第6話 屁理屈少女とあざと女子の好きな人。

「えっ?ちょっと見せて」


 急いで立ち上がり、背伸びをして小窓を覗く可愛川さんが秋元さんに続き。俺もその後ろから身を乗り出すようにして覗いた。

 小窓から見えるのは後ろ姿だが、たしかに彼は吉田くん本人だ。その特徴的な猫背と目元にかかるくらい長い前髪は見間違えようがない。なんという偶然。

 あの後、吉田くんも俺たち同様図書室に来てたのか。

 その姿をよく見ようと、3人並んでみていると吉田くんがこちらを振り向いた気がした。


「伏せろっ」


 あいつもしかして覇気の使い手か。

 焦った俺と可愛川さんは咄嗟に身を隠すように座り込むが秋元さんは気にした様子もなく、未だに小窓を食い入るように覗き込んでいる。


「なにしてるんですか、二人とも」


「馬鹿っ、今あいつこっち見てたぞ」


「見えるわけないですよ」


「わからないだろ、もしかしたらあいつも覇気の使い手なのかも」


「はぁ?すりガラスなのに見えるはずがないでしょ」


 ごもっともなツッコミをされた。


「とりあえずせっかくテーブルについて本を読んでいますし、本人に好きな人がいるのか聞きにいきましょう」


「そうだな、聞かないと始まらないし」


「無理っ!!」


 秋元さんの言葉に俺も同意し立ち上がった途端、可愛川さんが再び膝から崩れ落ちた。


「吉田くんの姿を直接見てたら腰抜かした。ていうか吉田くん、いや吉田さまの半径1メートル近くに行ける自信がない」


「一体吉田くんをなんだと思ってるんだよ」


 可愛川さんの吉田くんに対する謎の恐怖にツッコミを入れつつ、涙目で俺たちを見上げた彼女のあまりにも情けない様子に、なんでか冷たい目で見てしまう。

 それからくる恥ずかしさからなのか、両手で顔を覆い隠した彼女は膝立ちのまま動かない。

 そんな様子を秋元さんは笑いをこらえているのか肩がヒクヒクと動いていた。


「所詮陽キャも恋をしてしまえば、陰キャに結構似ている。ふふふ、興味深いです」


「それ以上追撃するな、秋元さん」


 可愛さの欠片もない笑いを漏らす秋元さんを見て、たまらず止める。しかし可愛川さんが立ち直る様子はなく、うずくまっている彼女の背中をさすりつつ声をかけるが反応がない。

 これは困った。

 俺がそんなことを考えていると突然図書室の扉が開かれる。


「なにしてんだ、紅葉?…と中谷と可愛川さんっ!?」


 ツンツン頭で細身の長身、メガネが特徴の人の良さそうな男子生徒が扉から顔を覗かせると俺たちの姿を見て驚く。

 彼もこれまた同じクラスの生徒、久家義一だ。秋元さんや吉田くんと仲良くしており、俺も秋元さん経由でたまに話したりしている。


「よ、よ義一っ!久家義一がなんの用です?」


「準備室でいつも通りお昼とってるかと思って顔を出したんだが、まさか中谷や可愛川さんがいてびっくりしたわ」


 秋元さんを思って顔を出したのか、いい奴だ。だがしかし、なんて間の悪い奴なんだ。

 ただ、今お前が来ても話がややこしくなる。

 先ほど名前を呼ばれた秋元さんは俺の陰に隠れるようにして久家からは見えないようにしているし、可愛川さんは顔を隠したまま動こうとしないため必然的に俺しか対応できない。

