第3話 あざとさ100点、恋愛偏差値10の可愛川はる。
結局俺は強制的に可愛川さんに連れられて、中庭のベンチで彼女のお弁当をいただくことになった。
その可愛川さんの弁当を開けてみると、一段目は大きなハートの形をした海苔巻き弁当だった。
なんというか、とにかく可愛らしい女の子らしい弁当である。男子なら誰もが一度は夢見たような、そんな彼女が作ってくれそうな愛され系弁当。
自分用の弁当にしては凝りすぎてることを踏まえると……おそらくこれは誰かにあげる用。しかも吉田くんの机に置いてあったってことは。
「これ吉田くんにあげる予定だったの?」
「そうだよ!まったく関わりないのに初手弁当だよっ、何か悪い?」
いや別に悪いとかは無いけど、普通に初手ハート弁当はさすがの可愛川さんでも重いかなと。
彼女はぶすっと不満そうな顔で自分の弁当の蓋を開けると、すぐに明るい表情へと変わった。
二段目を開けるとハート型のおにぎりやタコさんウインナー、卵焼きといった定番のおかずたちが並んでおり、その片隅にはプチトマトやらブロッコリーなんかの野菜類も丁寧に添えられていた。
「この弁当本当に俺がいただいていいの?」
「別にいいよ、どうせ吉田くん食べないし。はるも自分の弁当あるから流石に二つも弁当食べれないし、無駄にはしたくないじゃん?だって朝4時起きで作ったんだよ?」
袴から制服に着替えて、いつも通りの二つ結びの髪型をした可愛川さんは、無表情ながらもどこか切なげに言葉を紡いで箸を口へと運ぶ。
「まあ確かにな。じゃあ…いただきます」
「はい、いただいちゃってください」
まず目に入ったのが、卵焼きだ。綺麗な黄金色が狐色に変わりかけてる、薄すぎず厚すぎない焼き加減。控えめに振られたごまがまた良いアクセントになって、どこか懐かしい気分になる。
その期待を胸に俺は卵焼きを口に入れる。
うん、うまい。卵焼きとして何の特徴も変哲もないが、しっかりと味付けはされており、その優しい味に思わず顔がほころぶ。
「美味しいでしょ?」
「めっちゃうまい」
「だよねぇ。うまいよねぇ、だって朝4時に起きて弁当作ったんだもんねぇ。ちょっと卵焼き1個頂戴」
可愛川さんは俺の弁当の卵焼きをひとつ摘み自分の口へと運ぶ。しばらく彼女は味わったあと、うんと頷いて話を続けた。
「いや午前4時起きのほぼ不眠の体に染みるわぁ。この卵焼き何度も何度も焦がしちゃってさ、完璧に作れるまで頑張ったんだよね。まあ送る予定だった相手は結局食べなかったですけど」
そんな自分で自分のライフを削るのはやめるんだ。
「ていうか俺の前であのキャラ作らないんだね…」
「キャラって?」
可愛川さんは自分の弁当の唐揚げにかぶりつきながら首を傾げる。
「いやだから……そのーあざといキャラっていうか?」
俺がそう言うと可愛川さんは、口に頬張った唐揚げをごくんっと喉を鳴らして唐揚げを飲み込み腕を組んで考える。そして数秒後、ハッとしたような顔つきとなりまたぶりっ子っぽい表情へと戻った。
「なんのことかなぁ?はるわかんないよ〜」
「いやもう無理があるって」
「ぐはっ!」
心臓のあたりを抑え、可愛川さんはその場に崩れる。
というかここまで徹底してあざとキャラ貫いてたのに好きな人が関わっただけで吉田くんの前ですらない俺にボロを出すとか、なんなんだこの人。
「普段だったらね、崩したりしないの。入学時から守り抜いてきたこの完璧美少女っぷりを卒業まで崩すつもりはなかったの……でも匠くんがあんなこと言うからっ!」
俺の目の前で頭を抱えて涙目になる可愛川さんは、とてもではないが先ほどまであざといキャラを演じていたとは思えなかった。
ギャップが可愛いとよくいうが、流石にこれは激しすぎだろ。可愛い越えてもはや引く。
「あんなことって吉田くんのこと?」
「ぐほっ!そう……吉田くんのこと。まさか普段あんまり関わりない匠くんに、はるの好きな人がバレると思ってなかった。はるの演技は完璧ぺきぺきぱーふぇくとだったのに」
「あんな心臓を抑えたり、悶えたり、くねらせたりしたらさすがの俺でもわかるよ。ていうかそんなんでよくあざとキャラを隠し通せたな」
俺は仕方なく弁当へと視線を戻して食べ始めるが……可愛川さんはまだ立ち直っておらずに、その体勢のまま動かない。
「はるだってなんともないって演技しようと思ったよ?でも吉田くんのことになると……もうキャラ作れなくなるくらいどうにもならないというか。えへへ」
彼女は照れたように笑い、その顔を手で覆った。頰を赤らめながら恥ずかしそうな彼女を見ていると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。
「ていうか正直な話オタクの吉田くんとみんなから人気の可愛川さんの接点ってほぼないイメージだけど。仲いいのか?」
「それ聞いちゃう……?」
絶望の淵に立たされたかのような表情をして指の隙間から俺を見上げてくる可愛川さんに、思わずたじろぐ。
え?なんか聞いちゃいけないことだったのか?
「ゼロだよっ、もちろん接点ゼロゼロゼロ!!趣味も違うし、関わる人も違うし、部活も違う!接点があまりにも無さすぎるの!」
彼女は勢いよく立ち直って俺の隣で地団駄を踏む。いや、子供かよ。
「でもね、でも好きなの……本当に好き。こんなに接点ないのに恋しちゃったの」
もどかしそうに悶えながらも、恥ずかしそうな複雑な表情で俯く彼女は、その言葉の通り本気で恋をしているのだろう。
俺は今まで恋愛経験なんて無いし、わからない。
しかしそんな俺でも彼女の気持ちが本気であることは見て取れた。
「ただこんなに好きでも、どうやって関わればいいかわからなくて」
「普段のあざとい可愛川さんなら、男となんてすぐ仲良くなれるんじゃないの?」
俺がそう言うと、彼女はまたぶすっと不満げな表情へと変わった。
その変わり身の早さはなんなんだ。
可愛川さんは頰を赤らめながらも、どこか切なそうに俺を見つめるとボソッと呟いた。
「……きな…いの」
「なんて?」
しかしその声はあまりにも小さすぎたため俺の耳に届くことはなく、俺は思わず聞き返す。
すると彼女は今度は顔を真っ赤にしながら大声で叫んだのだ。
「できないの!吉田くんの前ではあざとくなれないの、他の男子なら3分でイチコロなのに吉田くんの前だと照れちゃって照れすぎちゃってあざとくいられないの!!普段の私が恋愛偏差値79だとしたら、吉田くんの前だと恋愛偏差値10の底辺ドベ生徒になっちゃうの!!」
あまりにも大きな声であったため、俺は思わずその場で飛び上がった。
可愛川さんは自分のしたことにハッとすると、その後また蹲り頭を抱えて悶え始めた。
「こんなのはるじゃないぃよ……ねぇ匠くんはどうすればいいと思う?」
可愛さ全開であざといいつもの彼女は、今はもう見る影もない。
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