ずぶ濡れの女の子が廊下に立っていた

@sea-78

タオルの匂いをやけに覚えてる

(土砂降りの雨が降っている。雨に濡れながらマンションに着くと廊下にびしょ濡れの女の子が立っていた)


 ああもう、なんで急に……あ。

 

 ……どうも。お隣さん、ですよね。


 ……はい。学校から帰ってきたところで……いきなりの土砂降りでしたね。私も傘持ってなくて濡れちゃいました。お兄さんも仕事帰りですか? ……お疲れ様です。


 ……えーっと……はい。鍵、中に忘れて。うちの親、仕事でどっちも帰ってくるの遅いんです。もうしばらく待つかも。


 え? いや、でも……。


 ……それ、自分で言うと余計に邪な意図があるように見えますよ。


 ……ありがたいですけど、部屋に上がるのはやめておきます。濡れた格好で上がるの申し訳ないですし。


 ……タオル、ですか? ……そう、ですね。じゃあタオルだけ貸してくれますか? すいません。


(部屋からタオルを持ってきて彼女に渡す)


 ありがとうございます。……ん。

 

(女の子はタオルで髪と体を軽く拭いた)


 ……くちゅんっ。す、すいません。体冷えてたみたいで。


 ……ココアかミルクティー? いや、ホント、気遣わなくて大丈夫ですから。


 ……そこまで言うなら……ミルクティーで。はい。お願いします。


 ……サーキュレーター? いやいやいや、持ってこなくて大丈夫ですって! そんな延長コード伸ばしてまで……ああもう! 分かりましたよ! 入ります! 部屋に上がるので廊下になんでもかんでも持ってきて、体あっためようとするのやめてください!


 ◆


(テーブルにミルクティーを置くと、ソファに座った女の子が軽く頭を下げた)


 ありがとう、ございます……。


(ゆっくりとミルクティーをひと口)


 ふう……美味しい。


 お兄さん、一人暮らしですか? ……いえ、なんというか、彼女さんとかいたら悪いかな……みたいな。


 す、すいません。そんなに悲しい目をするとは思ってなかったです。……でも、いいですね。一人の方が気楽でやりたいことやれるじゃないですか。……そうですよ。羨ましいです。


 ……あの、気になってたんですけど……なんで床に座ってるんですか?


 ……タオルも借りて、ミルクティーもご馳走になってるのに上から見下ろすのは落ち着かないです。ソファ、隣空いてますから座ってください。……ほら。


(女の子の左隣に座る)


 …………。


 …………。


 ……お兄さん、仕事何してるんですか? ……は、はい、なんか気まずいので話しましょう。


 ……へえ。それって楽しいんですか?


 ……なんでその仕事就こうと思ったんですか?


 ……ふーん。意外と社会人ってそんな感じなのかな? なんとなく、とか。流れで、みたいな。


 ……そう、ですよね。明確にやりたいこと決まってる人ってあんまいないですよね……。


 ……私? 私は……。


 私も、あんまり進路とか決めてない……です。周りの子とかはどこの大学行くとか、県外行くとか、親の仕事継ぐとか、早めに決めてる子もいて……置いてけぼりになってます。


 両親は大学行ってほしいってずっと言ってるんですけど。というか、ほぼそれで決まってるみたいな感じ……。


 ……どう、なんですかね。まあ、親が言うならその通りにしとこうかなって。


(ミルクティーすする)


 ……はあ。

 

 ……雨、全然止まないですね。むしろ強くなってる。道、結構混んでるかも……その、お兄さんくつろぎ辛かったらいつでも言ってください。すぐ出て行きますから。親、いつ帰ってくるか分からないし。


 ああ、私は大丈夫です。なんかこの部屋落ち着くので。男の人の部屋って意外と綺麗なんですね。もっと散らかってたりするのかと思ってました。


 私の部屋、結構散らかってるから……。


 ……意外ですか? 案外、そういうものですよ。私の友達もみんな部屋汚いし、この前なんか遊びに行ったら友達の母親がずっと怒ってました。『部屋片付けなさいっ!』って。そんな場面目の当たりにして、どんな顔したらいいのか分からなかったです。


(ザー……ザー……)


 ……雨音、聞いてると眠くなってきますね。


 お兄さんも眠い? ……ちゃんとお風呂入ってから寝ないと風邪ひきますよ。私が帰ったらすぐ入ってください。


 時々『私、雨好きなんですよー』とか言ってる人いますけど、共感できなかったんですよね。


 湿気気持ち悪いし、傘持つのだるいし、天気が暗いと気持ちも暗くなるし。


 音が心地よくて好きっていうのもよく分からなかったんですけど……この部屋の雨音、結構好きかも。


 ……変わりますよ。うちじゃこんな音しません。もっと煩わしい音です。学級崩壊みたいな。


 ……ふあぁ。


 す、すいません。あくびが……。


(ピコンッ)


 ん。私のスマホです。


 あ、母が帰ってきたみたいですね。『まだ学校?』って。


(ミルクティーを飲み干す)


 ん……ご馳走様でした。美味しかったです。タオルも助かりました。


(立ち上がってスクールバッグを肩に掛ける)


 ……はい。お兄さんも、風邪ひかないよう気をつけてください。


 それじゃあ、失礼します。

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