第13話



「三条ちゃん。六角支部に挨拶に行こうかって話になってるみたいだけど、どーする?」

七央たちの部屋を覗きに行ったミヤミヤが、そんなことを聞いてきた。

「ははあん…。点数稼ぎねえ」

月子は芭蕉扇ばしょうせんで自分をパタパタとあおぎながら、首を振った。

行った方が組織の心証は良くなるかもしれない。だが、七央たちと一緒に行くのは嫌だった。

どうせキャッキャと騒がれるのは七央のチームだけで、月子はその付き人のような状態になると思うからだ。ミヤミヤは生来の陽オーラでそんな風には見えないだろうから、月子だけがみじめになる。

考えすぎかもしれないが、とにかく月子自身がそんな気持ちになるのだから仕方ない。


「私はいいわ。あなた、七央たちと行ってらっしゃいよ」

「でも…」

「私はね、今からお風呂に行こうかと思ってるの。人が少ない時にゆっくり入りたいもの。だから遠慮しておく」

ミヤミヤは、そういうことなら…とうなずいて部屋から出て行った。

(…と、言ったからには入っておこうかしら)

風呂はミヤミヤに気を遣わせないための言い訳だったが、どうせ他にやることもないのだ。

(ロビーに貸浴衣があったわね。まずは浴衣を借りて…)

月子は風呂用の籠に必要なものを詰めると、ロビーへ向かった。


浴衣選びは心が華やぐものだ。

月子は迷った挙句、落ち着いた赤色に白で花模様が入ったものを選んだ。

どれが似合うか叔母の意見を聞きたいとは思ったが、叔母としては「身内がしゃしゃり出ると月子が恥ずかしがるかもしれない」という遠慮があるようで、もうずっと裏方に引っ込んでいる。


月子は長い髪をお団子にして服を脱ぎ、タオルを巻いて浴場に入った。

(露天にも行こうかしら。人、いないわよね…?)

山の中ではないので露天というより半露天の風呂は、広いし泉質が良く、この旅館の自慢だ。問題は、混浴露天というところ。

(でもこの宿は客室が五つしかない。…その全部が今日埋まっているとしても、私とミヤミヤが一部屋、七央たちが二部屋だから残りはあと二部屋のお客だけ。その二部屋のお客と出くわす確率は高くはないはず)

まあ、男の客に出くわしたら速攻で退散すればいいし…と、月子は露天へ向かった。

(わっ、誰かいる)

ぎくりと立ち止まった月子だが、先客は一人で、その小さなシルエットは女性に見える。

(挨拶するべき?でもちょっと距離が…)

迷いつつとにかく風呂に足を入れた。湯がいくらか波打っている。

今日は風もそんなにないし、ジャグジーなわけでもないはずだから、月子は首をかしげた。かしげつつ胸まで湯につかると、波はさらに大きくなった。

(ええ?なにこれ?)


立ち上がって湯を見回していると、先客がこちらを振り向いた。

「…おお、すまんな」

ざばっと立ち上がる先客。彼女は体に巻いていた布を外すと、くるくると筒状にして頭の上にちょいと乗せた。

「これで大丈夫じゃ」

言われて見下ろすと、湯の波立ちはすっかり収まっている。

「……?」

月子は再び体を沈め、先客の方ににじり寄った。

「こんにちは。あの、今のは一体?」

「うむ、こんにちは。この布を湯につけておったのが良くなかったのう。他に客がいるとは知らず、失礼した」

先客は銀髪の女性だった。老人のような喋り方だが、声も見た目も若い。

(あやかし…かしら?)

妖異、と言っても人と共存している者も少なくない。ミヤミヤだって、祖父が鬼なので彼女のオカッパ頭に二本のツノがあるのだ。


「その布を湯につけると、波が立つのですか?」

「ふふ、これはちょっとした業物わざものでのう。触ってみるか?」

女が布を手渡してくる。その緋色の薄い布を受け取って、月子はぎょっと目を見開いた。

混天綾こんてんりょうではないですか?!」

「わかるか。勉強はしておるようじゃの。…混天綾のやつ、おぬしに触れられてまんざらでもなさそうにしておる。おぬしにも扱えそうじゃな」

「なぜ宝具が…。これをどこで手に入れたんです?」

「はて、どこだったかのう」

女はとぼけて、ふふふと笑う。そのちょっと切れ長な目、なんとなく狐に似ている。

(妖狐の類…?)

なぜあやかしが宝具を持っているのか。不思議ではあったが、月子は礼を言って混天綾を返した。


「あの、あなたは…」

「わしはアカリちゃんじゃ」

「あ、アカリちゃん」

自分で自分をちゃん付けする女か。一瞬、自らを「日野くん」と呼ぶ日野支部長を思い出してしまった。

「アカリちゃんはどちらからいらしたんですか?」

「なに、地元民よ。長いこと六角に住んでおる」

「そうですか。…ええっと、」

「そなたは千石から来たんだのう」

月子の眉間に皺が寄る。

「…なぜ?」

「おぬしも宝具を持っておる。そうじゃろ?」

月子は答えず、辺りを見回した。なぜかこちらのことを知っている、宝具を持ったあやかし風の女。怪しい。


女は楽しげに笑った。

「驚くことはない。わしにはちょっとした千里眼があるのよ」

「ええ?」

「千里眼石、という占いの玉じゃ。その玉を見ると、ぼんやりとだが未来が見える」

「本当ですか?」

では、月子のことを知っていたのも千里眼石とやらを使って未来を見たからなのだろうか。

「もちろん本当じゃ。おぬしは未来を知りたいか?」

月子は押し黙った。知りたい気持ちと、知るのが怖い気持ち。両方が同じくらいある。

「…占いで見た未来って、変えられないのですか?」

質問を質問で返してしまったが、アカリは気にする様子もなく首を横に振った。

「占いで見た未来が気に入らないものであれば、それからの生き方を変えることで未来もまた違ったものになろう」

「えー?!すごくいいじゃないですか?!」

月子が急にノリノリになったので、アカリは一瞬引いたように見えた。

「知りたいです!占ってくださいます?」

「よかろう。夜にまた、この露天風呂へおいで。そうじゃのう、他の者も連れてくるが良い。わしも顔を見たいから」

「他の者も…?」

アカリは、ああ、のぼせた…と呟くと、ザバッと湯から上がった。

(丸出し…)

丸出しでも一向に気にする気配がないのは、やはり大物という気がする。薄い尻の上に、尻尾はなかった。




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