ストーカーって基本的にアイリー・冬美・ホワイトのことを言うんだよ?ここ教科書に出ます。

第16話 ナンパは諭す一つの方法。

「あれ、アイリー・冬美・ホワイト本人では?」


「だよなっ。えっ!?」


「なんで冬美ちゃんがストーカー?」


 可愛川さんが驚きの声を漏らす。スプーンを持った手が止まり、パンケーキの存在すら忘れているようだ。秋元さんも顔を少し寄せ、目を細めて外の様子をじっと見つめる。


「どうしよう!冬美ちゃん日本語あまり喋れないから多分困ってるよ」


「じ、自分で解決するんじゃないかなぁ」


「なに言ってるんですか?男として最低ですね」


 秋元さんが蔑むような目で俺を見る。

 まあ同級生以前にストーカーをする奴が悪いわけだし、ストーカーを試みるってことは警察に職質とか捕まるとかある程度の覚悟があるってことだし。

 あとただでさえ、可愛川さんの恋愛事情という重い面倒ごとがあるのに、さすがにこれ以上の面倒ごとはごめんだ。


 しかし、俺の思いも虚しく事態はどんどんと悪い方向へと向かっていた。

 警察官二人がさらにサングラスの女性に顔を近づけてなにかを話し始める。すると彼女は、顔を真っ青にして何度も首を横に振る。


 その仕草はまるで、何かを恐れているように見えなくもない。


「匠くん!!」


「中谷匠っ!!」


「俺!?」


 彼女たちの懇願するような、すがるような視線に思わず声がひっくり返った。

 何を期待して俺を見てくるんだ。俺にできることなんてあるのか?

 すると突然一人の警察官が彼女の肩に掴みかかるように手を回した。その瞬間に彼女の顔色が明らかに変わる。


「匠くん!!」


「中谷匠っ!!」


「わかったから!行きます、助けに行きますからっ」


 座っていた椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がり、俺は急いで出口に向かって走り出す。体が自然に前傾し、視界に入るものがすべて流れるように過ぎ去っていく。

 ガラスのドアを一気に開け放つと、冷たい夜の空気が頬を打ち舗道を駆け抜ける音が自分の呼吸に混ざり合った。


 一体なんで俺がこんな目に。


 タイミング良く横断歩道の信号が青にかわり、俺は走り出す。左右をキョロキョロと見渡すと少し先にアイリーさんと警察が揉めてるのが見える。

 しかし俺の見間違いでなければ彼女は今警察官に腕を掴まれてどこかに連れていかれそうになっているように見えるのだが……これは助けた方がいいよな?


「だから言ってるでしょう、あたし本当に怪しい人じゃっ」


「不審者はみんな同じこと言うんだよね。身分証明書も持ってないし、とりあえず近くの交番行こうか」


「ちょっと待ってください!」


 俺が横断歩道を渡りきり、二人の警察官に声をかける。

 アイリーさんは、俺の姿を見つけると顔をぱあっと明るくさせたが、すぐにその表情を曇らせた。悪かったな、一条じゃなくて。

 そして彼女の腕を掴んでいた警察官が俺を振り返るように見た。その目はどこか鋭く、俺は思わず一歩後ろに下がってしまった。


「はいなんです?僕たちねぇ忙しいんだけど」


 しかしここで引くわけにはいかない。俺は勇気を出して再び口を開いた。


「その子、俺の友達で怪しい人じゃないんです。たまたま身分証明書を持っ

てなかっただけで」


「いやそれでもねぇ、身分証明書を持ってないのが問題なんだよ。電話番号も教えてくれないし、それになんだか挙動不審でさ。怪しいんだよね、明らかに」


 それは俺も思う。


「違うんですって、おまわりさん。たまたま持ってないだけ普段はあたしも持ってるんですって。ね?タクミ?」


「そ、そうです。普段はしっかりした奴なんですけど、日本に来たばかりで迷ってるんですよ」


「その割には日本語が流暢じゃないか?」


ですよねぇ。俺もそう思います。普段の日本語より圧倒的流暢。


「アイリー・冬美・ホワイトは私たちとファミレスでお茶をしようとして迷ったんです」


 その時だ、突然俺の背後から聞きなれた声がした。振り返るとそこには、秋元さんが立っていた。来てくれたのか。


「私たちとお茶しようとした矢先、あなたたち警察に捕まったということです。なんて不幸でしょう、ただお茶をしようとしただけで職務質問されるなんて。彼女はまだ16ですよ?」


 そう言って秋元さんが少し涙を滲ませると、警察官の二人はばつが悪そうに顔を見合わせる。


「失礼ですがこのアイリーさんとあなたたちの関係は?」


「俺たちはっ」


「私は彼女たちの付き添いで二人は付き合ってます!」


「「えぇ!?」」


 俺の言葉を遮って、警察官二人の前に立つとビシッと指を差して放たれたその言葉に俺とアイリーさんは同時に声を上げて驚いた。

 なにを言ってるんだ、この人は!?ちょっとニヤリと笑っちゃって楽しんでますよね?


「違うのか?この子が言うとおり二人は付き合ってないのか?」


 警察官がジロリと見定めるように俺とアイリーさんを交互に見る。すると突然アイリーさんが俺の右腕に絡みついてきた。


「そうなんですダーリンと私は付き合ってるんです。ね?ダーリンっ」


「えぇ?あーうん。そうかも」


 勢いで思わず頷いてしまった。まさかここでやらなければいけないのか?

 突然腕を組まれて動揺した俺は、反射的に振りほどこうとするが、意外と力が強くなかなか離れようとしてくれない。しかし、こうでもしないと警察も信じてくれそうにもないしなぁ。


「なっ、は、ハニー?俺たちはれっきとしたカップルです」


「っひぃ」


 避けた!?自分が腕に絡まってきたくせに今自分から避けましたよね、アイリーさん?


「まっ、そこまでいうなら。これから気をつけてくださいよ。あと学生は早く帰りなさい。では」


 警察官二人は軽く一礼すると、駅前の混雑した方へと消えていく。や、やっと解放されるのか……。両方の意味で。


「…さんきゅーです。タクミ&モミジ」


 そしてやっとのことでアイリーさんは俺から離れると、その美しい髪をなびかせながらくるりと回って俺に笑顔を向ける。

 しかし、その笑顔はどこかぎこちない。


「アタシとてもびっくりシマーシタ〜日本のコップス怖いねぇ。それではまた」


「ちょっと待った」


 また雲隠れしようとする彼女を、俺は見逃さなかった。思わず腕を掴み引き止める。


「さ、触るのはやめてください。アタシは別に怪しいことは」


 しかしアイリーさんは俺の腕を振りほどこうと体をよじり暴れはじめる。


「やっぱりまともに日本語喋れるじゃないか」


「あっ!ナニ言ってるかワカラナイネ〜」


「さすがに無理があるって」


 取り繕うようにカタコトの日本語を話そうとするもさすがにそれは通じない。夜で人も多い通りだからか、周囲の人がなんだなんだと視線をむけて来る。


「とりあえずさ」


「…なに」


「ファミレスでお茶しない?」


 俺の手を振り払うと、アイリーさんは少し考えるように視線をそらし、そして小さく頷いた。


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