第9話 ストーカーはお互い様。

「ストーカーですか?」


 突然、俺の背後から聞き慣れた声とともに、横から彼女の白い腕が伸びてきた。

 俺はそんな彼女の透き通るような白い腕を視線で追う。

 綺麗で柔らかそうで、そして細すぎる腕だ。血が滲んでしまいそうなほど白く透明感のある肌は、まるで陶器のように美しい。

 そしてその腕は新しいコップをセットし、メロンソーダのボタンを迷いなく押した。


 下ろしていた視線は、ついに上に向き彼女の瞳と俺の瞳があう。

 悪戯っぽくにひっと歯をみせて笑う彼女は、見惚れるほど美しかった。

 視線が絡む、頰が熱くなる。

 恥ずかしいわけでもないし彼女のことを恋愛的に好きなわけではないのに、あまりの綺麗さに目を逸らしてしまう。


「ストーカーってどういう意味?」


「だってはるがドリンクバーにきた瞬間、匠くんも来るとか完全にストーカーでしょ?被告人、反論はありますか?」


「誰が被告人だ。ただ空になった俺の分と吉田くんの分のコップを注ぎにきただけだよ」


「よ、吉田くんのコップなの?その手に持ってるやつ」


 可愛川さんのコップを握る手にキュッと力が入り、少し動揺した声が俺の耳に入る。吉田くんってだけでそんな反応をするなんてよっぽど好きなんだな。

 氷に満たされた自分のコップを可愛川さんの隣にセットし、ジンジャーエールのボタンに手を伸ばす。


 あっ、そういうことか。


「間接キスはさすがにダメだと思うよ」


「別にそういう意味で驚いたわけじゃないからっ!!」


 俺が半分真面目にそういうと、可愛川さんは顔を真っ赤にして俺の肩あたりをグーで殴る。痛い。


「冗談だよ。今注いでるのは俺の分で片手に持ってるのは吉田くんの分。なんでもいいって言ってきたけどなにがいいかわからないなぁ」


「ふーん」


 彼女は頬を膨らませ少しむくれた顔で俺を睨みつけていたが、すぐに表情を柔らかくして微笑む。


「じゃあオレンジ選んだ方がいいよ」


 シュワシュワと炭酸が弾ける音と共にコップから溢れそうなほど注がれたメロンソーダをこぼさないように気をつけた可愛川さんが、ボソッとつぶやく。


 なんで、と聞き返そうとしたが可愛川さんの顔を見てやめた。


 寂しそう、いや違う。どこか遠くを見つめ、何か眩しいものを見るような表情を彼女は浮かべていた。


「吉田くん炭酸嫌いみたいなんだよ。カラオケ来てから一度も炭酸飲んでないし、ずっとオレンジ飲んでるから。多分オレンジジュースが好きなんだと思う」


「俺よりよっぽど可愛川さんの方がストーカーじゃない?」


「失礼だな。ストーカーじゃないよ、恋してるだけで。まあ似たようなもんか」


 確かにストーカーっぽいかも、と自虐的に笑った彼女は泡立った表面がコップの中の液体と混ざり合うのを、ぼーっと眺めている。

 自分で発した言葉に自分自身が恥ずかしくなったのか、はたまた照れたのか知らないが頬が少し赤い。


 そんな彼女を隣で見ているとなぜか俺も恥ずかしくなってしまい、視線を落としてしまう。きっと顔が赤くなっている気がする。


 その後も彼女とは目が合わなかったし、俺に目を合わせる余裕なんてなかった。


「鮎川さんって一条と付き合ってるのかな」


「え、なつなつ?付き合ってないよ二人とも、ただ幼なじみってだけで」


 気まずくなった空気に耐えられなかった俺は、とりあえず話題を変えてみる。

 可愛川さんはきょとんとした顔をしたが、すぐにいつも通りの笑顔で応える。


「へぇそうなんだ。いやクラスの女子たちが噂してたからさ、二人は陰ながら付き合ってるって」


「付き合ってないってはるは言ってたよ。なんか幼稚園の時からの仲なんだって」


 一条と鮎川の仲の良さはクラス内でも有名だ。二人とも恋人以上に親友という関係性がピッタリくるくらい、よく一緒にいるし話もよくしているのを見かける。

 そんな二人がカップルと間違われ噂されるのも少しは頷ける。


 そっか付き合ってないのか、少し拍子抜けした気持ちでドリンクバーの機械に吉田くんの分のコップを置いた。


「じゃあ鮎川さんの方が一条のことを好きなのか」


「えっ?」


 思わず口から零れた、そんな言葉に可愛川さんの肩がビクッと反応し大きく目を見開いて俺を見る。


「ななななっ、なぜそれを?」


「ん?なんとなく勘っていうか、可愛川さんが一条のことを下の名前じゃなくて上の名前で言ってるからそうなのかなーっと」


 急に落ち着きがなくなり、目が泳ぎ始め持っていたコップが揺れる。


「は、はるはなにも知らないからっ!!教えないからなんも知らない知らない知らない。あーあー聞こえないっ、聞かれても聞こえないーあーあー」


 片手で耳を抑えながら、激しく頭を横に振る可愛川さん。コップから溢れたメロンソーダが彼女の白い肌にかかり、冷たくはじける。


 可愛川さんは動揺を隠しきれておらず、目が泳ぎっぱなしだ。

 そんな彼女を見て、俺は思わず笑ってしまう。


 あざといとか計算高いとか自分で言ってるくせに、実はめちゃくちゃ自分に正直じゃないか。そんな可愛川さんが面白くて俺はまた笑ってしまう。

 そんな俺を見て、彼女は少しむくれたように顔を膨らました。


 その仕草がまた俺の笑いを誘ったのは言うまでもないだろう。


「あっ、匠くん。ストローはい」


 オレンジジュースで一杯になったコップを取り出していると、可愛川さんがストローを2本こちらに差し出してニッと笑う。


「俺ストローは基本使わないから、吉田くんの分だけ入れといて。両手が塞がっていて俺なんもできないからさ」


「りょーかい。じゃあ匠くんの分のストローははるが使うよ、吉田くんの分ってオレンジの方だよね」


 うん、と頷くと可愛川さんは俺が左手に持ったオレンジジュースにストローを一本入れる。それを見てふとずっと俺は思ったことを聞いてみる。


「なんで可愛川さんは吉田くんのことが好きなんだ?」


「…えっ?」


 俺の言葉に可愛川さんが固まる。そして、その視線が右往左往して動揺を隠せずさらには手元まで震えだす。


「なんでそんなこと聞くの?」

 

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