温泉旅行で蹴落としたい
第12話
秋である。
ミヤミヤはぶどうを土産に一週間の帰省から帰ってきたばかりだが、まだ休暇気分が抜け切らないようで、事ある毎に「いい季節だから温泉に行きたい」とか「いい季節だから飲みに行きたい」と言っている。
「たるんでいるのではない?」
「いいじゃん、しばらく任務も入ってないんだしさ」
ミヤミヤは欠伸を嚙み殺した。
確かに、風が心地よく紅葉が美しい秋だ。月子も、たまには休暇を取ってのんびりしたいと思わなくもない。
「私の叔母が、
なにげなく口にすると、ミヤミヤはガバッと月子に向き直った。
「まじ?!六角?いつ行く?」
「…高級旅館ではないわよ。五室しかない平屋の温泉宿で…、お風呂はリフォームしたから綺麗だと思うけど」
「やったー、楽しみー!」
ミヤミヤはすっかり行く気になっている。
あなた、長期休暇から戻ってきたばかりでしょうに…。チクリと言ってやろうかと思ったが、ミヤミヤの何も考えてなさそうな笑顔を見ると小言を言う気も失せてくる。
それに月子も、いざ温泉に行くとなると誘えそうな相手は彼女しかいないのだ。
(…ま、たまにはいいわよね)
見上げた空は、うろこ雲の合間から光が溢れ美しかった。
六角は千石の隣街である。
厳密に言うと六角と千石の間にちいさな町が二、三あるのだが、人が多く賑わっている都市としてはお隣である。組織の支部もある。
月子の叔母の旅館は全五室の平屋タイプで、新しくはないが定期的に手を入れている。泉質の良い露天風呂も自慢だ。
行くと決まれば月子は叔母に連絡を取り、支部長に「叔母の旅館に泊まります」と休暇の申請を出した。
支部長は何か言いたげな顔をしたが、何が言いたかったのかは分からない。「温泉いいなー」とかそのへんだろう、きっと。
月子とミヤミヤは二泊分の荷物を持って旅館に入った。月子はロング丈のワンピース、ミヤミヤはカットソーにショートパンツというラフな格好だ。
個室に行く前にミヤミヤがトイレに行ったので、月子はロビーの椅子に掛けて、出されたお茶を飲んでいた。
(久しぶりね、こういう静かな時間は…)
休暇を噛み締めていると、玄関が開いて客が入ってくる。
「んぐッ」
お茶を吹き出すところだった。
玄関を開け、こちらを見て「あれ?」と目を見開いたのは七央だ。月子は丸テーブルにお茶を置き速やかに立ち上がると、七央の方に詰め寄った。
「どうしてここに?!」
「たまにはゆっくりしようかなって、休暇を取って旅館に来たんだけど…」
(はっ!!)
月子は、支部長の何か言いたげな顔を思い出した。
(これだったのかー!!)
立ち止まった七央の後ろから、「おい、どうした?」と
「えー!?あなたたち、いいいいつの間にそんな出来上がって?!」
「?」
結婚前に二人で温泉旅行だなんて嫌らしい!!と思ったが、七央が数歩前に出ると、紫炎のさらに後ろから
「…あっ、チームで来てたのね…」
「うん」
七央のところはチーム仲も良い。そこがまたムカつく。
「月子さんもここに泊まるの?」
葵が聞いてきた。彼女はレースやリボンが盛られた膝丈のワンピースを着ている。黒々とした瞳といい、黙っていればビスクドールのように見える女だ。手にはしっかり黒琵琶が握られていた。
「ええ。ここ、私の叔母の旅館なのよ」
「そうなの?知らなかった」
七央が目をぱちぱちさせる。
「宿泊日と宿泊先が重なってしまうなんてね…」
しおしおと言う月子の後ろから、「すごい偶然!」と元気に声を上げたのは、戻ってきたミヤミヤだった。
彼女は「人数多い方が楽しいじゃん」と喜び、「あーしと月子ちゃんは二人なのに大部屋だから、良かったら高山ちゃんと葵ちゃん、夜はこっちの部屋で寝なよー」と、とんでもないことを言い出した。
「いいわね」と最初に同意したのは葵だ。小さな唇をにやりと歪めている。
彼女は月子の様子を見、月子へのいやがらせとして同意したようなものである。葵がそう言えば、七央も「じゃ、そうしようか」となる。
「やったー、楽しみ!恋バナとかしよー!」
ミヤミヤはもうヤバいことしか言わない生き物になってしまった。
(恋バナって、私には話せるようなことが何もないけど?!)
じゃあまた後で、と別れて個室に行き、荷物を下ろすと、月子はミヤミヤの襟首を引っ掴んだ。
「あはは、いーじゃんいーじゃん」
と、ミヤミヤは屈託がない。
「三条ちゃん、高山ちゃんのチームを見返してやりたいんっしょ?」
「…まあね」
「そのためには、あのチームのことを良く知る必要があるんだしさ。これも作戦ってことで!」
(何だか、『敵を知るため』という名目で結局仲良く行動する羽目になっているような…)
腑に落ちない月子である。
しかし今さら撤回するのも変な話だし、今夜は我慢するしかないだろう。一日だけ我慢すれば…と、この時の月子は思っていたが、実は七央たちも月子たちと同じ、二泊三日の計画なのだった。
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