第4話
芭蕉扇は防御にも使える。
敵の炎や石礫をはね返す時などに特に有効だが、自身の周囲に風のバリアを巡らすような使い方もできるのだな、と月子はこの日初めて知った。
風で七央の攻撃を逸らすことで、月子はどうにか決定打をまぬがれている。常日頃、ライバル意識から七央のシミュレーションルームでの動きを凝視していたのも良かった。
とはいえ、いつまでこうして粘っていられるか…。
器の小さい男は竹の下から這い出そうとしていた。それを横目で確認しながらも、月子にはどうすることも出来ない。
「ぐッ!!」
かわしきれなかった回し蹴りを腹に食らい、月子は吹っ飛ばされて倒れた。
予想していた追撃は来なかった。代わりに、七央の手の中に『
(死ぬわ私)
すみやかに死を覚悟した月子だが、生存ルートがもしあるとすれば、鍵になるのはあの男だ。器の小さい男を倒してしまえば、七央の催眠状態も解けるのではないか?
今や男は立ち上がり、この場から逃げ去ろうとしている。
「逃がさないわよ!」
芭蕉扇でかまいたちを放とうとする。…と、ほぼ同時に七央の足がトンと地面を蹴った。
(間に合わない!!)
目を閉じることすらできない月子の視界に、何やら赤いものが横から飛びこんできた。
「そいやぁー!!!」
火尖鎗が唸りを上げ、器の小さい男を吹っ飛ばす。
熱風と、こげ臭い匂いが辺りに広がった。
「あり?!もう終わり…?騒ぎを聞いてせっかく駆けつけたのに、あーしとの熱いバトルは?!」
物足りなそうに言って、ミヤミヤは周囲を見回した。そして月子に目を留める。
「三条ちゃん!」
「ミヤミヤ、いいところに…」
ミヤミヤの乱入で、七央も攻撃の手を止めていた。かすかに微笑むその顔は、新手の参戦を喜んでいるように見える。
男はこんがりウェルダンになって転がっていた。妖異なので死んではいないだろうが、意識を失っているのは明らかだ。
(いやいや…、あいつが意識を失っても能力は消えないの!?)
と、すると時間経過でしか消えない能力なのだろうか。
「高山ちゃんも。これ、一体どういう状況?」
「ミヤミヤ」
月子は、きょとんとしているミヤミヤを手招きして呼び寄せた。
立ち上がると浴衣についた泥を払い、芭蕉扇を握りしめる。
「へのへのもへじ君はどうしたの?」
「へ?今彼のこと?あいつは置いてきた、この先の戦いについて来れないからね!」
月子は、七央の様子を注視しつつも「ふふっ」と笑った。
「その通り。今から私たちは、高山七央と戦うことになる。並みの男じゃついて来れないわ」
「はえ?」
ミヤミヤの丸い目が、ますます丸くなる。
「今の七央は敵よ。こちらの戦闘態勢が整い次第、私たちを襲ってくる」
「やばいじゃん」
「私とあなたで協力して、七央を倒すのよ!」
「無理っしょ?!」
「弱気にならないの!」
既に腰が引けているミヤミヤと、覚悟を決めた月子。
二人を見ながら、七央は天灯舞う夜空を背に微笑んでいた。
月子とミヤミヤ…
二人は連携して戦うことに慣れていたし、火尖鎗と芭蕉扇という宝具の相性も良かった。だが、シンプルにクソつえー女の前では成す術もないのだと痛感した。
「ぐえっ」
七星剣を火尖鎗で受けたミヤミヤが、お上品とは言えない悲鳴を漏らす。
「重い!」
武器を合わせたまま蹴りが飛んでくる…と察した月子が、芭蕉扇を一閃させる。七央は「空飛べるんですか?」と聞きたくなるような身軽さで体をひるがえし、かまいたちを避けて後方に降り立った。
「化け物じゃん」
「確かにね」
二人はとにかく防御に徹することで、何とか場を凌いでいる状態だ。
「どーすんの?!このままじゃジリ貧になるよ!」
「時間を稼いでいれば、そのうち男の能力が切れるはずよ。たぶん」
「たぶん?!」
七央が跳躍と共に振り下ろしてきた七星剣を、ミヤミヤと左右に分かれて転がり避ける。
「あーしたちの命の方が時間切れになりそう」
ミヤミヤが火尖鎗を振り回した。舞い上がる火炎も、七央相手では大した牽制にならない。
「三条ちゃん。こうなったら全力の連携技で殺しにかかろう」
「殺すの?!」
「じゃなきゃこっちが殺されるって!」
月子は動揺を隠せず七央の方を見た。
月子が求めていたのは、七央に屈辱や敗北感を与えてやることであり…、それによって月子がいい気分になりたいわけであり…。
(あなたが死んでしまったら、永遠に達成できなくなる)
「いーい?行くよ!炎よ…、」
「よくない!!」
「はえ?!」
月子は火尖鎗を構えるミヤミヤを背後から羽交い絞めにした。
「ちょ…、三条ちゃん!とち狂ったの?!」
「時間を稼いでれば能力が切れるって言ったじゃない!」
「あー!!死んだ、もう死んだよ!あーし達!!」
ミヤミヤが絶叫する。
ハッとして横を向くと、七央がすぐ近くまで跳躍してきた。
「くっ…」
咄嗟にミヤミヤを突き飛ばし、芭蕉扇を構える。扇では受け止めきれない剣戟が、ドッと体に当たった。
「!!!」
走馬灯は見えなかったが、頭の中に流れ星が降り、天灯祭りで見た七央の笑顔がなぜか浮かんだ。
(ああ…、少し、ほんの少しだけど、友達になってもいいと思ったのよ、私…)
暗くなっていく視界の中に、空から急降下してくる鳥のようなものが映った。それから、紫の闇と…。
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