新宝具で蹴落としたい

第7話


宝具パオペエ

 月子は、支部長の前に手を突き出した。「ちょーだい」のポーズ。

「耳が早いな」

 日野支部長が肩をすくめる。役職を表す白と青の制服を纏った三十路の男は、椅子の上で足を組んだ。


「だが新しい宝具は開発段階に入っていない。…というか回収すらまだなんだ」

「どういう宝具なんです?」

「わからない」

「回収してない、どういうものかもわからない。…わかっていることは何なんです?」

 支部長は月子の言葉の刺々しさを気にする様子もなく、デスクの上の地図を指さした。

「ここ」と、ある一点を指し示す。

「ここに宝具があるのは分かっている。山の中腹だな」

「なぜ回収しないんですか?」

 問うと、支部長は難しい顔をした。

「回収に行った連中が怪我をして帰ってきた。この辺りが何らかの幻獣の巣になっているのかもしれない」

「あら」

 月子は芭蕉扇ばしょうせんを口元に当てた。


「じゃあ、そこへ行けば宝具を回収するついでに幻獣のデータも取れる、ということですね」

「そうかもしれないな、三条くん」

 支部長が軽く同意する。

「だがほら、暑さも引いて良い季節になってきただろう?長期休暇を申請しているヤツが多くてな。みんな宝具回収よりも温泉旅行に行きたいってわけだ」

 月子は大きなため息を吐いた。

「なげかわしい」

「どちらか選べるなら、オレだって温泉旅行の方がいい」

「宝具の回収と再開発は、組織の仕事の中でもかなり重要な分野ですよ?!」

 月子はバン、と支部長のデスクを叩いた。


 宝具。かつて天界で開発されたという強力な殺傷兵器だ。

 幾つかの大戦を経て、宝具は宝具同士の衝突で粉々になったり、秘術の末に溶かされるなどしてほとんどが失われてしまった。

 壊れた宝具の一部は、地上のあちこちに散逸した。組織はそうした宝具の残骸を回収して分析、『核』を取り出して宝具のレプリカを作り出している。

 強大な敵との戦いにおいて、宝具の有無は勝敗すら左右する。宝具回収が組織にとって優先度の高い仕事となるのは当然だった。


「私が行きます」

 月子は胸を張った。

「そのかわり、宝具の生成に成功した暁には、使用者の候補に私を加えてください」

「んー」

 支部長は腕組みをした。

「まあ…、いいよ」

「なんです?!そのモヤっとする言い方!」

「いやさ、相性ってものがあるからな?候補者に加えることはできても、おまえが宝具に選ばれるとは限らないぞ」

「それは分かっています」

 宝具は誰もが扱えるわけではない。どちらかというと、宝具の方が使用者を選ぶ。『この人だけ!』という一途な宝具もあれば、『強ければ誰でもオッケーよ』というアバズレみたいな宝具もある。アバズレパターンだった場合、候補者にさえ名が挙がっていれば月子には十分なチャンスがあった。


「一人で行くつもりなのか?」

「ええ」

 月子が誘えそうな相手といえば、チームメイトのミヤミヤくらいだ。

 しかしミヤミヤは長期休暇を取って里帰り中である。ぶどう狩りをするんだ、とのんきなことを言っていた。

「危険な仕事になるかもしれない。もう少し人手がいるだろう」

「じゃ、支部長が一緒に来てください」

「オレ?!」

 よほど意外だったのか、支部長は心底驚いた顔をしている。

「まさかすぎた…。いや、日野くんがかっこ良すぎて一緒に行きたい気持ちは分かるんだが、オレは行けない。立場上難しい」


 月子は警戒するように目を細めた。

「嫌ですよ?」

「何が?」

「七央とか葵さんとか、あっちのチームと組ませるつもりでしょう」

 支部長はゆっくりとまばたきした。

「ダメかな」

「ダメです」

「ダメかあ~」

 支部長は、七央のチームと月子のチームを仲良くさせたがっているのだ。

 月子のチーム…というか、ターゲットは月子一人だろう。ミヤミヤの方はあけっぴろげな性格で、たとえば急に七央のチームに投入されたとしてもすぐに馴染むはずだ。チームメンバーのもう一人は、たまにしか現れない幽霊メンバーだし。


「ふーむ、わかった。じゃ、七央のチーム以外で良さそうな子に声かけておくから」

 合コンのメンバー集めでもしているような物言いの支部長。

 月子は、(私一人でいいのだけど)と思いつつ、よろしくお願いしますね、と支部長室を後にした。



 翌日呼び出されて支部長室に行くと、支部長は何だかヨレっとボロっとなっていた。

「支部長…、一体何が?」

 ボサボサになった黒髪を見ながら問う。支部長は三十路のウインクを飛ばしてきた。

「七央に怒られた。だが問題ないぞ、最終的にはオレがダダこねて押し通したからな!」

「はあ…。え?!まさか七央を私の同行者にしたんじゃないでしょうね?!」

「いいや。おまえ嫌だって言ってただろう」

 支部長があっさり否定する。と、いうことは、月子とは関係のない何らかの事柄で揉めたのか。

 月子はとりあえず胸を撫で下ろした。

「仲がよろしいこと」

 特定の誰かに肩入れするのは良くない、という皮肉を篭めて言ってやるが、支部長はワハハと笑うだけだ。

「まずこれを渡しておく」

 支部長はデスクの引き出しからくしゃくしゃになった紙を取り出し、両手で広げて引っ張り伸ばした。

「現地の地図だ」

「保管状態がよろしいですね」

 月子は差し出されたくしゃ紙を受け取り、ざっと眺めた。

「…周雷山しゅうらいさん

 幾つか連なった連峰の一つで、それなりに険しそうだ。中腹に印がつけられている。地図は二枚重なっており、もう一枚の方は失敗した回収隊がマッピングしたものらしかった。

「乗騎が必要だろう。許可を出しておいたから好きなのに乗っていくといい。こっちのファイルは先の回収隊に提出してもらった報告書だ。参考に見ておくように」

「わかりました」

「以前の回収隊は、戦闘員二名と宝具開発の事務員二名だったんだが…、」

「怪我をして帰ってきたんですよね?」

「ああ。事務員を守る必要があり、思うように戦えなかったとか何とか…。そういうわけだから、今回は事務員は付けないつもりだが構わないか?」

 月子はうなずいた。


「おまえの連れは乗騎厩舎にいるぞ。会いに行ってみるといい」

「誰なんです?」

「会ってみてのお楽しみ」

「また子供のようなことを…。これで開発室に七央がいたら、支部長を角材で打ちのめしますからね」

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