第7話 出会いがなければカラオケに行けばいいじゃないの。

「ええーと好きなタイプか…うーんそうだな。同じクラスのアイリーさんとか?」


「「アイリー・冬美・ホワイト!?」」


 思わず吉田くんの回答に俺と秋元さんが声を上げてしまい、周りからの視線を集めてしまった。自分も俺と一緒に叫んだくせに「しーっ!しーっ」と人差し指を口元へ寄せる秋元さんが無駄にむかつく。


 しかしさすがにしまったと思い、俺は咳払いをしつつ吉田くんに詰め寄るようにテーブルの内側に身体を寄せる。


 アイリー・冬美・ホワイト。彼女は1年の1学期末に俺たちのクラスに転入してきたばかりのアメリカ人とのハーフの少女だ。

 雪のように真っ白に近い金の美しい髪を腰まで伸ばした美少女で、その美しい髪と端正な顔立ち、そしてその容姿と人当たりの良さから、すぐにクラスに溶け込み、今では可愛川さんに並ぶクラスのアイドル的存在になっている。


 全く、ルッキズムとは悲しい物だ。


 確か現在サッカー部のマネージャーをしているという話を同じグループの男が話していた気がする。


「吉田くんって結構面食いんなんだね」


「強いていうならだよ。強いて」


 吉田くん本人もさすがに周りに気を遣ったのか、先ほどよりさらに声を抑えていた。

 勝手に物静かで大人しい奴かと思っていたが、もしかしたらわりと愉快なやつなのかもしれない。となんでか知らないがこのタイミングで吉田くんへの評価を変える。


「アイリー・冬美・ホワイト……私たちの身の程を知って言ってるのですか?吉田透」


「だから強いてだって」


 しかし、秋元さんは陰キャというものに評価が低かったようで納得いかない様子で再び文句を垂れていた。

 とはいえ、彼女もこれ以上彼を問い詰めて間違えて「可愛川さん」の名前がぽろっとでてしまうのはまずいと思い少し雑談をし切り上げることにした。


「可愛川さん…話聞いてきた…よ?」


「だからさ、可愛川もカラオケ行かないかと思って声をかけたんだけど」


「あー。うーん、どうかな?はるわかんないかも」


 得た情報を可愛川さんに共有しようと思い廊下に出ようとすると、可愛川さんが誰かと話していることに気づく。


「あれ?中谷じゃん、どうしたん」


「いや可愛川さんに用があって。一条は?」


「俺も可愛川に用。カラオケへのご招待」


 親指をぐっと立てながら、人当たりのいい笑みを浮かべる彼はまたまた同じクラスメイトの一条だ。先ほどの話題にも出てきたサッカー部の一年にして期待のエースの彼はよく一緒に昼飯を食べるグループの主要メンバーだ。


「一応真夏が来るのと俺の友達の、ほらあいつ坂本が来るのは決定なんだけど他のメンバー決まってなくて」


「あっ、友達来るの?じゃあなつなつと二人っきりじゃないんだ」


「当たり前じゃん」


 同じグループで昼飯は食べるが、大抵こういう遊びに誘われることはあまりないため俺には関係ない話と割り切り、俺は通り過ぎようとする。

 吉田くん情報は放課後にでも、可愛川さんに伝えとくか。それで話は終わり、俺もお役御免で、あとは焼くなり煮るなり自分で恋愛を続けて欲しい。


「匠くんもっ!」


「え?」


「匠くんも一緒に来るのならはるも一緒に行こうかなぁ」


 何を言っているんだ、と思わず口から漏れかけた言葉を飲み込み、俺の腕を掴む彼女を見る。彼女は相変わらずの笑顔で俺を見ていたが、その瞳の奥は笑っていないように感じる。


