第19話 「混ぜるなキケン」の標識、基本見てない。

「今話を聞いてて思ったんですが、可愛川はるが努力のしすぎでハイレベルすぎて吉田透は、可愛川はるに対して興味を持てないのでは?」


「えぇ!?何急に」


「聞いた話によると吉田透は成績はあまりよくなく、運動神経も低いと聞きました。人は共感できるものに愛情を感じやすいとテレビで見たことがあります。つまり、吉田くんにとって可愛川さんは、完璧すぎて逆に距離感を感じてしまう、その努力が仇になってるのでは?」


「そ、そうとは限らないんじゃないかな?ほらやっぱりそういうのって本人にしかわからないし」


 俺は視線を泳がせながら、わかりやすい動揺を見せる可愛川さんに対してフォローを入れる。しかしそれも秋元さんはピシャリと否定する。


「でも現にカラオケから1時間も経ってるのに、吉田透から連絡が来ていませんよね。ふつーの男なら可愛川はるに話しかけられただけで舞い上がってワクワクしながら連絡をすると思うのに、彼から一切きてません。違いますか?」


「ぐぬぬ…違くないですけど」


「負けないで師匠!」


 項垂れる可愛川さんを鼓舞するようにアイリーさんが拳を振り上げる。

 この人はいったい何を応援してるんだろうか……。


「中谷匠は私の持論をどう思いますか?」


「匠くんっ」


「タクミ!」


「俺!?俺か…」


 突然三人の目線が一気にこちらに向くと、思わず肩を大きく跳ねさせる。なんだか今日はやたらと俺へ意見を求めるな……何故だ。


 でも確かに、秋元さんの言っていることには一理ある気はする。


 別に可愛川さんを神格化するつもりはないが、少なくともその見た目と愛嬌、そしてあざとさから相手からかなり好印象を持たれるだけではなく「この人俺に気があるんじゃね」という勘違いをさせてその気にさせてしまうくらいの可愛さなのだ。


 気になる人へアプローチしたことがないからわからないけど、もしその人のことが気になってたら家に帰ってすぐ連絡ぐらいしそうなもんだが……。


「あっ」


 そこで俺は一つの名案が思い浮かんだ。


「なんですか?」「なに?」「どした?」


「うーん。でもなぁ。うーん」


 これはかなりの賭けな気がする。しかし答えないわけにもいかず、俺は頭の中で考えを纏めながらゆっくり口を開いた。


「アイリーさんと可愛川さんがお互いを学び合えばいいんじゃないかな?」


 彼女がいっていることは至ってシンプル。

 つまり、人は共感できるものに愛情を感じるということ。

 そして可愛川さんは完璧でハイレベルすぎるため吉田くんから共感を得られない、 そしてアイリーさんは一条に釣り合うために完璧美少女になりたいが聞いたところ根がダメダメ。つまり可愛川さんとアイリーさんはいわば対極にあるような存在なのかもしれないでありながら、お互いの理想の姿。


「だからお互いがお互いを勉強し合うってことか……いい考えかも!」


 頬に手を当てながら、可愛川さんは目を輝かせて俺の提案に真っ先に反応した。


「アタシなんかから学べることあるかな…」


 そしてそれに釣られるようにあまり乗り気ではなさそうにアイリーさんが不安げに続く。しかし秋元さんだけは少し難しそうな顔をして顎に手を当てていた。


その反応を見て俺は思わず不安になる。確かにこれはかなり大胆な案かもしれない。


 この作戦はお互いに良い影響を与えれればメリットしかないはずだけど……もし可愛川さんがアイリーさんのストーカーに影響を受けたり、アイリーさんが可愛川さんの奇行に影響されたりしたら意外と二人は「混ぜるな、危険」だ。


 そうこう考えていると、彼女は小さく頷いた。


「良い考えだと思います」


「よかったぁ。秋元さんがそう言ってくれて」


 その一言にほっと胸を撫で下ろす。 そう言ってるうちに、ウェイトレスさんがふわりとテーブルに近づいて、熱々のチーズインハンバーグを運んできた。

 目の前に置かれた瞬間、アイリーさんの顔が一気に輝きを増す。


「家でも夕食食べなきゃだから、ご飯は追加できなかったんだよね」


 この後も食べるのかよ。


 しかしそんなツッコミを心の中でするだけで留め、俺はハンバーグの肉汁が滴るチーズとデミグラスソースに思わず生唾を飲み込む。ジュージューと音を立てながら、分厚いハンバーグの中からとろりと溶け出すチーズ。焦げ目が程よくついた肉の表面が、さらに食欲をそそる。腹減った。


「ハル師匠、もしよかったらダイエットの仕方教えてくれないかな?今アタシ痩せようとして食事減らしてるんだ」


「いいよ。代わりにストーカーって具体的になにしたか教えてね」


「約束」


 下手に刺激すると拗れそうなとんでもない二人を引き合わせてしまったかもしれない。


 頭の中で『混ぜたらキケン』という文字が点滅するも、もう混ぜてしまったものは遅いしどう転ぶのかさすがの俺でもわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る