第22話 カレーを食べてると卑屈ヒロインやってくる。
気がつけば、ベッドに横たわったまま昼になっていた。
ぼんやりと目を開け、枕元に置いた携帯を手に取るともう昼過ぎだったことにまず驚き、そして次に今日が夏休み初日だということに気づき落胆する。すぐに携帯を放り投げて、また布団に横になった。
「そうか、今日で停学4日目か…」
溜め息をつきながら頭の隅にあった違和感がはっきりしてくる。
昨晩、読みかけの小説を抱えたまま、いつの間にか眠りに落ちていたことを思い出した。昨日読み止めたページを開き、続きを読もうとした瞬間腹が鳴った。
昨日の昼食からなにも食べていないんだから腹が減るのも当たり前だ。
「冷蔵庫に入れてたカレーあっためるか」
ベッドからゆっくりと這い出し、足を引きずるようにしてキッチンへ向かう。
冷蔵庫のドアを開けると、予想通り、タッパーに入れたカレーがそのまま残っているのが目に入った。冷え切ったカレーを手に取ると、少し固まった表面が薄っすら見えている。
「まだ大丈夫そうだな…」
カレーの蓋をしっかり閉め、電子レンジに入れる。
ピッ、ピッ、ピッと時間をセットし、温めスタートボタンを押す。電子レンジの低い音が部屋に響く中、次は棚からパックごはんを取り出す。パックのフィルムを半分だけ剥がしていると、電子レンジがピピッと鳴った。
電子レンジの音が鳴り響くと同時に、俺はカレーを取り出す。
まだごはんの準備ができていない。
少し焦りながら、フィルムを完全に剥がして電子レンジにパックごはんを入れる。ピッ、ピッ、ピッと時間をセットして、再びスタートボタンを押す。
普段だったらご飯もしっかり炊くし、もうちょっとちゃんとした昼飯を作るところだがなんとなく、今日がもうすでに夏休みだということに気づき、停学した状態での学校かぁと、現実逃避してしまいそうになる頭を奮い立たせることができない。
なにか飲もうと冷蔵庫を開けるも、空の麦茶パックだけのガラスポットが目に入った瞬間面倒になり、そのまま閉めた。
停学だーとビクビクしていたものの、いざ停学になるとこれといって恐怖は待ち受けおらずただダラダラ毎日映画と小説、漫画を読みあさる日々で意外と普段家にいる時と一緒だった。
あんなクソみたいな奴に殴られて停学なんて、本当に我ながらダサい。
たまにそれで悶えたりもしたが、結果この4日間は思いのほか充実していた。
電子レンジからパックご飯を取り出し、盆に乗ったカレーの入ったタッパーとスプーン片手に自分の部屋へと戻る。あぐらをかきながら、目の前のカレーライスに手を合わせ小さくいただきますと言った後、一口目を頬張る。
うん。まあこんなもんか。
二口目を頬張りながら、小説のページを捲る。
最近お気に入りのミステリー小説だ。
ミステリーというジャンルは俺的にはあまり好ましくないため普段読まないのだが、この作者がすごい好きでこの作者のミステリーだけ1巻から最新刊まで全て買っていた。口にスプーンを咥えながら、ページを捲っていると急にインターホンが鳴った。口に咥えていたスプーンがカチンとお皿に落ちる音が響く。
「宅配とか頼んでたっけかな?よっこいしょ」
小説を机の上に置き、重い腰を持ち上げながら玄関へと向かい扉を開ける。
「はーい、なん…です?」
チェーンロックをかけたまま扉を開け、目に飛び込んできた姿に思わず息を呑んだ。そこに立っていたのは、私服姿の秋元さんだった。黒髪がさらりと肩にかかり、いつも制服で見慣れた彼女の姿とは違って少し柔らかい印象を受けた。
「なんで秋元さんがここに?」
「秋元匠が停学中のため、必要なものを届けるように教師に言われてきました」
大きな封筒と紙袋をチェーンロック越しに見せつけ、少しむっとしながら話す。
「あの役立たず教師…あいつが呑気にクーラーの涼しい職員室でだらけて教室に来るのが遅かったせいで暴行問題が生まれたのに、夏休みしょっぱなから私にめんどくさい関係を全て私に押し付けやがって」
「いろいろ言いたい気持ちはわかるけど、チェーンロック外すからとりあえず離れて」
「あぁ…はい」
俺はその場ですぐにチェーンロックを外す。ガチャッと鍵が開くと彼女は一歩身を引きながら小さくおじゃましますと言った後、扉をくぐった。
「えぇ!?ちょいちょい待った、入れるとは言ってないんだけど?」
「いいじゃないですか、やましいものがあるわけじゃあるまいし。まああったらあったで気になるし」
「やましいものとかないからっ!!」
「じゃあいいじゃないですか、カレーのいい匂い〜」
