第24話 ストーカーヒロイン、アイリーのお弁当。

「「おじゃましまーす」」


「もう勝手にしてくれ」


 玄関のドアが開いて、勢いよく飛び込んできたのは、当然だが可愛川さんとアイリーさんだった。

 なんでこうなった、俺は心の中で深い溜息をつくも遅い。秋元さんを家に入れた時点の俺の負けだったのだ。うなだれているうちにも、可愛川さんさんとアイリーさんはそれぞれ勝手に家の中を散策し始めていた。


「師匠、冷蔵庫を発見しました」


「冬美ちゃん隊員よくやった!冷蔵庫確認します〜」


 冷蔵庫ごときでテンション高すぎだろ。冷蔵庫の前に意気揚々と並んだ2人を見てそう思った。勝手知ったる、というやつなのか慣れた手つきで可愛川さんが冷蔵庫を開けると、その後ろからアイリーさんが冷蔵庫の中を覗く。


「ひぇーなんもない。こんなことある?麦茶すらないじゃん」


「悪かったな」


 冷蔵庫を覗いた2人が同時に顔を上げる。そして可愛らしく頬を膨らませた。なんでそんなあざとい行動が違和感なくできるんだ。恥ずかしながら最近買い出しに行っていないし、行ったとしても買うものは基本パックごはん。

 たまに気が向いたら野菜を買うって感じで、この家には本当に何も食べるものがない。


「仕方ない。ここは買い出しに行くしかない。紅葉ちゃん隊員」


「なんです?」


「今から近くのスーパーに行ってこれ買ってきて。あっ、匠くんペンとかある?」


 可愛川さんはメモ用紙を一枚千切り、何か書き出した後秋元さんに手渡した。俺は2人が何をしているのかわからず、ただ呆然を見守っていると秋元さんは「じゃ、行ってきます」と言って玄関から出て行った。自分の家かよってくらい自然だな。


「とりあえずパスタ見つけたから、ちゃっちゃとカレーと合わせて何か作っちゃうから、えっとー匠くんは部屋で休んでて」


「師匠、アタシは?」


「冬美ちゃんはうーん、匠くんと一緒に部屋で休んでたら。それに匠くんにアレ、あげるんでしょ?」


 ウィンクをしながら可愛川さんがそう言う。

 その言葉にアイリーさんは顔を少し赤らめた後、頬を掻いてそれに呼応するように、アイリーさんはこくんと小さく頷いた。

 勝手に話を進められてるのも気になるがそれ以上に、アレとは一体なんだろうか。


「まあ、とりあえず部屋にどうぞ」


「あ、ありがとう」


「匠くん、はるがキッチンにつきっきりで部屋で二人っきりだからって変なことしちゃ駄目だからね?変なことしたらすぐわかっちゃうんだから」


「するわけないだろっ」


 添えられた余計な一言に、少し声を大きくして否定する。

 苦笑いをしたアイリーさんと共に自室に向かおうとした時、可愛川さんは口元に指を当てながらニヤリと笑った。あいつは一体俺をなんだと思っているんだ。

 扉を少し強めに閉めた。


 俺と可愛川さんの2人だけになった部屋はシーンと静まり返った。改めて考えると女子が自分の部屋にいるというこの状態はやっぱりむず痒い。


 よく考えたらアイリーさんと二人っきりになったのもこれが初めてだし、この三バカヒロインの中だと一番関わりが少ない。特に外国帰りという嘘の仮面を外した、アイリーさんと向き合うのは初めてに近い。ずっと立ったままというのも何か話しづらいし、とりあえず座るように促すか。


 そう思って口を開きかけた時アイリーさんの大きな荷物にやっと気づく。


「あのーその荷物なに?」


「あっ、こ、これ!?いや、これは別に大したものじゃないというかなんていうか」


「そ、そうなんだ。とりあえず座ったら?クッション使う?地べたに座るのも嫌だろうし」


「えっ、あっ、じゃあ使わせてもらおうかな」


 アイリーさんは少し驚いた顔をした後、クッションの上にちょこんと座った。その仕草はどこか小動物のようで可愛らしい。まさかなあんな凶暴な本性を持つ人とは思えない。


「そういえばさ」


「ひゃい!?」


「さっき言ってたアレってなに?俺にあげるみたいなこと言ってたけど」


「いや、別にあげるってほどの大したものじゃないんだけど…そのこんなのあげられても困っちゃうかもしれないし、余計なお世話かもしれないし」


 普段以上に歯切れの悪い言葉と、もじもじとした動き。顔を赤らめて俯くアイリーさんに少し可愛いと思いつつも、それがどういう意味かわからない俺は首を傾げた。


「…なるほど」


「実はね、停学になってから毎日師匠の家で料理の勉強をしてるの。とりあえず完璧美少女に進むためには料理からかなと思って」


「へぇ、そうなんだ。知らなかったよ」


「うん、それで、昨日初めて家で一人で料理を作ってみたんだ。その…弁当を」


 そして今の言葉を聞けば察しの悪い俺でもさすがにわかる。

 アイリーさんは俺に自分の作った料理を食べてほしいのだろう。嬉しい、すごく嬉しい。そりゃ残飯処理で渡された弁当でももちろん喜ばしいが、自分のために作ってもらった弁当が一番嬉しいに決まってる。


 そんな彼女の健気な行動に思わず胸が高鳴った。


「ありがとう、すごく嬉しいよ。アイリーさんが作ってくれた弁当なら全部食べちゃう」


「ほんと?嬉しい…それでこれが弁当です」


 ドンっという重量のある大きな音とともに、アイリーさんの上半身くらいある弁当箱が机の上に置かれた。


ん?


