管丁字と踊る

 鈴原すずはら 優花ゆうか、13歳。中学に入って、大好きなせんぱいができました。


 硬式テニス部のせんぱい。とてもかっこよくて、憧れの人です。


 せんぱいと出会ったのは入部したての頃。せんぱいは新入部員に打ち方やルールを教える役割を担っていて、わたしも教えてもらいました。最初は全くラケットにボールが当たらなくて、落ち込んでいると、


 『私も始めたときは下手くそだったから。今から練習していけば上手くなるよ』


と、励ましてもらえたことがあります。当時のわたしはその言葉が信じきれなくて、せんぱいは才能があるからそんなこと言えるんだ、とちょっとふてくされたけど。後々試合に出られるぐらいに成長してから、せんぱいの言っていたことは本当だったと理解できました。同時に、せんぱいがどれだけ努力しているのかも。

 せんぱいは1年生の6月にはCチームに合流していたらしく、わたしが入部したときは昇格してBチーム。夏休みが明けてからはAチーム、しかもチーム内で一番巧い人が任されるシングルス1番手にばってきされています。中学生からテニスを始めた人にしては大躍進。よっぽど練習を重ねないと、せんぱいほど上手くなれません。


 『1年生のときは毎日5時間練習してた。朝練の1時間前と、練習が終わったあとの自主練で1時間。日曜日は近所のコートで壁打ちしてたかな。今は多分、それよりも多く練習してると思う。夜練があるし』


 一度、せんぱいの練習量はどれくらいなんだろう、と不思議に思って訊ねたら、そんな回答が返ってきました。

 一方のわたしはというと、毎日3時間練習をして、それを週6回。そのセットで1ヶ月過ぎたぐらいで、やっとちゃんとした試合ができるようになりました。それでも、1番下のチームからCチームに昇格することはできず、合流できたのは1年生の10月ぐらい。せんぱいみたいに強くなってたくさん試合したいのに、中々上手くいきません。


 『優花ちゃんなら体力増やしてみるのがいいかもね。夕方とか、起きるのはきついけど早朝とか。それぐらいの時間帯に何キロランニングする、とか良いかも。優花ちゃん、いつも体力切れで負けてるみたいだし。とりあえず、無理のない範囲で、自分ができる最大をこなすのが良いのかも。私はコーチに立ててもらったメニューを基本に自主練してるだけだから』


 せんぱいからのアドバイス。その日から、わたしは毎朝3キロランニングすることを決めました。






 せんぱいはすごい人なんです。


 大会に出れば必ずいい成績を残すし、それに満足しないで練習を重ねて、何か気づいたらコーチに訊ねたりわたしたちにアドバイスくれたり。同じ中学生とは思えないほどしっかりしてて、面倒見が良くて、まさに完璧人間。


 優しくて、努力ができて、傲らない。


 アタリマエのことなのかも知れないけど、でも、わたしはその全部をやり切ることはできないから。


 だから、わたしはせんぱいを尊敬し続けるし、ずっと慕い続けます。

















 『強くならなくちゃ勝てない。勝てなかったら、それで…………』


 『せんぱいが勝ち上がっていくのが好き』


 『駄目なんだ、負けちゃ駄目』


 『わたしはずっとせんぱいを応援し続けますから!せんぱいの勝つ姿、見せてくださいよ』


 『………………ごめん』


 『強くてかっこいいせんぱいが、大好きなんです』


















 その日も、いつものようにチームごとに分かれて練習していました。Aチームは試合を、Bチームは形式練を。わたしが所属するCチームはダブルス練習をしていて、いつも通り別々に。ただ、互いのコートは近いので、順番じゃないときはなんとなくせんぱいの姿を目で追っていました。

 この間の大会で、せんぱいは準優勝。その大会は他県からの参加も多くて、実質地方大会みたいなレベルの高さだったから、その中で準優勝を遂げたせんぱいは本当にすごい。でもやっぱり、せんぱいはその結果に納得することはなくて、大会が終わった後から一層、練習に励んでいました。


 正直、怖いぐらいに。


 せんぱいは試合中、目をギラギラさせて戦います。喜びに満ちていて、興奮に溢れているような、そんな目をしています。わたしはその目が大好きで、いっつも応援していました。

 でも、最近は試合以外のときもその目をしていて、まるで何かに急かされているように、切羽詰まったように練習をしている気がしてなりません。焦って、なにかに追われているようで、苦しんでいるような、そんな感じ。見ているこっちまで不安になるような、苦しくなるようなそんな感じ。

 部活内の友達に話しても、


 『負けたのがショックなんだよ。そのうちいつもの先輩に戻るって』


と言われるだけだし、コーチに相談しても、


 『あれはアイツの問題だ。コーチおれたちが解決する問題じゃない』


と取り合ってくれません。その後、お前も気に病みすぎるなよ、と言われて終わり。

 わたしだけが気をもみすぎていて、見当違いの心配をしているように笑われるのがなんだかモヤモヤしていたころ。


 わたしの心配が正しいと証明できることが起こりました。


 『――――――――あ』

 『せんぱいっ!?』


 その日、せんぱいは試合中に、急に倒れたんです。































 『せんぱいなら絶対、に大丈夫ですよ!』



 わたしは、せんぱいを追い詰めてしまったのでしょうか?

 もしそうだとしたら、わたしは、わたしは………………。

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