第18話 真のストーカーは己の愚を知る者なり。
恋ってそういうものなのか?そう言ってるうちにウェイトレスさんが大盛りポテトとマルゲリータを運んできた。
アイリーさんはそれを一切口に運ぼうともせずに、ずっとそわそわしたように辺りをキョロキョロと見渡していた。そんな様子に俺は思わず首をかしげる。
「食べないのか?」
「いや食べたいのは山々なんだけど食べてるとこ見られると恥ずかしいなぁって」
「たくさんの犯罪を述べた後に、恥ずかしいは今更じゃないかな」
感覚狂ってるのか。アイリーさんは困ったように笑うと、目の前に置かれた大盛りポテトに手を伸ばした。
まずは、ポテトを6本取り、3本ずつ明太子とマヨにディップすると軽く揚がった黄金色のスティックが明太子の薄ピンクに染まる。
そして彼女は一気に贅沢に6本ほどをまとめて口に運ぶ。
「うますぎる〜」
犯罪者とは思えない幸せそうな表情を浮かべると、アイリーさんはさらにポテトを口へ運ぶ。
そのペースは落とすことなく食べ進めていき、みるみるうちに残りが数本になる。そして彼女は思い出したように最後の一本を口にすると、満足そうな顔で頬を撫でる。
「一つ質問いいですか?」
「ひゃっ、はいっ?」
秋元さんがストローから口を離すと、ガラスコップに入った氷がカランっと音を立てる。そして彼女はその長いまつ毛を伏せるように視線を落とし、ゆっくりと口を開いた。
「なぜわざわざカタコトのフリをしていたんですか?日本語流暢ですよね」
「ソレはるも気になってた。なんでわざわざ嘘を?」
秋元さんがふと思い出したかのようにアイリーさんに質問を投げかける。確かにそれに関しては俺も疑問に思っていたことだ。
わざわざそんな嘘をつく理由が、俺にはわからなかった。
しかしアイリーさんは質問をぶつけられると、少し表情を曇らせてストローをつまみで氷を回しながら小さく呟いた。
「……かっこいいから」
「えっ?」
「かっこいいからっ!!」
俺が聞き返したのが気に入らなかったのか、彼女は声を強めてそう言うと顔を真っ赤にする。そして両手で顔を隠しながら早口で続けた。
「アタシさ、もう初めての転校で初日、『わーすげー転校してんじゃんアタシ』ってもう急な出来事に恥ずかしい上に舞い上がってなんのなんのだったの。そしたら急にこんな見た目もあって『外国人なの?』って聞かれるじゃん。もう期待の目もあったし、舞い上がってたし緊張してたし、つい『オーイエス』って言ってしまって。いつの間にか引っ込みつかなくなってた」
「つまり自業自得と」
「はいぃ…」
俺は少し呆れながらもそう言葉をかける。すると彼女はがっくしと肩を下ろす。
「だってだよ!!言い訳だってわかってるけど言い訳させて。アタシって勉強もできない、運動できない、掃除もできない、体力ゼロ、どんくさい、女子力低い、自己肯定感低い、料理できない、音痴で前の学校ではもういじめられてたのに急に転校しちゃった瞬間さ、誰もアタシのこと知らないから新しいアタシで受け入れてくれたんだよっ!!もうここは乗っかるしかないじゃん」
「つまり調子に乗ったと」
「はいぃ…」
アイリーさんはそう言って小さくなると、目を潤ませて語り出した。
自分のストレスをすべて吐き出すかのように語った彼女のその長話をまとめるとこうだ。引っ込みがつかなくなった彼女は転入してきて1ヶ月間丸々棒に振りながら、ずっと外国人キャラを演じて生活していたらしい。
そしてそれが板についてしまった結果今に至るというわけだ。
「じゃあアメリカ帰りというのも?」
「嘘です…」
「やっぱり」
まあ、そんな気はしてたよ。心の中でそう呟く。
さて、この嘘つき・見栄っ張り・ストーカーの三大凶を抱えたモンスターをどう対処するか、正直俺一人が抱える範疇を越えている。これまでは透明人間のように深く人と関わらないように徹してきた俺が、こんな事態に巻き込まれるなんて考えもしなかった。
今日一日でなんでこうも問題を抱える少女たちと関わってしまうのだろうか。
なんか今日はそういう厄日か何かなのか?
