第6話


「ここで働くことになったんですって?」

「あ、ハイ。照井と言います、よろしくお願いします」

「テルイ」

 男はひょろ長い体を折り畳んで挨拶した。首にはチョーカーのような細い枷がついている。

「主にシミュレーションルームのデータ管理と掃除などやらせていただきます、ハイ」

「あなたのせいで死ぬところだったのよ、私」

「ひえっ。申し訳ありませんでした、ハイ」


 器の小さい男・テルイは、監視用の枷をつけ、雑用係として支部で働くことになっていた。

 人型で人語を解する妖異は、こちらの感情としても処分がし辛い。それにこの男、あの能力以外は普通の人間と変わりがなく、これまでも酒屋で働きつつ静かに暮らしていたらしい。

 とはいえ妖異には違いない。それにテルイの能力、お隣の奥様に使う分には大した脅威にならないが、つえーヤツに使ってしまうとシャレにならんことも分かった。

 そういうわけで野放しにもできず、テルイは組織の監視下に置かれることになったのだ。


「趣味を禁じられて、かさついた日常になるわね」

「はあ…。たしかに、泥臭い喧嘩を見たいという気持ちは今もあります。でも、」

 テルイは観戦室からシミュレーションルームを見やった。

「ここでみなさんの戦いを見るのも面白いです。職人技が光るってヤツですか、強い人の動きはやっぱり美しいですねえ」

 今のシミュレーションルームは無人だが、モニターには七央の戦闘記録が再生されていた。



「三条ちゃん!!死ぬかと思ったんだからね!!」

 ミヤミヤは、メロンパンの欠片を口の周りにいっぱいつけながら声を上げた。

「あのあと、鳥が降りてきて高山ちゃんのほっぺたを掠めた」

「それで七央の意識がそちらに逸れたのね」

「そそ。んで、高山ちゃんのすぐ隣に紫炎くんがシュタっと降ってきて。手刀でこう、七星剣を叩き落とした」

 バシっと手刀の真似をしてみせる。

 月子は、手の中の紙コップ入りカフェオレを揺らした。

「七央VS紫炎くんにはならなかったの?」

「ならなかった。高山ちゃん、紫炎くんを見たら正気に戻っちゃって。やっぱさあ、イケメンの顔面力は妖異の能力を超えるんだよ」

「何を言ってるんだか…」

 何の心構えもない状態で紫炎が傍らに現れたことにより、七央の中で過剰な赤面・動悸・息切れが発生、そのエネルギーが妖異に増幅された狂暴性を上回り打ち消した…というところではないか。もしくは、単にテルイの能力の時間切れ。


 ミヤミヤは頭の後ろで手を組み、食堂の椅子にもたれかかった。

「でもさ、どうして三条ちゃんが高山ちゃんをかばおうとしたの?」

 ミヤミヤを羽交い絞めにした時の話だろう。

 月子はふんと鼻で笑ってみせた。

「七央に死は贅沢よ。生き地獄ってやつを見てもらわないとね!」

「三条ちゃん、悪役の顔になってる…」


「……!」

 月子は半眼になり、芭蕉扇を構えた。

 食堂に入ってきたのは七央だ。こちらに気付き、面白そうに笑いかけてくる。

 七央は、月子の刺々しい態度に傷付くわけでも困惑するわけでもなかった。彼女の中では、「ライバルっていうのも楽しそう」という前向きな解釈が成立したのか、月子は「おもしれー女…」枠になっているものと思われる。

(本当に腹が立つ)

「…疾!」

 小さく呟き、座ったまま手だけで芭蕉扇を振る。

 だが放たれたかまいたちは、べべーん、と響く琵琶の音波にかき乱され、七央に届く前に消えてしまった。

 七央のあとから、黒琵琶を手にした十日市葵とおかいちあおいが入ってくる。黒々とした瞳を持つ人形のような女は、月子を見てニヤと笑った。


「…チーム丸ごと腹が立つ」

 月子の呟きに、ミヤミヤがぎょっとして顔を上げる。

「チーム単位って、あーしを巻き込まないでよね!」

「そう言わず、あなたのモテテクで紫炎くんを篭絡してきなさいよ。あのチームをかき乱してやりたい」

「ええー?!あーしが紫炎くんと…、いやあ…、へへ」

 月子は、にやけるミヤミヤの頬をつまんで捻った。

「いひゃい、いひゃい!!」



(腹は立つけれど…、)

 これからどういう策略を用い、七央をどういう目に遭わせてあげるか。

 それを考えるだけで、月子の日常はけっこう楽しい。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る