第4話 職業、プロのあざと完璧美少女。

 恋に一直線に馬鹿になってしまう彼女はそれを隠すことなく真正面からぶつけてきているのだ。俺はその問いに応える自信はない。


「そもそもの話だけどなんで俺にそんなこと話すの?話されても俺にできることはないと思うよ」


 透明人間のようで、いるようでいない俺に話して一体なんの特になるのだろう。

 廊下を歩いていても、すれ違う人々の視線は俺を通り過ぎ、まるで空気のように無視される。集団の中に溶け込んでいるはずなのに、誰も俺の名前を呼ばず、存在さえ気づかれない。それが俺だ。


 話しかけられても、それは相手が単なる喋りたい欲を発散したいだけで、本当に俺と話したいわけじゃないというのは俺が一番わかっている。


 だからこそ、俺も深く踏み込まない。返す言葉は軽く短く、脳内に残らないようなさらっとした言葉だけ、相手が興味を失う前に自分の会話を終わらせ聴きに徹する。

 普段ならこんな恋愛話など絶対に関わりはしないし、聞いたとしても聞き流すだけ。


 しかし彼女……可愛川さんの言動は俺の中の何かをくすぐり、気づけば俺は彼女の恋愛相談に乗っていた。


「そうだねぇなんでだろうね」


 可愛川さんは蹲るのをやめ、スクッと立ち上がると何事もなかったかのように俺の隣に座り俺の弁当から唐揚げをつまむ。おい、自然に取るな。まあ元々可愛川さんのものだからいいけど。


「匠くんとはるってさ、正直あんま接点ないよね。たまに話したりするけどそれはグループで、とかで単体同士で話すことはほぼなかったと思う」


「そうだな」


「多分これからもあんまり接点はできないんだろうなぁとこの前まで思ってた。だって匠くんって人と壁作ってるじゃん」


 彼女は俺の目を見てはっきりとそう言った。


「え、俺が?」


「違う?違ったら、あーごめん。ただはる的にはね、はる的にだよ?匠くんはそこにいて会話に参加してるはずなのにいつも記憶に残らないように徹してるっていうか。そこにいるのに、いないみたいな感じで自分で自分を薄めてる。そんな感じに見えたんだ」


 思わぬ彼女の鋭い言葉に、俺はたじろいだ。今までそんなことを言われたことはなかったし、実際自分で意識もしていないことだったからだ。

 俺が答えないでいると彼女はハッとした表情となりまた頭を搔いた。


「いやぁごめんごめん!自分の恋愛もまともにこなせないような人にこんなこと言われたくないよね。忘れて」


 そして少し申し訳なさそうに俺を見た後、自分の弁当へと視線を戻した。

 しかし俺はそんな彼女の言った言葉について考える。


 俺が人と関わりを持とうとしない理由、それは単純に、他人が俺に興味を持っていないからだと思っていた。


 しかし、その考えが彼女の言葉で揺らぎ始めた。

 自分が壁を作っているなんて、考えたこともなかった。俺はただ、自分が他人にとってどうでもいい存在だから、存在を主張しない方が、周りにとっても、自分にとっても楽だと思っていた。


 いや実際そうだ。誰も俺と深く関わって来ようとはしなかった、snsは交換してるし昼飯も一緒に食べるけれど、所詮それは形式だけで誰も俺の内面なんて見ちゃいないし興味すらない。

 わかりやすくいうと、主人公の友達グループなのに名前すらないモブD、それが俺だ。


 だいたい、今だってこうして迫られなければ可愛川さんとの接点はなかったような仲の彼女に俺の一体何がわかるんだ?


 わかるはずがない。


「なんで可愛川さんは俺が壁を作ってると思ったんだ?」


米を頬張ろうとしていた彼女の箸は、俺の一言で宙で静止して俺を見る。


「うーん、強いていうなら共感できたからかな。はるも仮面を被って生きてきたタイプだからさ」


「え?」


「さっきも言ってたじゃん。入学した時からずっと理想の自分をずっと演じてきたの、そっちの方が生きやすいじゃん」


 彼女は少し寂しげに笑うと、大きく口を開けて米を頰張る。


「誰でも素でいい子な子はいないよ。みんな取り繕った皮を被った同士で仲良くなる、それが私の場合皮がかなり分厚かったってだけ。完璧美少女になるのも結構大変なんだよ、まあ素の私を好きになる人なんていないから……仕方ないけどさぁ」


