第9話



 不毛の山、という趣だった。少なくとも、休日にのんびり登山したくなるような場所ではない。雰囲気に呑まれ、月子はぶるりと身を震わせた。

(うう…。逃げ帰った回収隊のことをバカにしてたけど…)

 芭蕉扇を握る手に力が篭る。ナギと一緒で良かった。

「はっ!」

「きゃあああ!!何?!何?!」

 ナギがバッと振り返ったので、月子も慌てて身構える。

「…今、何かがいたような」

 二人、息を呑んで周囲の様子を探ったが、物音も人の気配もないようだ。

「…気のせいか」

「脅かさないでちょうだい!」


 ビクビクしながらも進んでいくと、前回の探索で回収隊たちが襲撃された辺りに辿り着いた。

「このあたりでサルが出たはずよ。たぶん」

「ツキコ、地図は読めるのか?」

「読めるわよ、バリバリだわよ」

「!」

 ナギが顔を上げた。

 周囲は黒っぽく枯れた木に囲まれているが、木の枝が揺れたようだ。視線を巡らせてみると、一本、また一本と揺れる木が増えていく。

「ひえ…、木のお化け…?」

「いや、やはりサルだ」

 せい!と気迫を篭めて、ナギが石礫を投げた。ぎゃっと悲鳴が上がり、どさりと何かが木から落ちてくる。

 途端、周囲で一斉にぎゃあぎゃあと鳴き声が上がり、大きな黒いサルたちが姿を現した。

「…多いな。芭蕉扇で一掃できるか?」

「囲まれているわ。全方向を一度には無理ね」

「しかしこのサルたち、気配がなかった。獣臭くもない。普通のサルではなくて、霊性を得ているようだが…」

 一匹のサルが、ぎゃあ、と木の上から飛び掛かってきた。

「疾!」

 芭蕉扇で吹き飛ばしたが、サルは上から次々降ってくる。

 ナギが背中に負った布袋に片手を突っ込んだ。

「そら!」

(バナナだー!!)

 本当にバナナで気を逸らす作戦を実行するとは思わなかった。

 しかしこれが意外と効果を上げ、サルたちの一部が投げられたバナナに殺到する。

「ツキコ、走ろう!」

 刺股と芭蕉扇で降ってくるサルを薙ぎ払いながら、二人は駆けた。

 途中ナギが、残った一房のバナナから一本ずつをもぎ取って後方に投げ捨てていく。サルはその度にバナナの方に殺到し、奪い合って仲間同士で喧嘩を始める者もいる。

(『三枚のお札』みたいねー…)


 ぜえぜえと息が切れてきた頃、二人はひときわ大きな黒い木の下に辿り着いた。

 木の根のあたりに、黒々とした穴が開いている。月子でも何とか通れそうな大きさだ。

「あれは?」

「何か感じないか、ツキコ」

「…宝具が近いわ!」

 月子は振り返ると、出力を上げて芭蕉扇を振るった。暴風が追ってくるサルたちを吹き飛ばす。

「今のうちに!」

 二人は無我夢中で穴に飛び込んだ。


「あー!!」

 穴の中は急勾配の下り坂、いやほとんど落とし穴のようになっていた。

 転がり落ちながら、体があちこちにぶつかる。痣だらけ確定だ。

「うわっ!」

「いたぁ!」

 どさどさ、と落ちた先は、穴の中なのに仄明るかった。

「いたた…」

 よろよろと起き上がると、周囲を確認する。

 広い空間。月子の目を奪ったのは、その中央にドンと位置する大きな桃の木だった。

 かぐわしい香りがする…。

「穴の中に桃の木が…?」

「いっぱい実がなってるな」

 ぽんぽんと道士服についた泥を払い落としてから、ナギも月子の隣に来て桃の木を見上げた。

「あのサルたち、桃の木があるからここらを縄張りにしていたんじゃないか?」

「そうね。…あっ」

 桃の木の見事さに見惚れていた月子だが、ここに来た目的を思い出すと慌てて周囲を見やった。

「宝具は…」

 気配を探ってみると、地面に半ば埋まった赤い玉に辿り着く。


「あれは…、そうか!」

 ぽんと手を打つ。

仙桃石せんとうせきよ!それを植えると、どんな不毛の地にも仙桃が生えるという宝具!」

「そんな食いしん坊な宝具があるのか」

「戦闘系の宝具ではないから、大戦で破壊されることもなく効果を保ったまま地上に落ちたんだわ、きっと」

 名推理に鼻を高くする月子だが、ナギは感心する様子もなく天井を見上げた。

「ツキコ。穴の上が騒がしいようだ」

「え?!…あー…」

 そういえば、サルたちが二人を追ってここに来る可能性は普通にある。むしろ来ない方がおかしい。

 二人は武器を手に身構えた。

 ぎゃあぎゃあと悲鳴のような声が遠くで聞こえ、やがてドサドサ!と大量のサルたちが落ちてくる。落ちたサルたちはみんな昏倒しているようで、穴の下で小山となった。

「何があったの?…あっ!」

 天井の穴から最後にスタッと降りてきたのは、七央だった。

 黒コートにショートパンツのいつもの戦闘スタイル。今日は太ももベルトの代わりに、腰の後ろに瓢箪やら縄やらを括り付けていた。


「どうしてあなたが?」

 月子は苛立ちも露わに七央を睨んだ。

「私だって来たくなかったけど、支部長が…」

 七央が口を尖らせる。

「断りなさいよ!それとも弱みでも握られているの?」

 もし支部長が弱みを握っているのなら、月子も知りたい。少しばかり好奇心が疼いたが、七央がなにやら顔を赤くしてもじもじし出したので、あっ、これは紫炎しえん関係だな…と月子はすばやく判断した。

「その話はもういいわ!」

 手を突き付けて制する。

 かわりにナギが一歩前に出た。

「支部長に何と言われて来たんだ?」

「二人が困っているようならサポートするようにって」

「別に困ってないわよ!!」

 言って、月子は天井の穴を見上げた。天井の穴は高いところにあり、梯子でもないと上がれそうにない。

「…でもまあ、来たからには働いてもらうわ。ここから出しなさい」

「この高さだと、サルたちも上れないよね。これは入口専用か、そもそも出入りするための穴じゃないのかも。別の出入り口がどこかにあると思うよ」

 七央はそう言うと、すたすた歩いて辺りを探索し始めた。すぐに「あった」と声が上がる。

 七央が指差す先には、緩やかな上り坂のトンネルのようなものが見えた。




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