第2話

星屑峰は目の前の景色に圧倒され、言葉を失っていた。目を覚ました場所は、夢の中で「Lemon」と名乗る人物に案内された楽園そのものだった。目の前には、青く澄んだ空と果てしなく広がる緑の草原、そして遠くにそびえる壮大な山々が見渡せた。空気は信じられないほど清らかで、風は優しく肌を撫でていく。どこか現実離れしたこの風景に、彼は夢の中にいるのか、それとも現実なのか、判断がつかなくなっていた。


「これは…現実なのか?」


自分の声が震えているのがわかった。峰は周囲を見渡しながら、足元の草を触ってみた。草は柔らかく、冷たい朝露が指先に染み込んできた。これは夢ではない。現実だ。だが、その現実が、どうしてこんなに異世界じみているのか、彼には理解できなかった。


その時、背後から声がした。


「やあ、峰くん。目が覚めたようだね。」


振り向くと、そこには夢の中で会った「Lemon」が立っていた。彼は優雅な身のこなしで近づいてきた。「Lemon」はどこか異国風の衣装をまとい、その顔には冷ややかな微笑みが浮かんでいた。峰はすぐに彼がただの人間ではないことを感じ取った。その瞳の奥には、普通の人間では決して持ち得ない深い知識と、計り知れない力が宿っているように見えた。


「ここは一体…どこなんだ?」


峰は恐る恐る尋ねた。「Lemon」はその問いに答える代わりに、視線を遠くの山々へと向けた。


「ここはね、楽園と呼ばれる場所だよ。人間が生前に持っていた心の傷や苦しみから解放され、永遠の安らぎを得る場所だ。ここにいる限り、君は何も心配することはない。すべてが完璧に整えられている。」


「楽園…?じゃあ、僕は死んでしまったのか?」


「Lemon」は再び微笑んだ。その微笑みには何かしらの哀れみが込められているように感じた。


「死んだ、というのは一つの見方だね。だが、君がここにいるということは、君の物語が終わったわけではない。むしろ、新たな始まりを迎えたと言ってもいいだろう。」


峰はその言葉に混乱した。自分が死んだとすれば、どうしてまだ意識があるのか?どうしてこんな場所にいるのか?そして、「Lemon」は一体何者なのか?


「どうして僕がここにいるんだ?僕は本当に死んでしまったのか?そして…君は一体何者なんだ?」


「Lemon」は答えることなく、ゆっくりと歩き出した。彼は峰に手招きをし、付いて来るように促した。峰はその動作に一瞬ためらったが、結局、疑問を解くために「Lemon」の後を追うことにした。


二人が歩き出すと、景色はさらに美しく変化していった。草原の先には、輝くような青い湖が現れ、その湖面には空の青さが映り込んでいた。峰はその湖の澄んだ水面に、自分の姿が映るのを見た。そこには、現実の自分とまったく同じ姿が映っていたが、どこか現実感に欠けるような気がした。


湖のそばには、白い大理石で作られた彫刻や、美しい花々が咲き誇る庭園が広がっていた。庭園の奥には、古代の神殿のような建物がそびえ立ち、その柱には謎めいた紋様が刻まれていた。


「ここが楽園だというなら…何もかもが完璧すぎる。まるで夢の中の世界みたいだ…」


峰は呟いた。「Lemon」はその言葉に反応し、足を止めた。


「確かに、この場所は現実の世界とは違うかもしれない。だが、君が感じていること、触れているものはすべて本物だ。これは君がこれから歩む道を見つけるための最初の一歩だよ。」


「僕がこれから歩む道…?」


「そうだ、峰くん。君はここで自分自身と向き合い、真実を見つける必要がある。なぜ君がこの場所に来たのか、その理由を知るために。」


峰はその言葉に驚き、再び「Lemon」に質問を投げかけようとしたが、彼はそれを制するように手を上げた。


「だが、その答えを得るためには、まず君自身が自分の過去と向き合わなければならない。自分が何をしたのか、何を失ったのか、そしてこれから何を手に入れるべきなのかを。」


「過去と…向き合う?」


「Lemon」は頷いた。


「そうだ、過去と向き合うんだ。君の人生で最も大切だった瞬間、最も後悔したこと、最も幸せだった瞬間。それらすべてを思い出し、再び考えるんだ。そうすることで、君はこの場所で何をするべきかが見えてくるだろう。」


峰はその言葉を聞きながら、自分の人生を振り返った。子供の頃の思い出、家族や友人との関わり、そして失敗や成功の瞬間。すべてが彼の中で再び浮かび上がってきた。


「でも、僕がここに来た理由なんて…どうして僕なんだ?」


峰は目を伏せ、疑問を口にした。彼には、なぜ自分がこのような場所に来てしまったのか、理解できなかった。それに対し、「Lemon」は少しの間、黙っていたが、やがて口を開いた。


「君が選ばれた理由は、まだ君自身が知るべき時ではないからだ。しかし、その理由を知ることができる瞬間は、必ずやってくる。その時まで、この楽園での旅を続けるんだ。」


峰はその言葉に少しの安堵を感じたが、同時に何かが欠けているような感覚が消えなかった。しかし、それ以上「Lemon」に問い詰めることはせず、ただその後を追った。


二人は楽園の庭園を進んでいった。途中、白い鳩が飛び立ち、遠くの木々へと消えていくのが見えた。風は柔らかく、どこか懐かしい香りを運んできた。彼らが辿り着いた先には、巨大な門が立ちはだかっていた。門は金色に輝き、その中央には複雑な模様が刻まれていた。


「この門の向こうに何があるんだ?」


峰は思わず声を出した。「Lemon」はゆっくりと頷き、答えた。


「この門の向こうには、君が求めている答えがある。しかし、その答えを得るためには、君自身の覚悟が必要だ。どんな真実が待っていようとも、それを受け入れる覚悟が。」


「僕が求めている答え…」


峰はその言葉を反芻しながら、目の前の門を見つめた。この門の向こうには、彼が知るべき真実がある。しかし、その真実が何であれ、彼はそれを受け入れる準備ができているだろうか?自分がこの世界に来た理由を知ることが、どれほどの意味を持つのか。彼はまだ分かっていなかった。


「Lemon」は手を伸ばし、門を開ける準備をした。峰は深呼吸をし、心を落ち着けようとした。しかし、その瞬間、彼の心の中には一抹の不安が広がった。門の向こうには、一体何が待ち受けているのだろうか?


「準備はいいかい?」


「Lemon」の声が静かに響いた。峰は力強く頷き、その声に応えた。


「うん、行こう。」


門がゆっくりと開かれた。その瞬間、強烈な光が峰の目に飛び込んできた。彼は思わず目を閉じたが、その光の中から現れたのは、これまでの人生で見たこともないような光景だった。


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軌跡‐星屑の楽園に魂を託して‐ 白雪れもん @tokiwa7799yanwenri

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