第13話 お開き、ちょっと休憩。
「初めてのメンバーだからどうなることやらと思ったけど結構楽しかったな」
軽く伸びをした一条は肩をすくめてそう感想をこぼした。
カラオケボックスを出た俺たちはだらだらと駐車場前にある自動販売機で話す。
外に出ると、まだ夏の残り香が漂うような生暖かい風が頬を撫でる。
時刻はすでに7時半近いが、空はまだ薄明るく、柔らかな夕焼けの名残が空に広がっていた。
「だね、またいつかこのメンバーで遊ぼ」
「途中参加だったけど結構楽しかったわ、みんなあずきちを受け入れてくれてさんきゅー」
自販機の前でコーラを買い、取り出しながら一条の言葉に頷いた鮎川さんにあずきちさん(本名がわからない)も同意する。ていうか一人称、あずきちなんだ。
「僕はここで帰ります。予定より帰るのが遅くなったので」と吉田くんが言って、駐車場に停めていた自転車に跨った。
「気をつけてねっ…」
頬を赤らめた可愛川さんが手を振り、それにぺこりと頭を下げた吉田くんはそのままペダルを漕ぎ出した。吉田くんらしい去り方だ。
「ちぇっ空気読めねぇ奴。オレはまだ全然遊べるぞー俺と一緒に遊ぶ奴いるかー」
「悪りぃ、このあと俺用事」
「あらま。お前も空気よめねぇー」
威勢の良い坂本の叫びに、スマホを見ていた一条は手を挙げて断りを入れる。
一条のその態度に、坂本は不満げに口をへの字にして腕を組むがすぐに切り替えて他の奴に絡みに行くも、生憎俺以外みんな用事があるそうで、坂本は哀れ一人ぼっちになった。
悪いな坂本、どうせ俺と二人っきりで遊んでも楽しくないだろうしまた別の機会に他の生徒を誘ってくれ。
コーラのプルタブを引いた鮎川さんが、シュワっと音を立てると「んじゃ、私とあずきちはバスで帰るから。それじゃ」と手を軽く振って歩き出した。
続いてあずきちさんもまたね、と一言告げてから鮎川さんに続く。
「あいつはあずきちと帰るとして、可愛川、秋元とアイリーは帰れそうか?」
「私は最寄りの駅まで歩くから大丈夫です。何かあったらこの……」
そう言って秋元さんは唐突に俺のネクタイをギュイッっと引っ張った。
突然のことであることと、俺が運動不足なこともあり情けない声を出してよろけた俺は思わず前のめりの体勢になり、秋元さんの端正な顔と急接近する。
「中谷匠を盾にするので結構です」
「え、お前らそういう関係?」
「違うから!!」
思わず大声を出して否定した俺の声を聞いた一条は鼻で笑い、俺たち二人を交互に見つめる。ホントに違うから。
「私も紅葉ちゃんや匠くんと帰るから心配しないでもらって大丈夫かな」
「可愛川がそういうなら大丈夫か。アイリーは?」
「アタシはホテルまで歩いて帰りますネ〜。ダイジョブ、歩いて10分デス」
おっとりと答えたアイリーさんのその答えに「そうか」と一条は頷き、少し考える素振りを見せると坂本の肩を叩いた。
「坂本はアイリーを近くまで送ってくれ。多分すぐ暗くなるし一人歩かせるのはさすがに不安だろ」
「べ、別に大丈夫デスッ!!ホントにお気遣いなく」
「ってアイリーちゃん言ってるけど」
「馬鹿。さすがに女子一人で帰らせるわけにはいかないだろ。俺はこの後コンビニ寄って最寄り駅まで行って帰るからさ。じゃ坂田頼んだぞ。アイリーも素直に送ってもらえ。じゃあな、可愛川、秋元」
そう言って一条は坂本をアイリーさんのところに押し出し、そのまま歩き出して振り返ることなく駐車場を後にした。困惑した坂本はとりあえず俺たちに「じゃあな」と言ってから、戸惑いながらもアイリーさんを送ろうとする。
「みんな去る時は嵐みたいだよな」
「ですね。嵐の前の静けさというより、嵐去ったあとの静けさって感じです」
頷いた秋元さんは俺たちとともに呆然と、去り行く彼らを見送る。
「まっ、とりあえずはるたちも帰ろっか。このままぼぉーとしてても仕方ないし」
可愛川さんがそう言いながら、先に歩き出す。
「ですね。あーそれにしても疲れた。一体なんのために私がこんなことに駆り出さなければ」
「そういうこと言う割に秋元さんが一番歌ってたな」
「何も記憶にございませんが?」
その後に続いた秋元さんの言葉に、思わず俺はそう返すと彼女はわざとらしく首を傾げてしらばっくれる。
駅に向かう道の両側には、小さな商店が並び、店先に明かりが灯っている。通りを歩く人々の声が遠くから聞こえ、夕暮れ時の穏やかな空気が漂っていた。
「……まーでも楽しかったです。悪くなかったと言いましょう」
「えっ?だよね、楽しかったよねぇ。紅葉ちゃんがそう言ってくれると思ってなかったなぁ」
「鮎川真夏や一条ハルキなどの陽キャがいなければもっと楽しかったと思いますが」
「またまた照れちゃって」
人差し指を秋元さんの頬にグリグリと押し付けて嬉しそうに話す可愛川さんに、秋元さんはこれだから陽キャはと言わんばかりにはぁ〜と大きなため息を吐いた。
正直陰キャでも陽キャでもない俺から見ればどっちもどっちだと思う、口には出さないが。
「それで吉田透とは何か進展はあったのですか?」
「…え?」
「そもそも私が吉田透がこのカラオケに来ることを推したのは、可愛川はると彼の焦ったい仲を少しでも進展させるため。私は…陽キャに絡まれていたため何もできませんでしたが、中谷匠がいつもの通りサポートに回ったはず」
「まあ、それなりにはサポートに回ったがな。こういうのはどちらかというとゆっくりと…」
「進展はあったのですか?」
いつもの淡々とした口調の彼女ながら、その口調には力強さが含まれており、秋元さんはズイッと可愛川さんの方に顔を近づける。
威圧感を感じた可愛川さんは一歩、二歩と後ずさりをしてから俯く。
「そんなに詰め寄らなくても」
「中谷匠は黙っていてください。先ほどが勝負所だったはずなんです、それで可愛川はるが何もできなかったなら私みたいな腑抜けと変わりません」
先ほどまでの上機嫌な顔とは一変して、いつもの無表情に戻り正論を吐く秋元さんは淡々とした口調ながら真剣だった。
俺はなんだか少し背中がゾワっとするのを感じた。思わず可愛川さんの顔を伺うが、彼女は少し俯いていてその表情は読み取れない。
「はるは腑抜けだよ。すぐ照れちゃうし奇行に走っちゃうし、肝心の好きな人にはあざとくなれないし。だから同じ空間で吉田くんと一緒にいれた今日ははるにとってすごい大きな一歩だった。一緒の空間で遊べただけでも、隣に座れただけでも、少しだけど話せただけでも」
「可愛川さん…」
「大きな一歩だったよ。だって……吉田くんと携帯の連絡先交換したしぃいいいいい!!」
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