スイカ病
春藤あずさ
第1話
水化病、というものがある。突然、体全体が水になるという病気だ。小さい頃は、スイカ……外は緑で中は赤の、西瓜になるんだと思っていた。
原因は不明だけど、私にはわかる。水の中の生き物を、生きたまま飲み込んだせいだ。小さい頃、水化病のことを西瓜病だと思っていた頃に、海水浴に行った時、変な魚を3匹も飲み込んだような記憶がある。喉に引っかかって、大変だった。
私は、高校2年生の時に、水化病になった。
骨も内臓も無くなり、体は全部水になった。私の顔も体の形もそのまま、水風船になったような感じだ。皮膚は透き通り、体内が見えているが、中は全部水なので、気にすることでもない。皮膚で光が屈折するので、表情などは見える。自分がプリズムになったようなものなので、光の当たり方によって影の色が変わるのは、綺麗だと思っている。
私の体の中には、山羊の長い角のようにグルンとした頭に、ムカデのように長く、足がいっぱいある体の生き物が、3匹いる。大きさは肘から手先ぐらいまでで、結構大きい。病院の先生は、アノマロカリスみたいだね、と言っていた。
謎の魚たちはいつもは、服の中に隠れている。意思疎通ができるのだ。
私の予想だけど、他の水化病の人は、シラウオの踊り食いをしたんじゃないかな。シラウオって、生きていると透明らしいし、水の中にいてもわかんないと思う。
そんなある日のこと。水化病になったからといって、今は治療法もないから、普通に今まで通っていた高校に通っていた。
「水になっても変わらない!君が好きだ!!」
去年から同じクラスの、男の子だ。
1年生のおわりに、ラブレターを貰った。
本当におわりの、終業式の時だったから、返事は4月でいいか、と思っていた。
4月になり、その子が好きかというと、別に好きなわけでもないし興味もないので、返事を保留にした。
そうこうしているうちに、水化病になってしまった。
体内は全部水になり、食べ物を食べることもできない。皮膚が透けているので、何か食べると見た目が酷いことになるのだ。
幸い、水化病になったら、水分を取りさえすれば死ぬことはないので、ただご飯を食べる楽しみがなくなったなぁと思っていた。
告白のことなんて、完全に忘れていた。それどころではなかった。
「え……そうなの……?」
「もちろんだ!君が好きな気持ちに、一切変わりはない!」
正直、ここまで言われても、あまり心は動かなかった。
だって、私はもう水なのだし。謎の生き物を、3匹も体内に飼っている。
あ、そうだ。
「これでも……?」
私はそう言うと、いつも服の中に隠している魚に、顔の位置まで動くよう伝えた。
謎の魚は忠実に動き、私の頭の髪が生えていた辺りに、1匹がとぐろを巻き、1匹は顔の前面に向かって、威嚇するように山羊の長い角のような頭を向けた。最後の1匹は、首を螺旋状に彩っている。
「ひ、ひぇえっ!な、なんだそれ!!」
「私の中にいる、なんかよくわかんない魚。」
「なんで……どうして……?!」
「わかんない。」
名前を覚えてもいない男の子は、怯えたようにそう叫び、逃げ出そうとしている。
わざわざあまり興味もない人間に、理由を説明してやるのもめんどくさい。
私は逃げる男の子を、諦めの気持ちで見送った。
「まあ、当然よね。」
小さくそう呟くと、魚たちにもういいよ、と伝えて、いつもいる服の中に戻した。
魚たちは、何故かちょっと嬉しそうだ。
どうして?とも思うが、正直自分の体内にいるとはいえ、魚たちにもあまり興味はない。
私は踵を返し、荷物を持って家に帰った。
『あんなやつ、この子に触れさせるのも惜しい』
『この子はもう我々の物だ。誰にも渡さない』
『いつでも頼ってくれていいのにな』
魚たちは、3匹で囁きあうと、コポコポと笑った。
スイカ病 春藤あずさ @Syundou-Azusa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます