第2話 緑の魔石

第一話 「緑に輝く魔石」


主人公であるアストリア・レン・エインズワースは、小さな町の一角にある古びた家に住んでいた。彼は極度の面倒くさがりで、どんな頼まれ事も煩わしそうな顔で引き受ける青年だ。仕事や勉強に関心があるわけでもなく、どちらかといえば日がな一日寝転がっていることを好んでいた。


ある朝、アストリアがベッドでうとうとしていると、父親のリカルドが部屋に入ってきた。


「アストリア、起きろ。頼みたいことがあるんだ。」


アストリアは寝ぼけた目でリカルドを見上げ、不機嫌そうに眉をしかめる。


「えぇー、何? 俺、今いい感じに夢見てたのにさ。」


リカルドはため息をつき、彼に小さな布袋を差し出した。布袋にはいくつかの供物が入っている。


「今日は村の年に一度の慰霊の日だ。お前も知っているだろう、あの遺跡の慰霊碑に供物を捧げに行くんだ。」


「えー、俺が? 他に誰かいないの?」


アストリアは布袋を押し返そうとしたが、リカルドの顔を見ると、渋々受け取るしかなかった。慰霊の日は村にとって重要な行事であり、古くから続く伝統だった。だが、アストリアにとっては全く興味のないことだった。


「やれやれ、俺に頼むなんて、父さんも人が悪いなぁ……」


アストリアは不満げに呟きながら、家を出る。朝の冷たい風が彼の顔を吹き抜けるが、彼は怠そうにため息をつきながら足を進めた。村の外れにある古びた遺跡へ向かうのは、彼にとってただただ面倒でしかなかった。


遺跡は村の北側の丘を登った先にあり、普段は人も寄りつかない静かな場所だ。かつてここが何であったのかは誰も知らない。ただ、古の時代に建てられた慰霊碑があることから、何かの重要な場であったらしい。だが今では、廃墟となり、年に一度の慰霊の日以外はひっそりと眠っている。


アストリアはのんびりと歩きながら、ようやく遺跡にたどり着いた。彼がぼんやりと周りを見渡していると、古びた慰霊碑がひときわ目立って立っているのが見えた。


「ったく……こんなものに供物なんて、何の意味があるんだか。」


アストリアはぼやきながらも、慰霊碑の前に布袋を置き、供物を並べた。適当に並べ終わると、肩をすくめてその場を去ろうとした。


だが、次の瞬間――不思議な光が慰霊碑から漂い始めたのだ。


「えっ……?」


驚きのあまり思わず立ち止まり、アストリアは光が放たれる慰霊碑を見つめた。慰霊碑の表面がゆっくりと緑色に輝き、淡い光がその場に広がっていく。そして、慰霊碑の中央部分が静かに割れ、中から何かが浮き上がってくるのが見えた。


緑色の光に包まれたそれは――宝石のように輝く不思議な石だった。


「なんだ、これ……」


アストリアは吸い寄せられるように手を伸ばし、その緑に輝く石を掴み取った。石は不思議と暖かく、手に馴染む感触があった。何も考えずにそれを持った瞬間、彼の頭の中に強烈な感覚が走った。


未来が見える――


突如として脳裏に映像が浮かび、彼の意識は遠い未来へと引き寄せられるような錯覚に陥った。ほんの一瞬だったが、彼は確かに何かが見えた。未来の光景が断片的に流れ込み、自分でも信じられないほどの鮮明さで脳裏に焼き付いた。


「なんだ、今の……?」


アストリアは困惑した顔で緑の石を見つめた。だが、彼が考えを巡らせる間もなく、ふと耳元で女の声が響いた。


「やっほー! あんた、いきなり変なもん掴んじゃったっしょ?」


アストリアは驚いて周りを見渡したが、誰もいない。だが、明らかにその声は続いている。


「そっ、そこの怠け者のことだよ、あたしが見えない? まじウケるー! これだから凡人は困るわ~。」


その軽薄で馴れ馴れしい口調は、どこか親しげでありながらも、挑発的な響きを帯びていた。アストリアが驚きと困惑を抱えたまま、手元の緑の石に目を戻すと、石の光がさらに強くなり、その中から半透明な女性の姿が浮かび上がった。


「え、えぇ? まさか…お前がこの石から出てきたのか?」


「そ! あたし、ベルフェーゴール。まあ、ベルって呼んでくれていいよ。魔王っつーか、今はあんたの使い魔ってわけ。よろしくね、アスくん?」


その派手な金髪に、鋭い目つき。ギャル風の軽い口調で話すその幽霊のような存在は、アストリアに向かってにっこりと笑みを浮かべた。


「いやいやいや……待てよ。俺、何も頼んでないし。」


アストリアは混乱しつつも、やや呆れたように問いかけた。だが、ベルは笑いをこらえきれないといった様子で、アストリアを見つめていた。


「まー、そう言うなって。これも運命ってやつじゃん? ってか、あんたがこの魔石持っちゃった以上、もうあたしと縁が切れないんだしさー。」


「運命って……面倒くさいことが増えるだけじゃねーか。」


そうぼやくアストリアに、ベルは嬉しそうに笑いながら、彼の未来について語り始めた。


「アスくん、実はあんた、すっごい力を手に入れちゃったんだよね。未来が見えちゃうってわけ! 今までの怠け者生活とは違う、刺激的な人生が待ってるっしょ?」


「未来が……見える?」と、アストリアは呆然と呟く。彼は未だ現実味を感じられないまま、ベルの言葉を反芻した。


だが、ベルは楽しそうに笑って続ける。


「そう、未来視ってやつ。あんたにはこれから、いろいろな運命が待ってるってわけ。ま、詳しいことはそのうち教えてあげるし、まずはあたしと一緒に世界を巡る旅でもしよっか?」


ベルの無邪気な言葉と笑顔は、面倒くさがりのアストリアにとっては心底気が重い話だった。だが、彼がこの緑の魔石を手にした瞬間から、彼の平穏な日常が永遠に変わる運命にあることを、彼はまだ知らなかった。

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Seven Sins Reborn 虎野離人 @KONO_rihito

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