私の生活

牧野三河

現在の私の生活


 私は無職家事手伝いです。


 これは転生物語や異世界転移物語の出だしではありません。

 現在の私の生活を綴ったものです。

 内容から同情を誘う物かと思われるかもしれませんが、ただの愚痴です。


 両親は農業をやっています。

 私はその手伝いをしています。


 私は生来身体が弱く、肉体労働は長く出来ないので、主にゲームプログラマー・スクリプターとして外注として仕事を請けていました。


 しかし、父の頭では仕事=肉体労働のようです。

 収入があっても、私の仕事は仕事ではなく趣味だと言いました。

 毎日あいつは好きな事しかしていない、と大声で陰口を叩いていました。

 声が大きいので部屋の中でも丸聞こえでした。

 母も父の文句の相手で毎日頭を抱えていました。


 そして、何年か前から毎日畑やビニールハウスに駆り出されるようになりました。

 もう10年近くになります。


 現在はきゅうりの収穫期。

 私は朝4時に起き、昼過ぎまで働きます。

 朝はまだ暗いので、腰に懐中電灯をぶら下げて収穫です。


 帰ったら何とか昼食を口に入れ、シャワーを浴びてすぐに寝ます。

 寝ないと身体が持たないからです。

 汚い話ですが、寝ゲロも何度か経験しています。


 夕方に起きますが、起きたばかりはいつも目眩がするので、30分は寝たままです。

 その頃にパソコンの画面を見ると、目眩で気を失いそうになります。

 現在は夜になってから、2、3時間の間、投稿する為の小説を書いています。

 農閑期が待ち遠しいです。


 当然ですが、このような状態で外注の仕事は出来ません。

 私はもう外注の仕事を何年も請けていません。

 私の収入は0です。

 そんな私を見て、父はこう言います。


『自分で生活する分くらいは自分で稼げ』


 私の収入は父の命令で0になりました。

 私も母も頭を抱えています。

 しかし、私の仕事を仕事と認めない父は、農業を手伝えと言います。


 金が入らない仕事は趣味だと言いますが、金は入っていました。

 当然、家にも金を入れていたのですが、趣味だったのでしょうか。

 しかし、父は私の仕事は仕事ではないと何度も怒鳴りました。

 父の頭の中では、私の仕事はただの趣味だったようです。


 私の妹は結婚して外に出ていっています。

 妹は薬局で働いていますが、何故か父はこう言います。


『妹は稼いでいるのに、お前は何故稼がないのだ』


 なぜ私の仕事を認めず、妹の仕事は認めるのでしょう。

 母も私も頭を抱えました。


『仕事もせずに家に金を入れていないではないか』


 外注の仕事をしている間、私は金を入れていましたが、その分はどこへ消えたのでしょう。農業の手伝いの分は0カウントのようです。


 これを書いている今も部屋の外で父が喚いています。

 私も母もストレスで胃がやられないよう、こっそり胃薬を飲んでいます


『あいつのせいでハウス4棟が駄目になった。毎日10万の損失だ。あいつにきゅうりを触らせてはいけない。あいつにはこれから毎日10万払わせるんだ』


 毎日10万など無理な話です。月に300万です。


 今朝はきゅうりの木の余分な葉の剪定をしていたのですが、どうも父の意の通りにやっていなかったようで、非常にお怒りです。


 では、今朝の出来事を振り返ってみましょう。



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 きゅうりの木はビニールハウスに4列生えていて、私が担当したのはそのうち1列の剪定でした。


