第11話
三人が持ち帰った仙桃石は、ナギの希望ですぐさま支部の庭に植えられた。
「一か月もすれば桃が実りますよ」と諸田も楽しみな様子だったし、仙桃が実れば乗騎たちもきっと喜ぶだろう。
(持ち帰って正解だった、ということかしら)
周雷山の方向をぼんやりと眺めながら、月子は思った。
そもそも普通のサルたちが仙桃を餌にするのが不自然だったとも言える。あのサルたちには分相応の食生活に戻っていただくのが良いだろう。
数日後、月子は支部の廊下で七央と鉢合わせた。
普段なら無視して通り過ぎるのだが、この時は少々気になることがあった。七央は支部長にどんな弱みを、もしくはどんな餌を提示されたのだろう?
「周雷山まで行った甲斐はあったのかしら?」
問うと、七央は悲壮な面持ちで月子をちょいちょい、と手招きした。人気のないところまで連れ出される。
「それがね…、紫炎くんと飲みに行く機会を作ってくれるっていうから、支部長の指示を受けることにしたの」
「あなた下戸じゃない」
「私は烏龍茶を極めようとしてるだけだから…。で、いざ現場に行ってみたら、二人きりじゃなくて普通にチームの飲み会だった。しかも支部長もいた」
「はあ?」
「確かに支部長は、紫炎くんと飲みに行く機会を作ってくれるって言っただけで、二人きりの飲みとは言ってなかった!言ってなかったけど!!」
悔しがる七央。ほとんど涙目になっている。
「…あなたね、同じようなネタでこの先もずっと支部長に使われることになると思うわ。早く何とかした方がいいわよ」
「何とか…。支部長を殺すとか?」
支部長の命は白猿よりも軽いようだ。
「そうじゃなくて。強請りのネタにされないように、紫炎くんのことを諦めるか、もしくは付き合ってしまえばいいのではない?」
七央は飛び上がった。
「つつつつ付き合うって?そそそそそ」
七央は赤くなった顔を両手で覆うと、「わー!!!」と逃げ去ってしまった。
小娘じゃあるまいし。月子は呆れ顔で見送った。七央はちょうど二十歳くらいのはずだ。
(…でも、ちょっと羨ましい)
好きな人がいれば世界は変わる。
(私も、新しい出会いを求めてみてもいいかもしれない)
久々に乙女心を湧き立たせた月子だが、支部長室に呼び出されて行ってみると、そんな乙女心など吹き飛んで消えてしまった。
「な、なんですってー?!あなた正気?!」
「正気」
ナギの小さな肩を掴んで揺さぶる。ナギは突然、『乗騎の管理担当になりたいから、戦闘員をやめる』と言い出したのだ。
確かにナギは、乗騎のことがとても気に入った様子だった。諸田は人手不足で困ると言っていたし、ナギにとっても乗騎管理部にとってもWinwin…なのだが、月子にとっては痛手以外の何物でもない。
「うちのチームはどうなるの?!私とミヤミヤの二人だけって、それはもうチームではないわよね?!」
「コンビか」
「コンビだわねええ!」
ナギの首元を締め上げようとする勢いの月子に、支部長が「まあまあ」と声をかけてくる。
「元々コンビみたいなものだったじゃないか。ナギ、先月は何日出勤した?」
「ゼロ」
「ほら見ろ」
月子は手を離すと、へなへなとその場に座り込んだ。
なぜこうも上手くいかない人生なのか。新宝具ゲットどころかチームメンバー離脱になってしまった。
(ナギを止めることはできないわ)
ナギは、これと決めたことは譲らない。
月子にできることは、ナギの新しい門出を祝福し、今後は乗騎管理者として真面目に出勤、何かの折には月子に優先的に天馬を貸してくれることを願うくらいだろう。
「…わかったわ。ナギ、幸せになるのよ…!」
「りょ」
「大袈裟だな、嫁に行くわけじゃないんだぞ」
月子は立ち上がり、呆れ顔をしている支部長に向き直った。
「支部長。チームメンバーの補充を本部に申請してください」
「へえ?」
支部長のへえ?は「へえ…面白いじゃん」のへえではなく、「何言ってるのこの人?」のへえであった。
通常、チーム構成は本部からのお達しで決まる。『このメンバーで組みなさい』という指示が出るわけだ。
だがナギのように戦闘員を退いたり、どうしてもチームメンバーと馬が合わず抜けたいという者もいる。そうして誰かが抜けた分の穴は、補充したければ残ったメンバーが勝手に勧誘するのが普通だった。チームを組んでいないフリーの戦闘員の中で「これは」と思う者を、「今なら洗剤にフェイスタオルもついてくる」等の甘言を弄して引き入れるのだ。
(そんなことできない!!)
月子は己の勧誘スキルに自信がない。頭を下げて頼み込むのも嫌だ。
「チームって、本部が勝手に決めてくるじゃないですか。抜けた分の補充も本部が決めてくれていいはずですよ」
「まあなあ」
「強くて美形で私に忠実な戦闘員を一名送ってもらってください」
「無茶言うねおまえ」
月子と支部長のやりとりを見ていたナギが、ちょい、と月子の袖を引いてきた。
「ツキコ。タカヤマナナオのチームから誰か引き抜いたらどうだ?」
意外な言葉に、すぐには反応ができない。
「…はあ~??」
「ツキコには新メンバーが入り、ナナオのチームは一人欠ける。願ったりじゃないのか」
月子は横目で支部長を見やった。あからさまに「おもしれえ~」という顔をしていて腹が立つ。
「その引き抜きはナギがやってくれるの?」
「なんでナギが」
「抜けるのがあなただからよー!!それに私はあのチームの誰かに頭を下げるなんて嫌!」
ナギの胸倉を掴み上げる月子を、支部長がまた「まあまあ…」と制した。月子相手だと30分に一度は「まあまあ」が発動しているような気がする支部長だ。
「わかった、わかった。その件に関しては本部に打診してみる。おまえのチームに、できるだけ優秀なメンバーを補充したいって言えばいいだろ?」
「…ええ」
月子はナギから手を離した。
「幸い秋の採用時期だしな。オレとしても、一際有望な新人をうちの支部に欲しいと思っている。新人ならおまえが好きなように調教もできるだろう」
「教育って言ってくれます?」
月子は手持無沙汰に任せて、ナギの頬を左右それぞれ手で掴み、むにむにと揉んだ。ナギは無表情でされるがままだ。
「お任せしてよろしいんですね?」
「ああ。オレは図々しさと押しの強さで、若くして支部長にまで上り詰めた男だぞ。実家は組織のスポンサーでもある。まあ、楽しみに待ってろ」
「たのしみだな、ツキコ」
もうチームメンバーではないだろうに、ナギが言った。
「…そうね」
月子はうなずいたが、求めていたのはこういう『新しい出会い』じゃなかったのよ…と内心ため息を吐いた。
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