極道の世界ではよくある光景を目にし、俺は心底不愉快だった。


弱者をいたぶり、這い出せない蟻地獄に誘い込むようなやり方が、俺は昔から気に入らなかったのだ。


「おい、いい加減にしておけよ。」


古巣だけにあまり関わりたくはなかったが、仕方なかった。

目の前で非道な行為が行われている。

それを見逃すような真似は、男として許せなかったのだ。


「この俺の邪魔をするなんて、この業界のモンじゃ……」


言いかけて、『狂犬』の表情が凍り付いた。


「アンタ……何でここに……」


「拳児とそこの女、表に出せ。」


怯えるほたると、暴行を受け続ける拳児に視線を送り、『狂犬』を睨みつける。


「おい……出してやれ。」


『狂犬』は、俺に言われた通りに部下に指示し、拳児とほたるをビルの外に出した。

そしてビルの中には、『狂犬』とその一味と俺だけが残された。


俺は、拳児や『狂犬』が属する、関東最大の極道組織の、初代若頭だった。

俺の下には、ゆうに10万を超える傘下が集まり、俺は敵対組織からも、そして仲間達からも恐れられた。


金回りもよく、生活には困らない。

まさに悠々自適な生活だった。

そんな俺が、この組織を去った理由、それはひとえに『醜い跡目争い』だった。

拳児が生まれた頃、まだ親父……組長が生きているのにも関わらず、幹部たちは後継者争いに躍起になった。

勢力を拡大させようとか、喧嘩の売り買いとか、肝心なことは全て後回しにして、次の組織の生き易さを幹部たちは追求したのだ。


部下には恵まれなかった。

幹部たちは皆、俺や親父から言わせれば『小物』だった。

喧嘩で戦えない、悪知恵ばかりよく回り、肝心な時に身体を張れない。


そんな腑抜けの集まりに、俺は嫌気がさしたのだった。


そう、『狂犬』もその中の一人だった。


だからいま、狂犬とその仲間たちがこうして俺の足元を這いつくばっている状況は、最初から俺は予想出来ていた。



「おい野良犬……喧嘩が弱くちゃ、極道はやれねぇぜ。」


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