 唯一無事と言える俺はとりあえずいつも通り久家と話す。


「そういえば久家って図書委員だっけ?」


「ああ男女二人で図書委員だから、紅葉と俺で図書委員。ていうか紅葉珍しいな、俺以外の人と仲良くしてるなんて」


「どういう目で見てるかは知りませんが、私と中谷匠は仲良くしてません」


「ぐっ。それはそれで言葉にされると傷つくな」


 心臓を抑えた振りをしながら俺は頬をかき苦笑いを返す。

 そんな俺たちのやり取りを不思議に思ったのか可愛川さんは首を傾げ、俺の耳元へ口を近づけて小声で話しかけてきた。


「もしかして紅葉ちゃんって義一くんのこと好きなの?」


「そんな情報俺が知ってるわけないだろ」


 俺もつられて小声で可愛川さんへ返すと、納得したのかそれ以上は聞いてこなかったが、そこには明らかに目をキラキラと光らせた彼女の表情が合った。

 さっきの落ち込んでいた様子はどこへいったのか、どこからかハートの背景すら見えてくるくらい、テンションが上がっている。

 これはまた面倒ごとが起こるな。

 俺はこれから起こる出来事を予知し思わず顔を引きつらせてしまう。


「と、とりあえず中谷匠、一緒に吉田透の下にいくのです!」


 久家に見つかり焦ったのか、それとも好きな相手が目の前にいるという緊張からなのか、頬を赤く染めた秋元さんは俺の背中を両手で押しながら図書室の入り口へ向かう。


「わかったから押すなって。じゃあ吉田くんから情報聞いてくるから、可愛川さん吉田くんの近くに行けないのなら廊下で待ってて」


「自分ごとなのに主戦力になれなくてごめんね…」


 可愛川さんはとほほ〜と肩を下げ落ち込んだ様子で俺たちを見送る。

 その彼女の姿に申し訳なく思いつつ、俺は久家の横を通り過ぎ図書室を出て吉田くんがいるテーブルへ向かう。


 ページをめくる音とペンがノートに擦れる音を横で聞きながら、吉田くんの向かいに座る。

 さてどうやって攻めようか。単純に「好きな人いるの?」と聞くのはさすがに直球過ぎるし、さすがに無神経だ。かといってあまり接点のない吉田くんに相談するのも不自然すぎる。


 まずは、軽い雑談から始めるのはどうだろうか。最近読んでいる本や、試験勉強について触れつつ、少しずつ話題を彼の好きな人の話に持っていく。

そして、タイミングを見計らって、「そういえばさ、吉田くん、誰か気になる人とかいる?」とさりげなく聞いてみる。


 もし、彼がすぐに警戒しないような返事を返してくれたら、そのまま進めて、好きな人に好きな人がいるかどうかを自然に話の流れで探る。逆に、何か疑われたら、それはそれで一歩引いた上で別の機会を待つしかない。


 俺がそんな戦略を立てていると、俺の存在に気がついたのか吉田くんが本から顔を上げる。

 その前髪の隙間から見えた彼の目と俺の目が合い思わず緊張するが、俺は覚悟を決め深呼吸すると、秋元さんへ目配せをする。


 秋元さんは俺の目を見て小さく頷いた後、意を決したように口を開いた。


「吉田透の好きな人を聞きにきました。正直に答えることをおすすめします」


 えっと、そっちじゃないんだけどなぁ。

 彼女なりに考えた結果なのだろうが、あまりにストレートすぎる。俺は思わず頭を抱えた。


「ごめん、こんなストレートに言うつもりはなかったんだけど。でもなんか気になるなぁと思って。答えるのが難しかったら答えなくていいよ」


「確か中谷……さんだよね。いいよ別に、秋元さんがストレートに物を言うのは図書館に通ってる時点で知ってるから」


 おそらく俺の下の名を覚えていないのだろうが、言葉を濁して強引に話を続けた。

しかし、吉田くんは特に気にした様子もなく、本へ視線を落としながら口を開いた。


「好きな人はいないよ。あんまり恋愛とか興味ないし」


「へぇ、そうなんだ」


 廊下の方から可愛川さんが興味津々な様子で顔をひょこっと出し、俺に「なんて言ってるの!」と口パクで聞きながら暴れる彼女をとりあえず無視する。


 この流れで好きな人がいないとわかったなら、次は好きなタイプを聞いてみるか?  

 いや、これはまだ早い気がするし、それに俺の勘だが彼はあまり自分の話をしないようなタイプだ。


 だから彼の好みを聞いてもおそらく答えてもらえないだろう。


「それで吉田透の好きなタイプは?」


 イッタァ!!俺が聞けないようなことを平然と聞くのが秋元さん、そりゃあさすがに痺れる憧れるわ。

 しかも彼女は俺たちの会話に割って入ったかと思いきや、自然な流れで吉田くんの隣へ腰を下ろしたかと思うと彼の両の肩を掴みながら質問する。


 さすがの吉田くんも、彼女の行動に驚きを隠せないようで目を丸くし固まっている。


「な、なんでそんなこと聞くの?」


 ごもっともな疑問だ。


「私の平和を取り戻すためにです」


 なんて回答だ。ていうか昼飯ごときに平和とか大げさ…じゃないのか?

 俺は脳内でツッコミを入れるが、吉田くんは彼女の言葉の真意を掴めていないようで首を傾げている。


 しかし秋元さんにとってそれはどうでもよかったようで、彼女はそのまま話を続ける。


「さぁ答えてください」


 そんな回答で答えられるか。さっきから秋元さんだけ会話は噛み合っていないように感じるのは俺だけだろうか。

 だが、秋元さんの勢いに押されたのか、彼は頰をかきながら口を開いた。

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