第3話



「ねえ。どうして私を天灯祭りに誘ってくれたのかしら?」

「え?」

 七央が月子の方を振り向いた。

「あなたならあちこちからお誘いがあったんじゃない?」

「ううん、ぜんぜん」

 七央はさらりと否定した。謙遜しているわけでもなさそうだ。

 高値の花すぎて誰も声をかけられない現象が起きたのだろうか。

「月子ちゃんは、どうして今日来てくれたの?」

「私?」

 可食部がなくなったトウモロコシをゴミ用の紙袋に入れながら、月子は眉をひそめた。

 行くつもりのなかった天灯祭りにこうして来たのは。

「…そうね、あなたのことをもっと良く知りたいと思ったから…」

 弱みとか苦手なものとか、そういうマイナス面の諸々を。

 月子が七央を見つめると、七央の方も月子を見返してきた。

「私も。月子ちゃんのこと、もっと良く知りたい。だから誘ったの」


 夜空を彩る幻想的な天灯。その下で見つめ合う二人。

(…って、何やら妙な雰囲気になってしまったけど?!)

 どうしよう。雰囲気的に七央の胸でも揉んでおくべきかな、と混乱した頭で考える。そうっと手を伸ばすと、右手が七央の胸にぽよんと触れた。

(おっほ…)

 柔らかい。大きい。そして弾力が凄い。もちもちのクッションやぬいぐるみを見るとつい揉んでしまうように、この胸も揉まずにはいられない胸だ。

 速やかに揉みに移行しようとした時、背後からキャーッと悲鳴が上がった。

「今の…、」

 月子が息を呑んだ時には、七央はもう立ち上がって駆けだしている。


『いつ何が出てくるか分からないじゃん?』

 ミヤミヤの言葉が脳裏に蘇った。

 何らかの妖異が現れれば、勤務時間外だろうと何だろうと月子たちは戦わなければならない。彼女たちが所属している組織『仙珂連せんかれん』は、化け物から人々と街を守るために存在する治安維持部隊なのだから。



 奥の茂みには、若い女性が二人転がっていた。

「大丈夫ですか?」

 七央が駆けよって女性の顔を覗き込む。

 すぐに追いついた月子も、もう一人の女性の傍に膝をついた。脈を取り、女性の額に手を当てて、ほっと息を吐く。

「魂魄を抜かれたわけではないわね。生気を吸われたんだわ」

 魂魄を抜かれたのなら一大事、早く戻さないと死んでしまうが、生気を吸われただけなら二日ほど安静にしていれば問題ないだろう。とはいえ、こんなことをした犯人を放ってはおけない。

「七央、この二人を任せてもいいかしら」

 さっと立ち上がり、芭蕉扇を強く握りしめる。

「わかった。二人を避難させたら月子ちゃんの後を追う」


 何者かが被害者から生気を奪う際に使った『力』が、かすかながら妖気として残っている。月子はその妖気を辿り、浴衣の裾を振り乱しながら走った。

(まだ近くにいるはず…)

 妖気は人気のないところへ向かっている。

 街灯すらない街外れに出た。この先は確か竹林になっているはずで、そこへ逃げ込まれると視界が悪く、探すのが厄介になりそうだ。

 夜空に浮かぶ天灯と月のおかげで、真っ暗ではないのが幸いだった。

 やがて月子の視界に、早歩きで進む男の背中が映し出された。ひょろっと背が高く、闇に溶けるような黒っぽい浴衣を着ている。

「そこの人!ちょっと聞きたいことがあるのだけどー!!」

 月子が精いっぱいのクソデカ声で叫ぶと、男はびくっと飛び上がり、走って逃げ始めた。怪しい。

(これはほぼ確ね!)

 駆けっこでは追いつけない。月子は芭蕉扇に力を篭め、下から上へ振り上げた。

チッッ!」

 巻き上がった風に足を取られ、男がすっ転ぶ。

「念のため!」

 今度は横方向に鋭く一閃させると、男の左右の竹がスパッと切れ、上手い具合に男の上に倒れこんだ。

(上手いわ、我ながら惚れ惚れするわー)

 芭蕉扇のコントロールに満足しながら、月子は男の元へ駆け寄った。


「おまえ、女性たちから生気を奪ったわね?」

 倒れた男に扇を突き付けながら問う。男は、助けてくださいぃ、と情けない悲鳴を上げた。

「傷付けたわけではありません!あの二人は、しばらく横になってゴロゴロしながらスナック菓子でも食べてれば元気になります、ハイ」

 月子は密かに舌打ちした。人語を解す人型の妖異は、一番始末に困る。

「なぜ生気を奪った?おまえの食料は人間の生気なの?」

「滅相もない!私はほとんど人と変わらないんです、ハイ。好きな食べ物はいくら丼です」

「美味しいわよね!」

「分かってくださいますか!」

 月子は男の傍にしゃがみ込むと、男の頭をぴしゃりと叩いた。

「ではどうして生気を奪ったの。愉快犯?」

「いえ、それは…」

 男は視線を逸らしてから、諦めるようにため息を吐いた。

「その、趣味です」

「死刑」

「お待ちください!」

 男が必死ですがりついてくる。

「実は、私には特殊な能力がありまして…。ヒトの狂暴性を増幅させることができるんです」

 月子は眉をぴくりと上げて、話の続きを促した。

「お上品な奥様が旦那に掴みかかったり、お偉い方々が取っ組み合いの喧嘩をする様を眺める。それが私にとっては愉悦の時間でして。ハイ。ただ、この力を使うにはそれなりのエネルギーが必要なんです。そこで知らない人から少しばかり生気を拝借して…」

 月子は大きなため息を吐いた。

「くだらないわねー」

「私にとっては、かさついた日常を潤してくれる大切な趣味なんです!」

「はいはい。とりあえずおまえを拘束して、組織に連行するわ」


 ああ、くだらない妖異だった…。やれやれと立ち上がったところに、七央が駆けてきた。

「月子ちゃん!」

「あら。せっかく来てくれたけど、もう片付いたわよ」

「どんなヤツだったの?」

 七央が月子の隣に並ぶ。

「『怪異!人の喧嘩を見て喜ぶ男』てところね」

「器が小さい」

「本当にそれ」

 器の小さい男は、倒れたままの姿勢で「ふふ、ふふふ…」と低い笑いを漏らし始めた。

「何よ」

「馬鹿め、同士討ちするがいい!」

 男がさっと右手を上げた。その手に白い光が生まれる。

「月子ちゃん!」

 七央が月子をかばって前に出た。カッと光が弾ける。

 白い光を浴びた七央は、どこにも傷などはついていなかった。ただ、目がすわっていた。

「…七央?」

 月子の背中に冷たいものが走る。

 次の瞬間、視認できない速さで繰り出された攻撃を、月子はほとんど勘で受け流した。攻撃を流した芭蕉扇から、ビリビリと衝撃が伝わってくる。

(まずい)

 慌てて跳び退る。

 大して七央は、ゆっくりと視線を巡らせて月子を見た。竹の下敷きになっている男は、小物過ぎて目に入らないご様子。

 逃げられるものなら逃げたい。が、背を向けた途端にやられるのは間違いなかった。

(確かに、いつか勝負してギタギタにしてやる予定だったけど、今じゃないのよー!!)



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