第10話




「宝具はどうする?」

 七央が振り向いてそう聞いてきたので、月子も忘れかけていた仙桃石のことを思い出した。

「そうねえ…。戦闘系の宝具じゃなかったから」

 月子は、新しい強力な宝具を自分、もしくは自分のチームメイトが入手できれば、七央たちのチームに迫れると期待していたのだった。だが現実には桃を生やすだけの宝具だったわけで、ここに来たのも骨折り損…という気分になっている。

「ま、このまま置いていってもいいかもしれない。石がなくなると桃も今後は実らなくなるでしょう?おサルさんたち、食べ物がなくなると困るだろうし」

 しかしナギは仙桃石の傍にスタスタ歩いていくと、刺股で周囲の地面を刺し、えいやっと仙桃石を掘り出した。

「ナギー?!」

「これは支部の庭に植えよう。乗騎たちに桃を食べさせてやれる」

 そう言って、ナギは小さな革袋に仙桃石を入れると、さっさと道士服の腰に下げてしまった。

「おサルたちが…、」

「あいつらはナギたちを襲ってきた。飢えて死んでもナギは気にしない」

 涼しい顔で言うナギ。

 月子にも強く反対する理由があるわけでもなく、じゃあ、まあ…というナアナアな雰囲気で仙桃石は回収された。


 トンネルを抜けて山に戻ってみると、雰囲気が少し変わっていた。

「このあたりには白っぽい木が生えているわね」

「サルはいないか」

「あのサルたち、元は普通のサルだったんだと思うわ。宝具の力で生えた仙桃を食べ続けた結果、霊性を得たんじゃないかしら」

 月子は、やれやれ…と乱れた髪を手で撫でつけた。

 宝具も回収したし、あとは仙鹿に乗って支部に帰るだけだ。そういえば、使う予定があると諸田が言っていた天馬は、月子たちを追いかける際に七央が乗ったのだろう。支部長はハナから七央を噛ませるつもりだったのだ。戻ったら文句を言ってやらなきゃ…と月子は胸中呟いた。

 油断しきったところで、急にざわっと肌が粟立つ。

「…何?!」

「ボス猿ってやつかな」

 七央が見据えているのは、月子の二倍以上の大きさの白いサルだった。ただのデカいサル…というわけでもない。他のサルたちよりも仙桃をたらふく食べていたに違いない、白い毛は天然の鎧のように硬そうだし、大きさだけでなく個体としての迫力が違う。

「私たちが仙桃石を運び出したことに気付いてる。…散って!」

 七央が言い、三人はそれぞれ別方向に跳躍した。白猿が振り下ろした拳が、何もない地面をドンッと打ち付ける。


「ちっと強そうだが、サルはサルだ。三人でならやれる」

 ナギが言い、白猿に石礫を投げた。月子は別方向から芭蕉扇でかまいたちを放つ。

 白猿は体躯に似合わぬ素早さで二人の攻撃をかわした。

「七央、七星剣を呼びなさい!」

 月子は鋭く命じたが、七央は迷っているようだ。

「殺さなくても…。ここのサルたちにしてみれば、私たちは盗人だよ」

「あなたのそういうところも嫌い!非常時になに優等生ぶってるのよ!」

 かまいたちを、白猿ではなく七央の方に放ってやる。七央は最小限の動きで避けたが、髪の毛が数本はらりと散った。

「そうだぞ。ナギは盗人でも山賊でも構わない。欲しいものは奪うし、気に入らないヤツは倒す」

(…まあ、ナギはナギで極端だけど)

 もし七央がナギのような思想の持ち主だったら、今頃は完全な支配者として支部に君臨していたかもしれない。それも困るのだが、非常時に「やさしさ」とか「倫理観」を持ち出されるのもやはり困る。


 体の強靭で柔軟なバネを使い、ものすごい跳躍力で白猿がこちらに向かってくる。

「ひいいっ」

 その迫力につい逃げ腰になってしまう。せっかく撫でつけた髪を再びぐちゃぐちゃにしながら、月子は転がって避けた。

「七央に行きなさい、七央に!」

(自分のいい子な性格のせいで、白猿に襲われて危機に陥るといいわ!)

 そしてピンチの七央をドヤ顔で救出する私…と都合のいいことを思い描いてみるものの、どういうわけか白猿は月子を執拗に追ってくる。

「どうして私ばかり?!」

「好かれてるんじゃないのか、ツキコ」

「襲われてるのよ?!」

「だって…」

 ナギが何かを指差す。その先を目で追うと、白猿の白猿が元気になっているのが見えた。

「はあーあ??」

 月子はここで顔を覆って「キャー」などと言うようなクチではない。この私をサル女として見とんのかい、と思うとはらわたが煮えくりかった。

「けがらわしい!」

 立ち止まると、力を篭めて芭蕉扇を振るう。数本のかまいたちと共に暴風が放たれ、木の枝がバキバキと折れて吹っ飛んでいく。白猿に直接のダメージはなかったものの、急な風を警戒したのか後方に飛び退った。

 月子はさっと移動して、七央の後ろに隠れた。こうなっては自分の身の安全が最優先だ。

「早く倒して!あの変態ケダモノ痴漢クソ猿を!」

「痴漢…」

 七央がふと気付いたように繰り返して、月子の方を見る。

「月子ちゃん、ちょっと手を貸して。ええっと…ナギさん?白猿の注意を引いておいてくれる?それから、音がしたら目を閉じて離れて!」

「りょ」

 ナギは短く返事をすると、石礫で白猿を挑発し始めた。


「どうするつもり?」

 月子は七央の方に体を寄せた。

「これ」

 七央が、腰の後ろにつけていた小さな瓢箪を手に取る。

「これの中身を上空にぶちまけるから、月子ちゃん風を起こして白猿の方に送って欲しい」

「わかったわ」

「あとはタイミングを見て…」

 息を詰めて見守る中、ナギは刺股で白猿とやり合っている。小柄なナギがますます小さく見える…。

 月子がハラハラしていると、七央がようやく瓢箪の蓋を開けた。

「行くよ!」

 中身を宙にぶちまける。…何やら赤っぽい、小さな欠片がたくさん。

「疾!」

 月子はそれらを風で吹き飛ばした。

 バンバンバンバン!!!と、大きな音が立て続けに起き、火花が散る。

「…火薬?」

 目を閉じたナギが、地を蹴って素早くこちらへ戻って来た。

 白猿は発狂したように暴れ、身もだえしながら逃げ去っていく。

「色々入ってるけど、とうがらしの粉と火薬がメインかな」

 七央が空になった瓢箪を振ってみせる。

「強力でしょ?痴漢対策に作ったの」

「痴漢が気の毒になる威力ね…」

「そう?少し配合を減らすかな…」

 一度負けを認めて逃げ去ったサルは、もう戻っては来ないはず。…だが、確証もない。三人は急いでその場を離れ、乗騎の元へ戻った。



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