第15話 ストーカーは案外隣にいるもの。
「お待たせしました、ふんわりホイップクリーム苺ぶっかけパンケーキの方?」
「はーい!!はるですっ」
ウェイトレスがテーブルに置いた皿に、可愛川さんの目が一気に輝いた。その瞬間、彼女はまるで宝石でも見つけたかのように、すぐさまスマホを取り出してカメラを起動する。
「美味しそうぅ〜これは映えるわぁ。映えの暴力だわぁ」
ふんわりとしたホイップクリームが、軽く焼き色のついたパンケーキの上にたっぷりと盛られている。そのクリームの上には、鮮やかな赤い苺がふんだんに散りばめられていて、さらに苺ソースが全体にかかっているため、視覚的にも食欲をそそる仕上がりだ。
「女子ってなんで食べる前に写真を撮るんでしょうね。さらに美味しくなるわけでもないのに」
「秋元さんも女子だろ。あと、それは俺にもわからん」
スプーンでバニラアイスを突いていた秋元さんが俺と同様可愛川さんの撮影会を呆然を見つめる中、彼女は満足するまで写真を撮り終えると、早速フォークをパンケーキに刺した。
その瞬間にサクッといい音がして、さらに可愛川さんの口元が緩む。
ナイフで一口大に切ったそれをゆっくりと口元に運び、ぱくっと頬張った瞬間。彼女の目はキラキラと輝き出した。
「うんまぁ〜キャパオーバーな一日を経験した今日の精神に染みるぅ」
秋元さんもまた、自分の頼んだチョコレートパフェを口に運んで頬を緩ませた。
俺はカラオケによって金がほぼないのにさらに野口さんが財布から旅立っていくことに素直に笑えないが、彼女たちは気にする素振りも見せずに頬張る。
俺はカロリーが高そうなパフェとパンケーキを幸せそうに頬張る二人を見て、自分のドリンクバーで混ぜた微妙な味のジュースを啜る。
「ていうかさっき坂本がこの後遊ぶ人って言った時、二人とも用事あるって言ってたじゃないか。なんでまた急にファミレスに」
「断った理由として、まず私は歌うのが好きなだけで、元々ガヤガヤした場所は嫌いです。だからそれとスイーツは関係ありません」
「はるもあまり人と同調しないといけない遊びは得意じゃないから、なつなつがいないならはる意味ないなぁって。だからスイーツは別腹です」
「あっそう」
もうなにも言葉が出ない。
二人が食べてるのを見て俺も腹が減るが、俺まで注文すると本格的に財布から野口さんが飛び立って家に帰れなくなるので、外でも眺めて気を紛らわそう。
ファミレスの大きなガラス窓越しに、駅前の賑やかな風景が広がっている。
夕方のピークが過ぎたとはいえ夜の賑わいは続いているようで、駅から次々と人が流れ出してくるのが見える。通勤帰りのサラリーマンや学生たちが行き交い、忙しそうな足取りでそれぞれの目的地に向かっていた。お疲れ様です。
ふと視線を追うと、駅から出てきた一人のサラリーマンが目に留まる。
ケーキの箱を持ってる。いいなぁ家帰ってケーキ食うのかな?家族のためかどちらにしろいいなぁ。腹減った。
そんなふうに、彼の後ろ姿をぼんやりと眺めていると、急に見覚えのある顔が視界に入ってきた。
「あれ?一条だ」
「えぇ?どこどこ?」
スプーンをくわえたまま可愛川さんが、窓に近づく。
「ほらあれ」
「あらまほんとだ」
慌ただしく駅から出てくる人々の中で、逆行するように彼だけが少しゆったりとしたペースでスマホを弄りつつ歩いているためよく目立つ。
時折スマホから目を離して辺りをキョロキョロする仕草をするが、それ以外は特に普通で人の流れに乗るように駅に向かって歩いてる。
見た感じ、誰かと待ち合わせしているわけでもなさそうだ。
「一条ハルキの後にいるのは誰ですか?」
「え、なんのこと」
「ほらかなり空間を開けていますが、一条ハルキのあとをつけてる人が」
秋元さんに言われて一条のさらに後ろをよく見る。すると、確かに一条から少し距離を開けて歩く人が一人いる。
遠目だが、背格好的には女性と思われるもサングラスをつけてパーカーにフードを被り顔が見えないため確証を持てない。
そのサングラス女性は、一定の間隔を保ちながら一条の後ろをついて歩いている。
「一条の友達…ってわけじゃなさそうだな。本人気付いてなさそうだし」
「でもサプライズで近づいていって驚かそうとしてるのかもよ?」
「もしくはストーカーなのでは?」
可愛川さんのパンケーキを勝手に食べながら言った秋元さんの一言に俺たちは振り返る。
「ストーカー!?一条に?」
「いやありえるよ、一条くん結構モテるってなつなつが言ってたし」
確かにその可能性もゼロではない。一条は、あのルックスと性格だ。女子に人気がありすぎて男子からやっかまれるくらいなのだから、過激なファンの一人や二人がストーカーしててもおかしくない。
それに一条はああ見えて結構抜けてるとこがあるからな……。
俺は少し不安になりつつ、再び窓の外を見るがすでに一条の姿は見えなくなっていた。
その矢先だった。
ストーカー女(らしき)の周囲に制服姿の警察官が突然二人現れたのだ。
その二人はサングラスをかけた女性に、笑顔で話しかけているがここからではなにも声が聞こえない。サングラスの女は困惑気味に後ずさるが、二人の警察官はそんな彼女を前後から挟みこむように立ち塞がった。
「もしかしてだけど職務質問されてるんじゃ?」
そりゃあんな怪しさ満々な格好をしてたら警察じゃなくても怪しいと思うわな。
俺はどこか他人事のように思いながら、まあ職務質問されたなら一条の身は安全だろうと思った。
さすがにフードとサングラスを脱げと言われたのだろうか、恐る恐るだが素直にパーカーのフードを脱ぐと、その下から暗闇の中でも輝くような美しい白金色のふんわりとした髪が解き放たれる。へぇ、綺麗な髪だ。
「まるで冬美ちゃんみたいな髪だね」
「だな」
そしてサングラスをゆっくりと外す。すっと通った鼻筋にパッチリとした大きな双眸、そして熟した果実のように瑞々しく透き通った唇を見た瞬間、飲んでいたジュースを気管に詰まらせて盛大に吹き出す。
「あれ、アイリー・冬美・ホワイト本人では?」
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