独白は徒花
ただの独白だ。
親に勧められるままに中学受験をして、合格した。部活は好きに入って良い、と親から言われたけど、特に入りたい部活もなく、とりあえず勧誘された硬式テニス部に入部した。今までにテニスなんてしたことなかったから新鮮で、そのうちテニスを好きになった。
1年生。初心者も初心者の私は、ボールとラケットを使ったウォーミングアップから始まり、グリップの握り方、ラケットの振り方、ショットの種類などをイチから教えてもらった。先輩たちと一緒の練習には参加できなくて、1年生の前半はずっと下手くそが集められたチームで素振りをしたり、落とし打ちをしていた。先輩たちと一緒になるのは、ボール拾いのときぐらい。上手い人たちが使うような、ちゃんとしたコートじゃなくて、コートの端っこの、中途半端なスペースを使って作られた小さなコートで練習していた。
1年生の6月からは、下手くその1つ上が集まるCチームに移動になった。中学生でテニスを始めた子の中では私が一番最初の合流。初めて入った正規のコートは、今まで練習していた小さなコートとは比べ物にならないほど広くて、どこにも打ち込めるような気がしてワクワクした。
2年生。私はまた1つ上のチームに移動することになり、準レギュラーが集まるBチームへ。練習試合に参加できるようになって、どんどんテニスの面白さにのめり込んでいった。初めての後輩もできて、カッコつけたいのもあって一層練習に励んだし、練習すればする分だけ上手くなっていくのが嬉しかった。
コーチの推薦で大会に出られるようになったのは夏ごろ。レギュラーが出尽くして、大会の出場枠が余っているところに、私が入ることになった。小学校のときからテニスをしていた子たちを差し置いて、私が出場する。それはつまり、Bチームの中で1番上手な選手だということの証明。自分の努力が認められたようで嬉しくて、その日はずっと上機嫌だった。当の大会は、序盤から第1シードに当たって2回戦落ちだったけど。
2年の後半。とうとうレギュラーが集まるAチームに合流。練習試合にも大会にもたくさん出れるようになって、なにより部活内で1番巧い人達と一緒に練習できるのが楽しくて、毎日の練習が待ち遠しくてしょうがなかった。今まで参加していた朝練に加えて、Aチームのみの夜練に参加することになったから、練習量もグンと増えた。しんどかったけど、それでも上手くなれるのが嬉しかったし、大会に出る度に順位が上がっていくのが楽しくて、ずっと頑張っていた。
それで、他県の中学も参加するような、大きめのローカルな大会に参加して。
初めて決勝まで進むことができた。途中、同じ学校の子と戦うことになってちょっと気まずくなったりしたけど、それでも勝って決勝。
そして、藍染糸と戦うことになったんだ。
独白。
入学当初では考えられない、マメだらけの硬い手のひら。触ると柔らかい感触などなく、ザリザリと硬い皮膚の感覚だけが伝わる。始めたときはボールを打つ度にマメがこすれて痛くて、テーピングを巻いたりしてラケットを振っていた。今はもうマメの感覚なんてないから、相当皮膚が厚くなったんだと思う。
テニスをしている人はみんなそうだ。みんな、手のどこかしらにマメができてて、その人の努力の蓄積を正確に示している。中には手を握るぐらいで相手の実力を図れる人もいるから、手のひらの硬さがその人の強さ、というのもあながち間違いじゃないんだろう。私は多分、強い人の手。
テニスが楽しくてしょうがなかった。
初めて自分から、心の底から「やりたい!」と思えるものだった。
それだけ。
今思うと、私は調子に乗っていたんじゃないかと思う。順当に強くなって、部内でも1番強い人に勝てて、大会でも徐々に順位を伸ばしていて。いつしか部内では負け知らず、大会でも最低ベスト8には入れるようになっていたから、「勝つことが当たり前」と思うようになっていた。自分以上に努力している人なんていないと思うようになっていた。自分の努力が認められて当たり前で、自分の努力が報われて当然と。
私が今までに勝てなかった人はみんな、私よりも硬い手をしていて、皆いちように同じ場所にマメができていた。「強い」「才能がある」という言葉だけでは終わらせない、文字通り血の滲むような努力。その努力をひけらかすこともせず、淡々と実力を認め、勝てるようにさらに練習を重ねている。
知っているのに、傲ってしまった。
だから、きっとこれは罰なんだろう。井の中の蛙が傲った罰。空の青さなんて知ろうともせず、ただ井戸の底で飛び続けていただけ。やがて石を投げ落とされて、潰れてしまった。
ただの独白。
潰されても、それでも私はテニスが好き。
だから、ずっとテニスを続ける。次こそは負けない、次こそ。
次こそ藍染糸に勝てるように、私は強くならなくちゃ。
徒花【あだばな】
咲いても実を結ばずに散る花。転じて、無駄なことをいう。
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