第14話
「露天風呂で怪しい女に会って、その女が占いをしてくれるってえ?面白そうじゃん」
目をキラキラさせてミヤミヤが叫んだ。
夕食はゆっくり食べたかった月子だが、「宴会みたいにしよーよ」というミヤミヤの要望で全員分の膳が月子の大部屋に運びこまれてしまい、酒まで出てきてしまった。
幸い大酒飲みはミヤミヤだけで、あとは下戸の七央と、節度を持って飲むメンバーだ。どんちゃん騒ぎにはならないだろう。
「占って欲しかったら、夜に露天風呂に来いって。…ミヤミヤ、飲みすぎると置いていくわよ」
「ええーっ」
みんな六角支部から戻ってすぐロビーで浴衣を借りたようで、ミヤミヤは白地に金魚という子供のような柄の浴衣を着ていた。
「六角支部の方はどうだったの?」
「行ってはみたけど支部長はお留守だったし、施設見学だけしたような感じだったわよね」
ミヤミヤではなく葵が答える。彼女は柔らかいクリームベージュの地に、赤や紫の薔薇が描かれた華やかな浴衣姿。ほんの少しずつ酒を飲む所作もお上品だ。
「うん…」
うなずく七央は、匂いだけで少し酔っているのか、半分夢心地になっていた。白地に薄紫で萩の葉が散った、おとなしめな柄の浴衣である。
男衆の方は、「まあ、男物の浴衣はそうですよね…」という感じのシンプルなものを着ていた。二人とも「特に興味もないし適当に選んだ」という風情。それより、これが美味いとか肉がもっと欲しいとか男同士でぼそぼそ話しながら食事に集中している。
「本部にはよく行くけど、他の支部に行く機会ってあまりないよねー。六角、医療班にちょっといい男がいたなぁ」
「あなたは何を見学してきたの…」
相変わらずなミヤミヤに場が和む。この場にミヤミヤがいなかったら、月子は針の筵になっていたかもしれない。そう考えると陽キャのパワーには凄まじいものがある。
「ああ、アカリちゃんの件だけど、あなた達も行くわよね?顔が見たいから他の者も連れてこいって言われたの」
葵と七央に尋ねると、葵は「占いには興味ないけど、露天風呂に入りたいから行くわ」と答えた。「七央も行くよね?」
「うん…」
七央は絶対何のことだか分かっていない様子だったが、うなずく。
「待って。他の者って、男性陣は含まれてないわよね?」
葵が素早く確認してきた。
「ああ…、含まれているのかもしれないけど、来てもらっても困るわね」
ちらりと視線をやると、紫炎も恭介も首をぶんぶんと横に振った。
「…行かないそうよ」
「話はちゃっかり聞いてるんだねえ」
ミヤミヤが茶化すと、紫炎は「同じ部屋にいんだから聞きたくなくても聞こえるだろ!」と抗議していた。
この女、化け物みたいに食うな…と思われないようにセーブしていた月子だが、ミヤミヤが「あーし、これ苦手」と言った野菜だとか、七央が食べきれずに残したものだとかをさりげなく胃に納め、それなりに腹も満たされた。
宴会は解散となり、今は月子とミヤミヤだけが大部屋に残っている。
「露天には一休みしてから行きましょう。まだおなかが重たいわ」
「三条ちゃん、引くくらい食うもんね」
「おだまり。ちょっと風に当たってくる」
部屋から庭に出た月子は、人の気配を感じて息を殺し、身を隠した。
七央と紫炎が庭にいる。距離があるので話の内容は聞こえないが、紫炎に語りかける七央は、おずおずと遠慮がちに見える。紫炎の方はそっけないくらいの態度で、言葉少なに七央に返事をしているようだ。
(あらあら…)
「三条ちゃん」
背後からの声にビクッとして振り向くと、ミヤミヤが呆れ顔で立っていた。
「バッ…、違うわよ!これはその、敵の視察…諜報活動なの!」
「はいはい。三条ちゃんもけっこう野次馬だねえ」
そんなことを言いながらも、一緒になって七央たちの様子を覗くミヤミヤ。
「なぁんか、普段と雰囲気違わない?」
「そうね…」
七央と紫炎は、同じチームだし戦闘能力的にも組んで行動することが多い。その様子は「相方!」という感じで、お互いに遠慮なく物を言い合える関係に見えた。だが今は、七央の方が明らかに紫炎の顔色を窺っている。
「あ、紫炎くん行っちゃうよ」
紫炎はふいっと背を向けると、庭の向こうへ去っていった。残された七央は俯き、しょんぼりとしている。
「高山ちゃん、しょげてるね」
「…ええ」
月子は、「ざまあ」と言うべきなのか、七央をしょんぼりとさせたのが自分ではないことに怒るべきなのか、決めかねていた。
アカリは露天風呂で待っていた。酒とお猪口を盆に乗せて持ち込んでいる。
涼しい風を感じながら湯に浸かり、ランタンが作るオレンジ色の明かりの下で酒を飲む。まさに至福のひと時なのだろう、アカリは機嫌よく鼻歌など歌っていた。
「おお、来たか」
月子たちが挨拶するより先に、アカリの方から声をかけてきた。今は混天綾を持っていない。
「占い師さんなんですか?」
葵が訊いた。いくらか警戒しているようだ。
「いいや。占いは滅多にせぬよ」
「では、どうしてわたしたちを占ってくださると?」
「お近付きの印…というか、こういう話題性がないと若い者たちは寄ってきてくれぬもの」
アカリは口を尖らせると、酒の影から小さな琥珀色の玉を手に取った。
「で、何を占う?」
「そりゃもちろん恋愛運!どういう人と結婚して、子供は何人になるのか、とか!」
ミヤミヤがすぐさま発言する。月子は、ミヤミヤの口に団子でも詰め込んでおくべきだったと後悔した。
「恋愛運な。女子は好きじゃのー、そういうのが」
「私は別のものがいいです」
月子は言ったが、アカリは「途中でジャンルを変えるのは面倒なのじゃ。全員恋愛運にする」とにべもない。
「ミヤミヤ…」
「えっ。でも三条ちゃんも興味はあるっしょ?!三条ちゃんは不妊に悩みそうな人相してるから、占ってもらった方が心構えできるって!」
「あなたは鮭の産卵みたいにぽこぽこ産みそうよねー!」
「ぐええ」
月子がミヤミヤの首を絞めている横で、アカリは両手の平に乗せた千里眼石をじっと覗き込んだ。
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