ホントはわざわざ買ったんだよ、リンゴ
(ピンポーン――インターホンの音。体を起こしてドアを開ける)
あ……こんばんは。
ええっと……親戚から貰ったリンゴです。量多かったのでお裾分けついでに、あらためてお礼言っておきたくて。この前はありがとうございました。おかげで体調は崩してないです。
……はい。それじゃあ、今日はこれで。
…………。
……あの、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ。
……風邪?
もしかして休んでる時に起こしました? すいませんっ、無理させて……。
……えーっと……お兄さん、晩御飯は食べました?
◆
(ガチャ――女の子が膳を持って寝室に入ってくる)
……あんまり料理とか得意じゃなくて、簡単なものしか作れなかったんですけど……起きられますか?
(上体だけ起こす)
食欲はあるんですね。ならよかった。
おかゆ作ったので……どうぞ。たぶん不味くはないと思います。
……もしかして食べさせた方がいい、とかありますか?
……冗談ですよ。そんなに拒否しなくても……。
(おかゆをひと口)
どう、ですか?
……よかった。ちょっと薄味過ぎたかなって気になってて。美味しいって言ってもらえて安心しました。食べられる分でいいので胃に入れてください。
……にしてもお兄さんが風邪ひくなんて。あれだけ私に風邪ひかないよう気遣ってたのに……人の心配する前に自分のことから、ですよ。
熱は測りました?
……お昼に8度5分。なかなかの高熱ですね。
(女の子に額を触られる)
……熱い。まだあんまり下がってないかも。ご飯食べたらもう一回測ってみましょう。
……え?
いえ、まだ帰りませんけど……。
お茶碗片付けないといけないし、それにその様子だとお風呂も入ってませんよね? 今日はシャワー浴びるの大変だと思うので私が体を拭きます。部屋の物、色々触っちゃうかもしれないですけど……いいですか?
……私があの時部屋に上がったからお兄さん、お風呂入れなくて風邪ひいたんでしょう? なら私にも責任ありますから、今夜は看病します。
……風邪移ったら移ったでいいじゃないですか。なんなら移してくれませんか? 学校休めるし。
……ふふふっ、やっぱり社会人もそういうのあるんですね。仕事休めてちょっとラッキーみたいな。それなら私たちで風邪のキャッチボールしあって交互に体調崩しますか。週の大半休めるかも、なんて。
とにかく大人しく看病されてくださいよ。……はい。聞き分けが良くてよろしい。
ああ、持ってきたリンゴ切っていいですか? タッパーに入れておくので好きな時に食べてもらえれば……あ、今食べます?
分かりました。取ってきますね。
(寝室を出る女の子。少しすると、お皿にリンゴとナイフを乗せて持ってきた)
持ってきました。すぐに切りますから待っててくださいね。
ん……こうだったかな。
(リンゴの皮を剥き始める)
……器用? これくらいは誰でもできません?
……確かに。リンゴってザ・王道って感じのフルーツですけど意外と剥く機会なんてないですよね。私も最後に食べたのいつか分からないし。
普段からナイフとか使い慣れてるからかな……そんなに意識しなくても思ったように切れる。
……ああ、その……使い慣れてるっていうのは趣味で使うことが多くて。
……笑いませんか? 私の趣味聞いても。
…………。
……人形作りです。
そう。人形。
……うん。ぬいぐるみも作るし、木彫りのとか、球体関節人形とか、フェルト人形とかも、作る……。
そ、そうですか? ちょっと子供っぽくないですか?
……そんなに褒められるとむず痒いですね。
……ぬいぐるみ直すのとかは小学生時からやってました。一から作り始めたのは中一の夏休みとかだったと思います。
今もですけど友達とかあんまりいなくて、外に遊びに行くこともなかったから、長期休暇ってずっと暇だったんですよ。それでなんとなく暇つぶしになるかなーって始めたら案外楽しかったんですよね。
すぐ飽きるかもって思ってたんですけど、なんだかんだずっと作ってて……私の部屋、人形だらけになってます。道具も散乱してるし、足の踏み場も……って感じ。
……そういうのもたまに行きますよ。市の美術館とかで時々展示会やってたりするし。
あと、ここからだとちょっと遠いけど、県内に有名な工房があって、そこに職人さんたちがいるんです。その工房、人形作りの見学とか体験とかもさせてもらえるいい場所なんですよね。至る所に人形飾られてあるし、お伽話の世界みたいで……あ、おかゆ食べ終わりました?
