たぶんもう、お伽話の中にいる

(辺りがすっかり暗くなった頃。

 ピンポーン――インターホンが鳴った。玄関のドアを開けるとルリが暗い表情で立っている)

 

 ……部屋、入れてください。……いいから、入れて。


(部屋に上がると、ルリはソファに膝を抱いて座った)


 ……親と喧嘩して、家出してきました。……うん。進路のこと。


 実は今まで親に人形師目指したいって言ってなかったんです。


 それとなく伝えた時はあったけど、はっきりと口にはしてなかった。そういう時は大体、親も察して有名な大学に行く前提で話が進められちゃって……私も怖くなって大人しく頷くことしかできなくて……。


 ……ううん。明確にこれになりなさいって言われたことはないですけど、たぶん医者とか安定した仕事に就いて欲しいんだと思う。


 でも私はやっぱり人形作ったり、直したりする仕事に就きたいから、だから今日、ちょっと勇気出して……大学行かずに人形師に弟子入りしたいって言ったんです。


 ……やっぱり理解してもらえなくて……父も母も猛反対で……それで私もカッとなってそのまま部屋でちゃった。……でも家出なんか初めてだし、どこ行けばいいのか分かんなくて……お兄さんの部屋来ちゃった。ごめんなさい……。


 はあ、なんでこうなんだろ……。


 ……えー、やだよぉ……なんて言ったらいいか分かんない……。


 ……うん……ん……分かった。とりあえず親に『友達の家いる』ってだけメッセージで伝えとく。


(スマホを取り出してメッセージを送るルリ)


 ……今日は泊まります。親の顔見たくないし。


 ……ソファで寝ます。ブランケットあったら貸してほしい。


 ……いや、流石にお兄さんをソファに寝かせてベッドに使うのは……。


 じゃあ……一緒に、寝る? ……うん。ベッドで。


 大丈夫ですって。お互い隅っこに寄って寝れば……その……なんともないし、さ。


 じゃあ……決まり。


 ◆


(ベッドに入る。ルリは左隣に。お互い少し離れて仰向け)


 お兄さん、ちゃんと布団かぶってる? 一枚しか掛け布団ないからはみ出さないでくださいね。また風邪ひいちゃうかもしれないし。


 ……私は大丈夫、あったかいよ。


 布団、お兄さんの匂いする。……ふへへっ。ごめん。変な匂いじゃないよ。好き、かも。


 ていうか……好き。


 …………。


 に、匂いの話ねっ……匂いの……。


 …………。


 ちょっと寄っていいですか? 寝相悪いからベッドから落ちちゃうかも。


(ルリが近寄って、手を引いてくる)


 ……お兄さんも落ちちゃうかもしれないから、もっとこっち寄って。


(横からギュッと抱きしめられる)


 ……いつも寝る時、お気に入りのぬいぐるみ抱いてるからこうしないと落ち着かない。……嫌だったら離れます。……そっか。じゃあこのまま。


 お兄さんあったかい……日向みたい。ずっとポカポカする……はあ……。


 こっち、向いて。もっとギュってしないと寝れない……。


(左肩を下にしてルリの方を向く)


 んふ……でっかい抱き枕……。


(胸元に顔を埋めてくる)


 お兄さんの心臓の音、よく聞こえるよ。


 トクン……トクン……って。ずっと聞いてたい……。また、私が辛くなったら聞かせて。


 ……毎日は流石にないよ。たぶん……。


 …………。


 よいしょ……。


(ルリが上にズレて、顔を抱きしめてくる。トクン、トクン――と心臓の音が聞こえる)


 ……『何してるの』って……私の聞かせてる。ちょっと恥ずかしいけど……また不公平とか言われそうだし。


 落ち着くでしょ。心音。お兄さんのとちょっと違うかな?


 たくさん聞いて、覚えてね。


 …………。


 ……安定しないとか、学歴社会がどうとか……分かんないよ……なんで分かってくれないのかな……。


 ……無謀な夢追いかけてても、お兄さんが養ってくれたら私の生活安定して両親も納得してれるかも。……冗談だよ。いきなりそんなこと言い出したらきっと、もっと怒る。


 …………。


 ねえ、お兄さん。人形になってくれない? それで一緒に工房で暮らそうよ。毎日手入れするから、私の人形作り手伝って。それでずっと二人で工房にいよう。お兄さんのお友達もたくさん作るよ。


 ネコと犬とウサギと……ハムスター、ネズミ、キツネ、ワニ、いっぱいのお魚さん達。ペンギンももちろん作る。


 動物以外も欲しいなら作ってあげる。妖精さんとか人魚とかお姫様とか。これだけたくさん友達いたらお兄さんも寂しくないでしょ?


 それかさ、私が人形になろうか。手入れしなくていいから、寝る時はギュッてして。それだけでいいから二人でお伽話みたいに暮らそうよ。


 キモい、かなこんなの。でも、本気でそうなったらいいなって思ってるんだよ。


 ……うん……うん……えへへ。


 ……ありがと。


 ……別にさ、ホントにお母さんたちが言ってることが分からないっていうわけじゃないんだよ。私の将来、心配してくれてるから進学勧めてるわけで……。


 でも……諦めたくない。お兄さんに人形作り教えて気づいた。私ってこんなに人形好きで、本気で人形師になりたいんだなって。


 今までずっと「趣味でいい。どうせなれない。食ってけない」って自分に言い聞かせてたけど、今は何もかも捨ててでも手を伸ばしたいって思ってるの。


 ……明日、もう一回話してみる。


 説得できるか分かんないし、逆にさせられちゃうかもしれないけど。


 ……うん。


 ……ふあぁ……眠くなってきちゃった。


 ……起きたら一緒に朝ごはん食べよう。


 おやすみ。


 …………好きだよ。匂いもね。


 …………。


 …………。


 …………。


(少しして寝息が聞こえてくる)


 ……すぅ……すぅ……ん……。

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ずぶ濡れの女の子が廊下に立っていた @sea-78

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