「アイリーさんこれは?」


「重箱です」


「ほう…重箱」


 ん?さっき感じた胸の高鳴りは、今のこの状況で別の意味でのドキドキに変わりつつある。


「へぇ…重箱なんて、思ったより本格的だね」


「そうかな?アタシはいつもこのくらいの量だからわからないけれど、まあ頑張ったから」


 なるほど、頑張ったならこれくらいのサイズになっても仕方ないだろう。


「とりあえず中を開けてみるよ」


 俺は丁寧に包まれた紫色の布の紐を解き、ゆっくりと重箱の蓋を開ける。まずは一段目。蓋を開けた瞬間、そこにはびっしりと詰められた白ご飯が見えた。


 なるほど、ちょっとご飯の量が多い気はするがこれくらいならまだ普通な気がする。少しだけ不安げな彼女の表情を見つつ、次に二段目も開ける。


 そこにもまた、たっぷりの白ご飯が詰まっていた。


「ほう…またご飯」


「うんご飯一段じゃ普通足りないから、二段目も使っちゃったの」


「なるほど」


 アイリーさんのいう普通がわからないが、アイリーさん的には重箱の一段目のサイズではご飯の量では足りないのだろう。だから二段目を使った。


 うん、フードファイターか何かかな。


 俺にはまだ早すぎる世界な気はするがまぁ、これくらいなら可愛いものだろう。

 せっかく俺のために作ってくれたんだし文句をつけちゃいけないよな。二段目は一段目以上に白ご飯が入ってるけど気にせず次に進もうか。


 そして三段目を開いた時だ、思わず息を呑むほど驚きで目を見張った。

 なぜなら重箱の3段目にはご飯ではなく、ぎっしりと敷き詰められた真っ黒焦げの卵焼きが詰まっていたから。

 その数なんと少なく見積もっても50切れ以上はあるだろう。


「卵焼きがたくさん入ってるね

「男の子って卵焼き好きだし、それに卵焼きって弁当の花形だから。それならびっしりと入れたほうがいいかなっていっぱい頑張っちゃった」


「頑張っちゃったんだね。すごいね」


 頑張っちゃたなら仕方ない。いくらアイリーさんが頑張って作ったとはいえ、この量は正直引いてしまう。さらに驚くべきといえばいいのか、恐怖するべきといえばいいのかあと二段未知なる段が残っていることだ。


正直開けるのが怖いが、せっかく作ってきてくれたのに開けないわけにはいかない。


「一気に残りの段開けるね」


「うん!開けちゃって」


「行きますっ」


 掛け声とともに俺は勢いで残りの重箱を開けると、三段目の卵焼き同様ぎっしりと敷き詰められた大量の梅干しが詰まっていた。

 ツッコミどころがありすぎるが、こういうのは勢いが全てだ。


 とりあえずスルーして最後の段を確認してからツッコもう、そうしよう。


 そうして最後の段に到達し、そこに詰められたモノを見て俺は膝から崩れ落ちた。


 そこには、形がわからないほどに焦げた料理の数々がぎっしりと詰め込まれていた。何かの肉片だったと思われるものは黒く固まり、野菜のようなものはしなびて炭と化している。焼き過ぎた魚らしきものは、もはや何なのか見分けがつかないほど焦げていた。


「少し焦げちゃって見た目は悪いんだけどね、でも味は美味しいと思う!味見はしっかりとしたから多分…アタシの味覚さえ良ければ美味しいと願いたいなとは思う」


「えっと…とりあえずなんで四段目こんなに梅干しで埋まってるのかな?」


「ご飯のお供って必要だなーと思いまして、ご飯のお供って言ったら梅干しかなって」


「確かに」


 思わず納得してしまった。


 確かに梅干しはご飯のお供だけども、こう四段目を全て埋めるほどのメインではないと思う、俺の見解では。

 他の家庭ではわからないけど俺の家庭では梅干しはメインではなかった。


「食べたくないならいいんだ…そりゃそうだよね、アタシの作ったしかも初めて作った弁当なんて食べたくないよね。ごめんね、片付けるね」


「食べます」


「え?」


「食べさせていただきます」


 普通に考えれば胃袋に収まる量ではないし、俺は多分一度で完食はできないと思うからおそらく全部食べるとなると致死量の米の量で気絶するのは確定だろう。

 けどそもそもの話として女子の一生懸命な弁当を断れるか?否、それはできない。

それにせっかく作ってくれたんだ。


「いただきます」


 人生最後になるかもしれない食事を前に両手の掌を合わせる。

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