「可愛川さん……」


「ごめんちょっと。うぅ」


 彼女は自分の言った言葉に、自分で傷ついてしまったのか目に涙を溜めて、俺に見られたくないからか顔を隠すように深く俯く。

 そんな彼女の姿がどこか自分と重なり、俺は思わず彼女の肩を手で掴んでいた。


「俺になんもいう資格ないと思うけどさ、可愛川さんの素誰も嫌わないと思うよ。俺が言うのってあれだけど、俺は素の可愛川さんの方がどちらかというと好きだけどな」


「うぅうっ……うへへうへ」


 泣いていたと思っていた可愛川さんは、泣き声から徐々に変な声へと変わっていき、肩を震わして笑いを堪え始めた。


 まさか。


 俺は即座に俯いた彼女の顔をこちらに無理やり向かせると、両手を自分の目の下に置きシクシクと泣き顔ポーズをして泣いた振りをしていた可愛川さんの顔が見えた。


「シクシク、匠くんそんなこと考えてたのぅ?なんだっけぇ素のはるが好きなんだっけぇ?」


「うるせぇ」


 よく考えれば可愛いぶりっ子ポーズと、声出しの泣き真似はあざとい女子の常套手段だ、俺はまんまと騙された。

 常に疑心暗鬼に思っていた俺でも見抜けないくらい、彼女は完璧に泣いていた……演技をしていたのだ。


「これがさっき言ってた、よくあざとさキャラを隠し通せたなへの答え!」


 可愛川さんは語尾にハートがつきそうな勢いであざとく言う。頰を赤らめながら、してやったりという顔で胸を張る彼女に呆れる。

 しかし、そんな俺を見た可愛川さんの表情は一変し、またもぶすっと不満げな表情へと変わる。


「なに、まだ信じてないの?」


「いやいや信じました。はいはい、さすが可愛川さんだな」


「当然でしょ、だって」


 両手でピースを作り、輝くような瞳を向けた彼女は告げる。絶対に崩れない可愛い笑顔を携えて。

 その彼女の言葉はあまりにも不意打ちだった。


「可愛川はる、16歳は、プロのあざと完璧美少女キャラなんだからねっ」


 心臓がキュッと縮んでしまうくらい、彼女のその笑顔も声も姿も今までに見た可愛川さんの中でも1番輝いて見えた。

 今のは天然なのか計算されたあざとさ、いや彼女はそんなこときっと考えていない。

 全て計算した上で、その計算を超えた自然体な今の彼女に、俺は目を奪われそして思わず苦笑してしまう。


「まずひとこと言わせていただくと、あざとキャラやめた方がいいと思う」


「えぇ!?」


「好きな人がどの男子にもあざといと、やっぱり嫌だろ?」


「た、たしかに……いやでもはるのアイデンティティだからですなぁ」


 うーんと唸りながら頭をかかえた彼女は俺の隣へと腰をかけ、そして俺の肩へと頭を預けた。


「どうしたらいいかなぁ」


「いやそういうところっ」


「ふぇ?」


 可愛川さんは何が悪いのかわかっていないような表情で俺を見上げる。その彼女からは悪意を感じられず、天然なのかわざとなのかわからないが俺はドギマギして視線を逸らしてしまった。

どこまで計算された行動なのだろうか、今のも全て無自覚なのか?


「今のとか好きな奴以外にやっちゃいけないだろ、さっきの泣くのとかも。無自覚に 他の男にあざとさを振り撒くのは絶対に良くないと思う、恋愛的に」


 俺は少し強めに彼女に言う。


「で、で、でもこれははるが入学した時からやってるから癖っていうか無意識?みたいなそんな感じなんだよ!だから直すのは難しいかなぁ、はる可愛いからさ、意識せずとも滲み出ちゃう感じ?」


 出た、あざとさガンガン漏れガール。


「恋愛ならあざとさは禁止、わかった?」


「うぅ…がんばります。でもまずまず接点がないしなぁ」


「だから接点を作るため、あるスケットを呼んでその人に可愛川さんの件は引き継いでもらう。俺はあんまり役にたたないから」


 携帯を取り出し、連絡帳からある人を選びその人にメールを送る。


 吉田くんが可愛川さんに恋する姿というのはなかなか想像できないが、だが事実は小説より奇なり、だ。

 もしかしたら本当に……あるかもしれない。


 俺はそんな淡い期待を胸に秘めて弁当を食べ進めた。

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