 この私が担当した1列のミスで、他の3棟も全部駄目になったのでしょうか。

 言われた通りにやりましたが、何かがおかしかったのでしょう。

 私は父に謝って、何が悪かったか尋ねてみました。


『影の作り方を考えて葉を切るのだ』


 これだけ聞くとまともな注意です。

 私は尋ねてみました。


『では、その影はどう作るのでしょう』


『葉の剪定をしていれば自然に分かるようになる。口で説明は出来ない。もっと剪定をするのだ。そうしないと分からない事だ』


 私に剪定を命じたのは父です。

 そして、ミスをしたと怒っています。

 父曰く、ミスの内容はもっと剪定をしないと分からない事のようです。


 私も母も呆れて言葉が出ませんでした。

 口を半開きにする私と母を見て、父は枝の切り口を指差し、


『この葉を切ったら影が出来ない。この木はもう駄目だ。お前のせいだ。他の木も全部お前のせいで駄目になった。全部駄目だ。4棟全部だ』


 はて、と私と母が切り口を見ました。

 随分と古い切り口で、もう茶色になっています。

 先程切ったようには見えません。

 私は首をかしげました。


『随分と古い切り口です。それは私が切った葉ではないようですが』


 父が無言で切り口を見ました。

 ここは父が以前に剪定していた場所でした。

 父は顔を真っ赤にして怒り出しました。


『そうではなくして、このように切ってはいけないのだ』


 母が決定的な一言を言ってしまいました。


『では、その木が駄目になってしまったのはあなたのせいですか?』


 父は隣の畑の人が驚いて中を覗き込む程の大きな声で、


『違う。こいつのせいだ』


 そう言って、私を指差しました。


『こいつが切ったせいでハウスが4棟駄目になったのだ。毎日10万だぞ。毎日10万の損失が出るんだ。こいつのせいだ。こいつが悪い。お前は毎日10万を払え』


 実際は毎日10万も売上は出ませんが・・・

 父が大声で怒鳴り、隣の畑の人が心配そうに私達を見ていました。

 父は近所で『気狂い』と陰口を叩かれていますが、本人は気付いていません。

 振り返ってハウスを出ていこうとした父を母が引き止め、


『息子が手掛けたのはこの1列だけです。このハウスだけならまだ分かりますが、他のハウスにも影響があるのでしょうか』


 父は鼻息を鳴らしてこちらに振り返りました。


『全部だ。全部駄目になったんだ。こいつが切ったせいで全部だ。全部駄目だ。もう駄目だ。もう駄目。全部駄目だ。こいつのせいで毎日10万が飛んでいくんだ』


 そう言い残して、父は肩を怒らせて出て行きました。

 私と母は顔を見合わせて溜め息をつきました。

 隣の畑の人がハウスに寄ってきて、哀れみの目を私と母に向け、


『大変だねえ』


 と、頷いてくれました。


『父が驚かせてしまって、大変申し訳ありません』


 私と母は頭を下げました。


 そして、母が剪定で切った葉をゴミ捨て場に持って行き、私は地面に落ちている剪定した葉を拾って集めていました。すると、また父が入ってきました。


『おい。お前さんは何をしとるんだ』


 父はお怒りモードになると、私や母を『お前さん』と呼びます。


『切り落とした葉を拾い集めております』


『お前は馬鹿か。何度言っても分からんのだな』


 何が気に障ったのか、さっぱり分かりません。


『何か間違いをしているのでしょうか』


『言われた事だけやっている奴はいらんのだ。いらん』


 何を言いたいのかさっぱり分かりません。


『では他の事をします。きゅうりの身を取る手伝いをしましょう』


『お前は言われた事だけやっていれば良いのだ。余計な事をしてまた木を駄目にしたらどうするのだ。もう木に触るな』


 言われた事だけしているのではいけないのか。

 言われた事をしていれば良いのか。

 もうさっぱり分かりません。


『やる事が分からんのならまず聞け』


 私は通路に落ちた葉を見回し、


『では、私はこの通路に落ちた葉を拾っておけば良いでしょうか』


『なんで余計な事をしようとするんだ。ゴミなんか母ちゃんに拾わせて、お前は言われた通りに剪定をしておれば良いのだ』


『私の剪定の仕方では、木を傷めてしまいませんか』


『だから、影の作り方は剪定をずーっとしとらんと分からんってさっき言っただろうが』


 どうしたら良いのでしょう。

 取り敢えず剪定をしておけば良いのでしょうか。


『では、剪定を進めます』


『お前が剪定をすると木が駄目になるって何度言ったら分かるんだ。さっき言われた事をもう忘れたのか』


 父は私を指差し、


『いいか。毎日10万だぞ』


 そう言い残して、残った仕事を放り投げて帰ってしまいました。



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 そして、父は今リビングで大声で私の文句を言っています。

 母は心の中で頭を抱えているでしょう。


 母も私も、父の怒鳴り散らす文句を聞くだけです。

 言い返すと父のスイッチが入ってしまうからです。

 それが正論でもあの父には通りません。

 父の中では、父の考えが正論で、他は全て間違いだからです。

 父が1+1=65536と言えば1+1=65536で、2は間違いです。


 世の中には家庭内暴力で苦しむ者がいる。

 暴力を振るわないだけ幸せだ、と言う方もいるでしょう。

 しかし、私も母も身を持って分かっています。

 他と比べれば幸せだ、という言葉は、何の慰めにもなりません。


 もし神がいるなら、あの父を何とかして下さい。

 もうひとつ叶えてくれるなら、母がストレスで死なないよう、助けてあげて下さい。

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