第12話 振られても好きだよ。
「ごめんねっ!」
「え?」
突然沈黙を破った可愛川さんの謝罪の言葉に思わず吉田くんと俺は呆気に取られる。そんな様子を見て彼女は更に顔を真っ赤にする。
「こんなカラオケとか急に連れてこられても困るよね。私が誘ったせいでごめん、つまらないよね。知らない人の前で歌いづらいし仲があまり良くない人たちと急にカラオケとかなっても疲れるし、空気読めてなかった。次は何か誘うときはもっと前から誘うから。急に知らない人に話しかけられちゃってもびっくりするよね。
だから、ごめん」
可愛川さんは顔を伏せて、絞り出すように何度もごめんと謝る。見ていられずなんとかフォローしなくてはと俺は口を開こうとするが吉田くんの方が早かった。
「例え僕がつまらなかったとしても可愛川さんが申し訳なく思う必要は一切なくない?」
え、と顔を上げた可愛川さんと吉田くんの目が合う。彼の前髪から覗く瞳は彼女を捉えていた。
「でも誘ったのは私だし。せっかく誘われたのにつまらなかったら嫌じゃない?」
「そりゃあ確かに急に誘われた時は驚いたけど、でも行くって決めたのは僕でしょ。決定権が僕にあるなら責任も僕にあるわけで、可愛川さんが申し訳なく思う必要はないと僕は思う」
「それはそうかもだけど」
「それに僕つまらないって全く思ってないよ」
「え?」
可愛川さんは目をパチクリさせる。
「疲れると言うよりかは圧倒されているって感じ。みんなこんな明るいんだーってびっくりして見てるだけで楽しいよ。それに家族以外でカラオケに来たの初めてだからなんか目新しくて楽しいんだ。ほら楽しんでるって証拠にマラカス持ってるでしょ?」
そう言って吉田くんはシャカシャカとマラカスを左右に振って見せる。
「でもまったく歌ってないし…それは知らない人ばかりで歌い辛いからじゃ」
「あーそのこと」
少し目線をずらして照れ臭そうに彼は頬を掻く。
「ぼ、僕…自覚はしてなかったんだけどさ妹に音痴って言われたんだ。それにまあまあ傷ついたっていうか」
「音痴?吉田くんが?」
「そう。だから歌い辛いとかそういう理由じゃ……」
俯きながら言う吉田くんに、可愛川さんは肩の力が抜けたのかぷっと吹き出した。
「笑わないでよ」
「ごめん、吉田くんが音痴とか思ってなくて。ふふふっ」
可愛川さんが笑うのを見て吉田くんはバツが悪そうにしたが、一頻り笑って緊張の糸が切れたのか彼もははっと笑う。
よかった……そんな二人を見ていて思わず口からそんな言葉が漏れる。
「気を使ってるとかじゃなくてよかったぁ」
「それはないよ」
伸びた前髪をいじくりながら、照れ気味の吉田くんはそう断言する。
「僕正直だからつまらなかったらちゃんと思ったことを正直に言って、僕は早めに帰ると思う。それでよく友達にバカ正直とか空気読めないとか言われるけど、でも嫌なことは嫌ってはっきり言うものだし。
それに空気って読むものじゃなくて、吸うものじゃない?」
「空気は読むものじゃなくて吸うもの」
「そう」
テレビに書かれた歌詞を読んでいた俺はその言葉を聞いて天井を見上げながら思わず可愛川さんと同じように言葉を脳内で繰り返していた。
すごく重い、俺にとって真反対の吉田くんの言葉は俺に重く重くのしかかった。
よく聞くありふれた言葉なのに、おそらく俺が一生吐くことのできない言葉。
「そうだね。空気って吸って吐くものだよね」
「うん、だから可愛川さんは申し訳なく思う必要ないと思う。だって僕は感謝してるから」
「…感謝?」
「だって可愛川さんが誘ってくれなかったら僕は友達とカラオケに行くという経験もできなかったし、ここにいる人たちとも多分関わることはなかったから。だから感謝」
大真面目で伝える吉田くんに対して、可愛川さんは数秒ぽかーんとした後頬を真っ赤して黙り込んだ。
「あれ、変なこと言ったかな。可愛川さん?可愛川さん?えのかわさーん」
もう勝手にやってくれ、二人とも。そう心の中で毒付きながらにやりと笑い、その後二人は楽しそうに会話を始めたため俺は安心してジンジャーエールを飲んだ。
いつの間にかジンジャエールはぬるくなっていた。
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