第3話 怠惰の魔王
遺跡の入り口から少し離れた場所に立ち尽くすアレン。その背後では、先ほどまで存在していた遺跡が無残に崩れ去り、地面に瓦礫の山を築いていた。森は不気味な静寂に包まれ、先ほどまでの騒音が嘘のようだった。
「……で、どういうことだよ。」
アレンは崩れた遺跡を見つめながら、目の前にいる黒い猫――いや、ベルフェーゴールを睨んだ。
「どーいうことって、そのまんまだって。アンタ、怠惰の魔王の継承者になっちゃったんだからさ~。」
ベルフェーゴールは平然とした顔で、緑色の瞳を輝かせながら語る。
「怠惰の魔王?継承者?冗談はやめてくれよ。」
アレンは額に手を当て、ため息をついた。
「冗談だったらどんだけ楽しいかね~。でも、あたしがここにいるってことは、そういうことなの。」
ベルフェーゴールは前足で胸元を叩きながら自信満々に言った。
アレンはベルフェーゴールに詰め寄った。
「……じゃあ、分かりやすく説明しろよ。一体なんなんだ?俺が怠惰の魔王の継承者って、具体的にどういう意味だ?」
ベルフェーゴールはため息をつき、草むらに座り込んだ。
「あー、もう、説明とかマジだるいんだけどさ。まあ、しゃーないか。いい?聞きなって。」
ベルフェーゴールの声が少し真剣なものに変わる。
「魔王ってのはね、世界を支配してた超ヤバいやつらのこと。あたしもその一人だったわけ。でも人間――いや、勇者とかいう連中にやられてさ、あたしたちは力を魔石に封じたんだよね。それが、その緑色の石。」
アレンはベルフェーゴールの話を半信半疑で聞きながらも、胸元を触った。先ほど魔石が吸い込まれた感覚がまだ残っている。
「んで、アンタはその石を拾っちゃったってわけ。つまり、アンタはあたしの力――未来視の力を受け継ぐ継承者になっちゃったってこと。」
「未来視?」
アレンは眉をひそめた。
「そう。未来をちょろっと覗けるってわけ。便利だけど、使いすぎると疲れるからほどほどにね~。」
ベルフェーゴールは軽い口調で説明を終えた。
アレンはしばらく黙り込んだ。自分の身に起きたことの重大さを飲み込むには時間が必要だった。
「……俺にそんな力があったら、何をすればいいんだ?」
アレンはぽつりと呟いた。
ベルフェーゴールは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑った。
「いいじゃん。その真面目なとこ、嫌いじゃないよ~。でも、何をするかなんてアンタが決めることだっての。」
アレンは口を閉じ、考え込む。だが、その時――。
突然、アレンの視界が歪んだ。胸元の魔石が淡い緑色に輝き始め、彼の脳内に強烈なイメージが流れ込む。
「な、なんだ……これ……!」
アレンは頭を押さえ、地面に崩れ落ちた。
未来――。それは、彼の故郷エルデンヴェイルの光景だった。美しい田舎町が炎に包まれ、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っている。燃え盛る家々、崩れ落ちる建物、そして――倒れ伏す父親ハロルドの姿。
「父さん……!」
アレンは震える声で呟いた。
映像は一瞬で消え去り、視界は元に戻った。だが、アレンの呼吸は乱れ、全身が汗で濡れていた。
ベルフェーゴールの言葉
「……見えちゃったんだ、未来が。」
ベルフェーゴールが静かに語りかける。
「なんなんだよ、今のは……。俺の故郷が……燃えて……父さんが……!」
アレンの声は怒りと悲しみで震えていた。
「それが未来視の力だよ、アンタの新しい能力。未来を知るのは便利だけど、辛いことも多い。ま、これは序章ってやつね。」
ベルフェーゴールは少しだけ真剣な表情を見せた。
「未来が決まってるなら、俺に何ができるっていうんだ……?」
アレンは拳を握りしめ、歯を食いしばる。
「未来は決まってないっての。見えたのは“起こる可能性”が高い未来。アンタが動けば、それを変えることだってできるかもしれないんだよ。」
ベルフェーゴールは少し笑いながらも、その瞳には真摯な光が宿っていた。
「……変える?」
アレンは立ち上がり、ベルフェーゴールを見つめた。
決意
「そうだよ。あたしの力をちゃんと使いこなせば、未来をどうにかできるかもしれない。だから、アンタが頑張りなって。」
ベルフェーゴールは軽い調子で言ったが、その言葉には確かな重みがあった。
アレンは深く息を吸い込んだ。そして、燃える故郷のイメージを思い出し、静かに拳を握りしめた。
「……分かったよ。もし俺に未来を変えられる力があるなら、使ってみせる。故郷を……父さんを救うために。」
その決意を胸に、アレンは崩れた遺跡を背に立ち上がった。
新たな運命の歯車が、今ゆっくりと動き始めた――。
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