こっちに茶碗置いといてください。あとで片付けておきますから。
はい。リンゴも切り終わりました。
……あーん。
……いいから。口開けてください。
(シャク、シャク……)
……美味しいですか? もうひとつ、どうぞ。
あーん。
(シャク、シャク……)
水も飲んでください。はい。
(水を渡される)
お腹いっぱいなりました? なら体拭きましょうか。タオル、準備してきますね。
(女の子が部屋を出る。戻ってくると水の入った洗面器とタオルを抱えていた)
……んしょ。
(水を含んだタオルをしっかり絞る)
上、脱いで。背中こっちに向けてください。……恥ずかしがらないでくださいよ。こっちも反応に困るじゃないですか……。ただ体を拭くだけです。
(上着を脱いで背中を向けると、女の子が拭き始めた)
ん……いえ、男の人の体だなあ、と。
べ、別に変な意味じゃないので……。
……あの。すごく今更で言い辛かったんですけど……私、お兄さんの名前知らない……。表札で苗字は知ってますけど……教えてほしい、です。
…………。
……覚えました。まあ、お兄さんって呼ぶ方が慣れてるので名前では呼ばないと思います。……なんか恥ずかしいし。
……私はルリです。
……はい。じゃあ今度はこっち、向いて。
(女の子に正面を向ける)
それじゃあ、こっちも拭きますね。
……ん。
……あ、あんまり顔見られると、困るというか……。
そうですけど……天井でも見ててください。
(体を拭き終えて、上着を着直す)
これでオッケーですね。あとは熱も測りましょうか。これ、脇に挟んで。
(ピピッ――)
8度3分……まだ高いですね。もう寝ましょう。ほら、しっかり布団かぶってあったかくして。
……寝付くまでもう少し話しますか? 今すぐ寝ろって言われても難しいですもんね。
じゃあ電気だけ消します。
(パチン――電気が消える。ベッドの側からルリが胸の辺りを軽くトントンと指先で叩く)
こうやってトントンってやられてると眠くなってくるらしいですよ。子供の頃、お母さんとかにやられませんでした?
私もよくやられました。大体、私が寝付く前にお母さんが寝てたけど……。
……ん? ああ、さっきの話……。
いや、別に……夢なんて……ただの趣味ですし……。
…………。
……ホントのこと言うと、ちょっと、ちょっとだけ……人形師とか、なってみたいなあ……とか思ったり……してて。
職人さんとか見てたらカッコいいし、人形作り以外でハマれるものないし……自分の才能とかよく分かんないけどチャレンジしてみたいって気持ちは、ある。
でも親には反対されてるし……そりゃそうですよね。今どき人形師って、なんだそれって話ですよね。私も思いますもん。それで食っていけるのかって。
なんならアイドルとかアーティストの方がよっぽど安定してそうだし、今から目指しても可能性ありそう。
……確かに可愛いもんねって……そ、そういう話じゃないっ。
と、とにかく。漠然としたものだし別にいいんです。こういうのは趣味でやってるくらいが一番楽しいですから。
…………。
……『応援してる』って……。
……ありがと。
……もう、寝てください。トントンしておくので。
(トン、トン――)
ねんねんころりよ……おころりよ……。
トン……トン……トン……ゆっくり、沈むみたいに……。
ねんね……ねんね……。
いい子……いい子……。
起きた時には元気になってます。大丈夫。
トン……トン……トン……。
何も考えずに……私の指だけ感じてください……。
いい子……いい子……。
…………。
……おやすみなさい。
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