俺はすぐさま彼女に駆け寄り、玄関の扉を閉める。彼女は玄関で靴を脱ぎながら、俺の横を通り過ぎカレーの匂いに誘われるように部屋へと入った。
「へぇ綺麗に片づけられてるじゃないですか、意外です。もっとこう、なんと言えばいいでしょうかゴミ屋敷かと」
「俺をなんだと思っているんだよ、もちろん片づけてるよ。だから俺の部屋に入らないで」
ベッドの上の文庫本を取り上げ、すぐさま棚に戻す。その様子を秋元さんは玄関からこっそり顔を覗かせながら目を輝かせて見ていた。
「その本、『色畑文字』先生の新刊じゃないですか?」
「そうだけど」
「えー私まだ新刊買ってないんですよ、貸してください」
「読み終わったらね」
躊躇なくベッドへとダイブした秋元さんにやきもきしながら、俺は諦める。
「机の上のカレー」
「あー今から食べようと思っていたんだ、秋元さんが来るまでわね」
「美味しそうですけど、パックごはんですか?高校生の男児がこんな若くからこういう食事は駄目ですよ」
「余計なお世話だ」
床に落ちていたクッションを秋元さん目掛けて投げつけた。彼女はそれを掴んで自分の胸元へと持っていき、抱きしめた後そこに顔を埋めた。
「親御さんは今日は仕事ですか?」
「親はいない。一人暮らしだ」
「へぇ、なんだか大人ですね。でも親御さん心配しそうです、その若さで一人暮らしとは」
「心配しないよ、両親はどちらも亡くなったんだからさ」
俺がその言葉を口にした瞬間、部屋の空気が少し重くなったのを感じた。
言ってしまった瞬間、口を押さえたがもう出てしまったものは元には戻らない。秋元さんがクッションから顔を上げ、ベッドから足を下ろし姿勢を正す。
「ごめんなさい…軽率でした、知らなかったんです」
「あ、いや昔のことだから全然大丈夫。気にしてないから、いやマジで」
しかし今目の前でわざわざベッドの上に正座している秋元さんを見て、俺の言動が軽率だったことを思い知る。
その目には申し訳なさや後悔のような感情が宿っているように感じられた。
その顔を見て、しまったと思った。
普段こんなこと人に話すこともないし、高校に入ってからはこのことについて同級生に話したこともなかったし、話すつもりもなかった。
なんで急にこんなこと、言ってしまったんだ。同情してもらいたいのか、今更?
自分の口から出た言葉がまるで別人のもののように感じられる。
これまで築いてきた距離感、それが今、秋元さんの前で崩れかけているようだった。
秋元さんに限らず今まで決めてきた自分の定義、決まりが可愛川さんに出会ってから崩れてきてる。どうして?なんでだ?
気まずそうな顔をした彼女は、何も言わなかったし聞いてこなかった。
「あの…」
「カレー!冷めちゃったから温めててくるね、秋元さんはここでくつろいでて」
「あっ…はい」
何か言いかけた秋元さんの言葉を被せるように、頭を掻きながら少し大きな声を出して部屋からとりあえず去る。
時間が経ってタッパーの中ですっかり冷たくなってしまったカレーを電子レンジに入れ、ピッとスタートボタンを押す。
両親を亡くしたのは3年ちょっとくらい前の話だ。理由はよくある交通事故、感動的な話でもなくただスピードの出し過ぎによる事故だった。
当時、俺は小学6年生で中学受験を控えていた頃だった。父が頭がよくいつか父の母校に進学できたらいいねと母に言われてたし、俺もそのつもりだった。
でもそんな俺の考えはあっさりと崩れ去った。
そしてそのまま成り行きで親戚の伯母さんの家に住まわされ、高校進学と同時に一人暮らしのために家を出た。
すごくいい人だったけどずっと気を使われてるのが嫌で、高校はわざわざ遠いところを選び、一人暮らしをする理由をつけて家を出た。
正直な話、親が亡くなったと聞くと悲劇に感じるものだが、俺は二人の葬式に出た時「スピードの出し過ぎなら、他の人が巻まれなくてよかったな」と不謹慎にも思ってしまった。悪いとは思っているが、本当に俺にとってはそれくらいの出来事。
人に対して「死」という言葉に出すまであまりその出来事を自分の中で意識してこなかったし、ましてやそれを人に話すつもりもなかった。
「秋元さん、どしたの?」
ピピピと温め終了の合図がなり、電子レンジの蓋を開こうとしたとき俺の真後ろに秋元さんが立っていることに気づいた。
そして彼女は少し間を置いて口を開く。
「いいこいいこ」
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