コンクリートに青
あしゃる
銃声、そして。
バン、と銃で脳天を撃ち抜かれたような、そんな感じ。
たった一球だった。
されど、一球だった。
自然と呼吸が荒くなって、川の水が逆流するかのように、思考が暴れ出す。
分からなかった。
目の前にいるそいつが分からなくて、恐ろしくてしょうがなかった。
何も分からないから怖くて、今すぐに逃げ出したかった。責任なんて知らないで、理性すらも投げ出して逃げたかった。
殺される。
死んでしまうから、と。
本当は戦いたくなかったんだ。逃げ出したかった、できることなら何もかも放りだして。
目の前にいる人殺しから逃げたかった。
でも、それは叶うはずもない私の願望で。
『ゲーム、セットアンドマッチ』
コロコロと、コートの隅にボールが転がって、それで終わり。
手も足も出ない、何も言うことのできない、完膚なきまでに叩きのめされて、殺されて、私は死んでしまった。
そいつは天才と呼ばれる類の人間で、その大会の第一シードの選手だった。私も実際に何度か試合を見たことがあるし、その度に感心していた。上手いな、格好いいな、とか、正直に言えば羨ましいとか。コートの外側から見たそいつは、誰の目から見ても明らかなヒーローだった。有り余る才能を存分に発揮して、どんなに強い選手でも面白いぐらい勝って打ち負かす
自分じゃ到底なり得ない姿だからこそ、少しの嫉妬も込めて憧れていた。
それで、実際に戦うことになって、今までの憧れは全て間違いだったと思い知らされる。
そいつはヒーローなんかじゃなかった。
そいつは人殺しだった。
私は殺されてしまった。
サービスエース。
呆然と空を眺める私を、チームメイトたちは口々に慰めて来る。
格好良かったよ、とかよく頑張った、とか、そんなありきたりな言葉で慰める。そのどれもが上ずっていて、そいつのプレーのことしか言わない。
誰も私のことなんて見ていなかった。
私もずっと、そうだったんだ。私もそっち側で、そいつが人を殺すのを格好良いと思っていた。羨んでさえいた。
やっと分かった。
そいつは、
藍染糸はテニスで人を殺しているんだ。
ああ、吐き気がする。
頭の中で、彼女の打球音が繰り返し鳴り響いている。
まるで、銃声みたいだ。
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