人との距離をある程度保つことで、無用なトラブルやストレスを避けてきたのに、この範疇を超えた問題にどう対処すればいいのか。
「でもよかった。嘘がバレて…アタシなんかが隠し通せるはずがなかったんだよ。英語も全く喋れないし、みんなが思ってるようなおしとやかじゃないし、女子力も高くないし。ハルキにモテたくてハルやモミジさんみたいな美少女になるのは無理だったんだよ」
俺は一度息を大きく吐くと、視線を可愛川さんのほうへ移した。
彼女は人気者だし同じ仮面をかぶっていた同士、きっとこういう緊急事態にも冷静に判断を下せるはずだと思ったからだ。
しかし可愛川さんは俯いまま動かず、なんだか小さく見えた。そしてまるで念仏のようにブツブツと何かを繰り返しつぶやいている。そして数秒後、彼女はゆっくりと口を開いた。
「冬美ちゃんさ、舐めてんの?」
まつ毛が影を作っている彼女の目には光がなく、ただゆっくりと、しかしはっきりとした口調だった。
アイリーさんに向けられたその表情は真顔そのもので、笑っているわけでも怒っているわけでもない。ただただじっと感情のない顔で彼女を見つめていた。
その突然の変貌に俺も思わず目を見開いたまま固まってしまったが、アイリーさんもそれと同等以上に驚きを隠せない様子で可愛川さんを見つめていた。
「嘘をついたことが悪いんじゃないんだよ、嘘を通せないことが悪いんだよ。なんで嘘をついたのなら、カタコトをずっと徹底せず少しボロを出すの?さっきもカラオケで日本語ぽろっと出てたよね?」
「気付いてたのか」
「当たり前でしょ。だてに完璧美少女やってないよ」
そう言って可愛川さんはマルゲリータを一枚手に取り口に運んだ。
「さっきも女子力とかいろいろ言ってたけど努力せずに、はるみたいな完璧美少女になれるわけないじゃんっ。そんなの全部言い訳だと思うってはるは言ってるの」
「ハルみたいに生まれたときからなんでも揃ってる人に何がわかるの…勉強もできて運動もできてどんくさくなくて、顔も可愛くてスタイルもいいハルに何がわかるっていうのっ?」
アイリーさんは可愛川さんの言葉に対して不満そうに俯きながら、そう小さく反論する。
「わかるよ。だってこっちは入学した時から『自分は完璧美少女』って嘘を突き通してきたんだよ」
その目は真剣そのもので、アイリーさんも思わず押し黙ってしまうほど迫力があった。どこか淡々さを感じる口調や声音だが、その言葉にはアイリーさんに対する真剣さが混じっているように感じたのだ。
「勉強だって、運動だって、この顔だって、このスタイルだって、特にスタイルは全部努力で手に入れましたぁ!!失敗だって、嫌なことだってたくさんあるし、それを隠すために頑張ってるんです。私だってね、生まれた時から完璧なら努力なんてしたくないですぅ〜」
煽るようなふざけたような口調に、まるで人の気持ちを逆撫でするようなセリフの言い方で、普段の可愛川さんからは想像もつかないほど攻撃的だった。
そして確信する。確実に今彼女のあざといの仮面が剥がれ落ちていることを。
しかしそんな表情と裏腹に彼女は再び真面目な顔に戻ると、小さくため息を吐き少し視線を落としてさらに続けた。
「でも所詮私の完璧なんて、見せかけに過ぎないんだから結局なつなつみたいな本物にはなれない」
「マナツさん…」
「はるわね、『とりあえず努力しろー』的なことは言ってないの。努力するかどうかを決めるのは本人次第だしね。でも嘘をつくなら最低限の努力をしないと、そりゃボロがでるよねって話をしてるんだ」
手にとったマルゲリータの最後の一口を口の中に放り込み、お手拭きで口と手を拭き、彼女は視線だけをアイリーさんに向けた。
俺もアイリーさんへ視線を向ける。彼女はまるで反省する子犬のように耳をシュンと垂らし、俯いていた。
「ごもっともです…ぐうの音も出ません」
その表情は本当に反省しているようにも見えたし、年相応な幼さも感じさせた。
「…アタシね、みんなが思い浮かべるアタシとは違って引っ込み思案だしネガティブだからみんなに注目された瞬間嬉しかったと同時に急にみんなの目線がアタシに集中して吐きそうになったの。こんなこと人生で初めてだったから。そしたらね、ハルキが」
「一条が?」
俺がそう聞いた瞬間、彼女の瞳の奥が一瞬キラリと光った気がした。
「庇ってくれたの。アイリーさん英語喋れないのにそんなに話しかけたら混乱するだろって。嘘をついて得たやさしさだけど初めてだった。人に庇ってもらったのも初めて会って優しくされたのも。ハルキが初めてだった」
彼女は初めて自然に口角を上げて笑った。
そして目を細めてどこか遠くを見つめるようにした。その彼女の瞳は先程までの不安げで泣きそうな表情ではなく、心から安堵し安心している表情だった。
「それからアタシに気を使ったハルキがサッカー部のマネジャーを誘ってくれた。そのとき、ハルキに釣り合う女性になるためには過去の自分を捨てて新しい自分にならなきゃと思ったの。でもハルと覚悟が違うや。全然ダメダメだな、アタシ」
彼女はそう言ってまたシュンと肩を落とす。
「そんなことないよっ。嘘つきが長いから急に偉そうにしちゃっただけ、威張れることじゃないのにはるもムキになってごめん」
「いばってないよ、ハルはほんとすごいです、もう師匠って呼びたいレベルで。いや呼ばせてください、師匠」
「師匠!?」
すごい勢いでアイリーさんに迫られ、思わず可愛川さんもたじろぐが悪い気はしないのかでへへとだらしない笑みを浮かべながら頬をかく。
いい感じに纏まってるように見えてるが、アイリーさんのストーカーの件も解決してないし、GPSの件も隠し撮りの件も、なにも解決せず仕舞いという最悪な事態になってないか?
「盛り上がってるところすみませんが気づいたことあるので言っていいですか?」
俯瞰の眼差しで一連の流れをマルゲリータを食べながら眺めていた秋元さんが、口に付いたチーズソースを丁寧に紙ナプキンで拭き取りながら手を挙げる。
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