世紀末覇者トドオカさん

しゅんさ

善良なる者は強者によってただ貪られるしかないのか

 20XX年、人類を裁いたものは神ではなかった。それは人類自身の作り出したもので、核の炎であった。大国間の紛争によって放たれた兵器の雨は大国を滅ぼすには飽き足らず、わずかでも大国に関わっていた国に等しく降り注いだ。そのため地球の全土が炎に包まれたのであった。そして次に異常気象がやってきて地表の生物の尽くを根絶やしにするように殺しまわった。水は枯れ、大地はひび割れ、そこは生きることを拒絶される死の世界と化してしまったのだ。だがトドオカさんは死滅していなかった。


 地平線の果てまで続く砂漠を、トドオカさんがバイクで走っている。黒のライダースーツを着ているが両袖は破れ落ちており、みっちりと筋肉の詰まった両腕が肌をあらわにしている。胸襟は開かれておりやはり分厚い胸板が降り注ぐ太陽の光を跳ね返している。バイクは大型の旅仕様であり、荷物を大量に積んでいる。もしも警察が活動していれば、それは見過ごすことの出来ない過積載であっただろう。だがもはやこの世界に警察機構は生きていない。己の力のみで自らを救済することが求められる力の論理が幅を利かせる世界であった。いい世界になったものだ。とトドオカさんは笑う。生まれつきの強者にとっては恐れるものなど何一つとしてなかった。


 ふと、トドオカさんの耳が音に気が付いた。それは遠くから響いてきた銃声であった。トドオカさんはエンジンを止めて意識を耳に集中する。するとやはり、はっきりを聞こえてきた。右斜め前方、地平線に上る砂煙が見える。銃声。車の音だ。方角を確認したトドオカさんはバイクのエンジンを再び掛ける。左手にあった小高い丘に登り、状況を手持ちの双眼鏡で確認した。こちらに走ってくる車が一台、セダンタイプだった。その後ろを3台の車、こちらはバギー車であったが追いかけている。バギーがセダンを追いかけて、銃を撃っているらしい。ひさしぶりの揉め事だ!トドオカさんの胸には歓喜が沸き上がる。人と出会うのも一週間振りのことであった。


 トドオカさんはアクセルを全開に入れると、追跡劇を演じている集団に割り込んだ。「こういうとき悪者は追う側だと決まっとんのや」そう言ってトドオカさんは追われる車に加勢することを勝手に決めた。バギーに並走すると1台の運転手に向けて鉄パイプ≪先端は鋭利に研ぎあげられている≫の槍を投げ込んだ。槍はフロントガラスを突き破り暴漢の男の胸を貫いた。制御する者を失った車は、横滑りしてつんのめり、4回横転してからひっくり返って止まった。「まず1台や」


 突然現れた敵の存在に気が付いたバギーに乗った男たちは、トドオカさんに向けて銃を向ける。先ほどまでのいつでも殺すことの出来る獲物を追いかけるときの遊興の銃弾ではない、それは殺すための気迫を纏った銃弾であった。しかし、ただの一発もトドオカさんの体を捉えることはなかった。「素人の撃つなまくらやな。銃はこう使うんや」銃撃を蛇行運転で躱しながら、トドオカさんは愛用の50口径拳銃を構えて撃つ。撃つたびに暴漢たちが窓から落ちて死んでいく。「奴さんが使っとるのは22口径の豆鉄砲。それやとこんな砂漠の不整地を走りながら撃ってもまっすぐ飛ぶもんじゃない。有効射程は精々20m程度や。やけんそこまで近づかな怖さなんかないんや。ほい、これで仕舞じゃ」トドオカさんの放った銃弾は運転手を的確に射殺する。2台の車はお互いにコントロールを失い、1台が2台目の横腹に全速で衝突し、その足を完全に止めた。


 トドオカさんは手早く、転がした1台目に戻ると、まだ虫の息をあげている暴漢を確認し、首の骨を折った。そして2、3台目の止まったところに戻るとやはり同様に生き残りを見つけては締め上げた。「悪人に人権なんかないんや」そのような事後処理をやっていると、逃げていたセダンがトドオカさんのところへやってきた。


「助けていただきありがとうございます。こいつらに襲われて難儀していたところだったのです。捕まれば私と妻はきっと殺されていたでしょう。あなたは命の恩人です」

「せやか、別に気にすることやないで、わいは見かけたから寄ってきただけや。あんたらはこれからどこに向かってたんや」

「あぁ、ありがとうございます。私たちは故郷に帰るところだったのです。この種の実を持って…」

「種もみ…?」

「はい、私たちの土地ではこの異常気象と、その飢饉によってみなが腹を空かせながら暮らしています。しかし私たちは農民ですから、今年植えるための種もみは食べずに大事に残していたのです。しかしそれを山賊たちに奪われてしまい…私どもは村を救うために、交流のある村へと種もみを分けて貰いに来たのです。交渉は難しかったですが、村に残っていたガソリンをかき集め、なんとか譲ってもらった、大切な種もみなのです。これを奪われたら、村民30人からが年を越せなくなってしまったでしょう。あなたは村の恩人でもあるわけです」

「せやか、そんじゃあそれを今から食べさして貰おうか」


「わしは別に慈善事業としてお前らを助けたんとちゃうで?わしはわしの命を賭けて、このクズども」トドオカさんは足元の暴漢の頭を蹴っ飛ばした「それにあんたらの持っとるもん全部奪うつもりでここにすっ飛んできただけや、残念やったなぁ」

「女ぁ!さっさとこの種もみ炊いてわしに旨い料理をこさえんか!」トドオカさんの虎のように響く声に、男女はまったく身が竦んで動けないようであった。

「そ、そんな、ひどい!」

「ひどいも何もあるかい!わしゃ別にお前らを追う気はなかってんで?ほんまにな。でもとぼけてワシのテリトリーに再び入って来たんがお前らや。そんなん食ってくれと言うとんのと同じや!」


 翌朝、十分に飲み食いし、女を弄んで一夜を楽しんだトドオカさんは再びバイクで大地を駆ける。次の獲物は村一つや。近くに山賊の拠点もあるらしい。これで1年くらいは暮らせるんやないか?いやぁ楽しみや。たっぷり貯め込んでおいてくれんかのぅ。

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世紀末覇者トドオカさん しゅんさ @shunzai3

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