「なんでそうなるんだよ」


「いいじゃん。カラオケのノリ好きじゃないんだよ、でもさすがになつなつと男子たちだけで遊びに行かせれないし、こうなったら多くのカラオケへの犠牲者を出すしか」


 小声で可愛川さんに訴えると、笑顔のまま彼女はとんでもねぇことを言い出し腕を掴む手に力を込めてくる。

 いやなら行くなよな、まあ友達思いから可愛川さんも仕方なく行くんだろうが俺も巻き込むなよ。


「え、中谷…?あーまあいいけど。じゃあ俺と中谷と、真夏、可愛川、坂本で行くか」


「中谷匠なにをしてるので…うわぁ陽キャだ……」


 後ろからひょっこり現れ俺に声をかけてきた秋元さんが、一条を見るなり強い嫌悪感を示した彼女はうげぇと声を漏らす。

 そんな露骨な顔するなよ。


「そうだ!紅葉ちゃんも参加しなよ〜カラオケっ。紅葉ちゃん歌うの好き?」


「き、嫌いではないです。むしろ好き」


 あんなに陽キャに対して強い拒否感を醸し出してたのに、案外乗り気だなおい。


「でも陽キャは苦手ですからはここは丁重にお断りを」


「嫌いじゃないなら一緒に行こうよ、匠くんも来るよ?」


「中谷匠が?」


 驚愕の事実とでも言いたげに、目を見開き両手で口元を隠した秋元さんは瞬時に俺の方に振り返り、その鋭い眼光で俺を蔑んだ目で睨みつける。


「お前もなのか、中谷匠」


「誰が裏切り者だ。ていうかまだなにも言ってないだろ」


「所詮自分は陽キャ側の人間と言いたいのですね、中谷匠。わかります、でも私を巻き込むんじゃねぇ……」


 爪をガシガシ噛みながら、ブツブツと怨み辛みを垂れる彼女に反論するも今の秋元さんにはなにも届かない。


「そりゃあ紅葉ちゃんがいやって言うなら全然大丈夫だけど、はるこれを機会に仲良くしたいなぁって思ったんだ」


「っぐぐぐぐ……近いぃ、陽キャのオーラがぁ」


 半ば強引に秋元さんに抱きついた可愛川さんが、再びの上目遣いで彼女に詰め寄る。強引に絡む陽キャ限界値MAX女子相手にはさすがの秋元さんも太刀打ち出来なかったらしい。死んだ魚のように光を失った目で、その手を振りほどこうともせず力尽きた様子の彼女はか細い声で呟いた。


「…行っちゃおうかなー」


「やったぁ」


 可愛川さん……恐ろしい子っ。


 とまあそんな訳で結局秋元さんもカラオケに同行する事になった。


「勝手にカラオケメンバー追加していくじゃん。えっとちょっと待って、今のメンバーは俺、坂本、真夏、可愛川、中谷、秋元って感じでいい?」


「うん、だいじょうブイっ」


 一条が携帯に俺たちの名前を打ち込んでいきながら、今の参加メンバーを確認するとピースサインをしながら可愛川さんが笑顔で頷く。


「あれ吉田透は一緒に行かないのですか?」


「「「え?」」」


 当然と言わんばかりの顔で平然と投下される爆弾発言に、その場にいた全員が驚きを隠せず一瞬凍りついたように感じる。特に可愛川さん。


 いの一番に動いたのは俺だった。今にでも悶えて奇行に走りそうな可愛川さんの頰を両手で挟み込むように掴み、声がでないようにする。


「抑えるんだ可愛川さん、一条が目の前にいる」


「うぐっ…うう」


「突然どうした二人とも?」


 俺のジェスチャーと可愛川さんに必死の形相に異変を察知し、一条は首を傾げている。彼のもっともな疑問に対してのフォローを行うとする。

 とりあえず別の話題で誤魔化そうと口を開く。


「せっかく可愛川はるがカラオケに参加するのだから吉田透が参加した方が効率的なのでは?」


 秋元さん悪意なく被せてきてると分かっているのだがさすがに待ってくれ。

 わかっている、彼女が可愛川さんを思って言ってるのはわかっているし優しいのだ が、さすがに可愛川さんが息を引き取る寸前のような顔をしている。


「可愛川と吉田でなんの関係があるの?」


「な、なななないよ!!なにを言ってるのかなぁ、い、一条くんっ……そ、そりゃあったらいいけど、でも今現在はないよっ!!」


 小声で本音でてんぞ。


 あまりにも鋭く純粋な一条の質問に、顔を真っ赤にしながら必死に弁明するもテンパりすぎて何を口走っているかよくわからない。

 水から顔を出した魚のように口を動かす可愛川さんは、とても面白いがそこまで必死に取り繕うとさらに疑われるのではとも思う。


「俺は全然可愛川さん次第で吉田をカラオケに呼んでもいいけど、可愛川はどうしたい?」


「え?」


「私も吉田透が来ることに賛成です。中谷匠もそうでしょう?」


「え?」


「みんながいいなら俺はいいけど…可愛川さんは大丈夫か?」


「え?え?え?え??え?」


 一条にうまく話をまとめられ、秋元さん、そして俺にまで詰め寄られた可愛川さんは目を回しながら、しどろもどろになっている。


 壊れたロボットのように首を左右に振り、壊れたラジオのように同じ言葉をずっと吐き出す化け物と化した可愛川さんは、ついに一言振り絞る。


「吉田くんにカラオケ誘ってきます……」


 こうして、奇妙な人選のもとカラオケに行くことが決定した。

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