洋上に潜水艦が現れる。ミサイルサイロのハッチが開いていて、そこからミサイルが放たれようとしていた。だが、メインシステムが氷に侵されており、演算が遅くなっていた。
ミサイルに点火されるまで浮上から20秒も経っていた。そして、巡航ミサイルが放たれる。
ミナトが備え付けられた銛を投擲する。銛はミサイルへ向け一直線へと飛び、撃ち落とした。
巨大爆撃機を竹槍で落としたという噂はあったらしいが、ミナトは何と弾道ミサイルを銛で撃ち落としたのだ。
「ミナト…何でこんな」
「何となく、としか」
時間は午前8時を回っていた。このまま平戸に戻るのもアレだと思い、国性爺記念館のある港へと向かう。
そこで、コンビニご飯を買って食べた。
「これは…やっぱり、山に隠れた方がいいかもしれんね」
「何故?」
「それは、その…相手は海から来る。だからさ」
「どこに行くの?」
「江迎、お姉ちゃんがそこにいるはず。」
「でも高潮でやられたんじゃ…?」
「いや、何か研究施設が立ってた。そこに船を置いて、作戦を練るべきだよ」
そう決まったら、再び船を動かして江迎へと向かった。
………
「申し訳ないけど、この船は預かる。だから、あなた達は山野蓮に行ってきなさい。」
ミナトの下の姉はそう言う。上の姉は大学院に行ってるようで、研究室で生まれた幼少の娘たちの面倒を見ていた。
「私たち、来月から横須賀に行くの。貴方達が来るかどうかは分からないけど、しばらく休養してなさい。」
そう言われ、何やら電話を取る。そして、山野蓮にひと月位泊まれるようにしてくれた。山野蓮は、北松浦半島最高峰の国見山に広がる世知原にある温泉宿。
江迎から吉井までの森の中を車が進む、松浦本線の細長い橋が見える。
「ミナト、あれは?」
「敷鉄松浦本線の福井川橋梁…だって」
「人は、道で世界を広げた。陸でも、そうなんだね」
タクシーから見上げるその石造りの橋、そして広がる水田。あたりはセミが鳴いていた。
「昔はこがん太陽が高い時に、虫なんて鳴いとらんかったとです。」
「え?そうなの?」
ミナトが返す。どうにも地球自体は十数年前まで温暖化していたが、今は太陽の活動が弱まって寒冷化し始めているとの事だ。
「寄せては還る波、それと同じだよ。ミナト」
「というと?」
「暑くなって、寒くなって。私たちではその断片しか見れないけど、地球はその繰り返し。人間が抗えるものじゃ、無いと思う。」
ビニルハウスを指す。中は恐らく暑い、だが暑くしているのは熱をため込んでしまうからである。
「それと、同じと言うのかい?嬢ちゃん」
「そうだと思ったから」
面白い子供達だと思いつつ、運転手は霧の中車を走らせた。
………
山霧に包まれた、モダンだがあたたかなつくりの温泉宿。
山際には池があり、錦鯉が沢山泳いでいる。何より宿からは世知原の谷を一望できる。来るのに難はあるが、喧騒から離れて落ち着いたひとときを過ごせる。
「久しぶりだなぁ…ここは」
「ミナトは来たことあるの?」
「何度か、お家の会合はここでやってるんだ」
「すごいのね」
松浦家、現在本家は藤沢にあるというが各地に再び散らばっていた。そしてミナト達は敷島松浦家という一族だという。
研究の方面で色々な成果を出しており、学者になる事を期待する声が大きかった。
「だけど、何故養子に出されたの?」
「都会は手垢だらけと嫌った人が都会に出さない様に母さんに言ったんだ、お姉ちゃん達もこっちで育ったけど…」
佐世保市某所、かつて敷島松浦の邸宅があった。その写真を端末に起こす。平戸の資料館が本家の邸宅だったが、分家の敷島松浦家の発言力は一族屈指になっていた。
根に持った本家以外の手のものに、放火されてしまった。その為、教育方針的に一番のびのび出来る所に出されたという。
「じゃあ、その誰かを」
「もう捕まってる、お姉ちゃんが捕まえた。それでこの話は、多分おしまい。温泉に行こう」
温泉は単純温泉(低張性弱アルカリ性低温泉)であり、とりわけ目を引くのはひのき風呂だろう。
少し熱めのお湯に足をつけ、ゆっくりと入る。じんわりと内側に暖かさが入ってくる。漂流、もしくは慣れない操舵に疲れた二人の心身にとてもよく効いた。
露天風呂はひのき風呂で、霧の中で山や棚田などの緑豊かな自然を味わえる。この時期の露天風呂は少し熱い湯のおかげで外に出た時、そこまで熱く感じなくなる事をミナトは知っていた。
「やっぱり、山の空気っていいな…」
「それが分かる子が、まだおったとは…」
「え、おじいさん…誰?」
ハスキーボイスのご老体が半身浴をしながら、棚田を眺めていた。老体に相応しく無い筋肉でいて、すこし良い歳の取り方をしたおじいさんだった。
「私は弓張潤三郎、ここで休養をしている。君たちを待っていた」
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