第7話 休日の午後は自爆と告白と甘いデザート
2時間だけのデートに漕ぎつけた。
どうしよう。いつもの休憩室でも店内でもないところで、藤間と過ごせる。もう内心とーま呼びで、面と向かっても店長とは言わず藤間さんと呼んでいる。何も言われないけど、意図的に、そう呼んでいる。プライベートも知り合うような関係になりたい。もっと言えば、プライベートを共にするような関係に進みたい。
日曜の昼過ぎに、バイト先のコンビニに入った。まだ藤間は勤務中で、声を掛けたら驚かれた。一緒にいた、パートの早苗さんに、制服じゃないと印象が違って、ますます大人びている、と言われた。所謂フケているってことなんだろう。休憩室で待つ。することはないが、考えることが山のようにあって、落ち着かない。
甘ったるい呻き声をあげたくなるような、もどかしさ。凝り固まった肩を上下させたり、背中を伸ばしてみたりした。
聞きたいことも山のようにある。
藤間がおまたせ~、と笑って休憩室に入ってきた。
「すぐ、着替えるから、待ってて」
と更衣室に入っていく。カーテンで仕切られているだけだが、簡易的な洗面台もあって鏡も付いているので、なかなか便利だ。水を流す音が聞こえて顔を洗っているのがわかる。それに、スプレーの音。汗っかきだと自認している藤間がよく使っている制汗だろう。いつもそばによるといい匂いがする。
背中から引っ張るようにして、バイトの制服を脱いで、逞しい上半身を今頃露わにしているのかも、と想像していたら、
「ごめん、お待たせ」
と思ったよりも早く着替えて、藤間は出てきた。
「あ、似合いますね」
Tシャツにデニムといった普通の恰好なのに、身体の輪郭がほどよく出ていて、いいな、と思う。
筋肉質な男性が好みだなんて、思ったこともなかったが、そのムキムキな身体に不釣合いな幼い顔立ちが堪らない。二重のはっきりした目がいつもきらきらしていて、わたしはじっと見てしまう。
「そう?何着ていいかわかんなくて、結局いつものになっちゃったんだけど」
「いつもどうりでいいすよ」
「南央さんも似合ってるね、そのワンピース」
「ありがとうございます」
藤間のことを考えながら、沙織の買い物に付き合っていた時に見つけたのだった。ノースリーブのバイカラーのワンピース。上半身が白で、スカート部分は紺色だった。いつも黒とかグレーばかり着るわたしにしては勇気をだした。今日は帽子も被らず、日傘をさしてきた。こういう女の子らしい恰好は学校の制服以外で着たことがない。なるべく深くキャップを被り、オーバーサイズのカジュアルなものを着て男の子っぽくしている。でも、そんないつもの姿じゃ、藤間には見向きもされないだろうと思ってやめたのだった。
なんせ、初デートだから。
出がけに、目ざとい母親に声を掛けられて、一瞬迷ったが、好きな人と二時間お茶をするだけだ、と答えた。
母親は、口を開けたまま、立ちすくんでいたが、
「今日、お祝いしよう、」
と言った。わたしの極端な男性不信から、口には出さないまでもいろんなことを諦めているようだったから。
わたしは頷いて、家を出た。
今度は連れ帰って、わたしの部屋で過ごしてもいいな、と思った。母親の様子から、ウェルカムなことが伝わってきたから。
そのレトロな喫茶店は、店から歩いて5分程だった。眩しい通りを二人で並んで歩いた。早苗さんには、藤間への好意がバレていると思う。外堀から埋めていこうかな、とズルいわたしは考える。
「結構、暑いね、大丈夫?」
藤間のいつもの優しさに、いいかな、と願いを口に出した。
「はい。手つないでもいいですか?」
「えっ、ムリムリ、何言ってんの、」
慌てふためく姿がかわいい。
「すぐ、そこまでだから」
わたしは、藤間の手を握る。恋人にして、と願いを込める。あ、汗が、汗が、とビビって落ち着かない藤間に、大丈夫だから、と笑いかけて、宥める。
「ホント、南央さん、強引。慣れてそうで、コワい」
と言う、藤間に、今までの鬱屈や、もろもろの出来事を洗いざらいぶちまけてしまおうかと思ったが、ちょっと優位に立っているようで、まあ、いいか、と思い直した。
恋愛慣れした女子高生か。そんな、いいもんだったら、もっと藤間を夢中に出来たのかもしれない。
藤間の厚くて、大きなあったかい手と繋いだ自分の手を見て、踊りだしそうなくらい嬉しくなる。軽く振って歩く。
「藤間さんと歩くと日除けにもなるんだな、すごい」
わたしは、らしくなくはしゃいでしまう。
たった5分手を繋いだだけなのに、こころが満たされている。
藤間をみると何かオドオドしているようだ。気が気じゃないよ、ホント、と苦笑いを浮かべて、肩で額の汗を拭いていた。
お店に入ると年配のオーナーがカウンターから、いらっしゃいませ、と言って、とーまくん久しぶり、と手を上げた。
クラシカルなテーブルセットに、この店のものだったのか、と休憩室の家具を思い浮かべた。
落ち着いた店内は照明も柔らかなオレンジで、大正モダンとでも言えそうな佇まいだった。
メニューを見て、わたしは興奮する。
「俺はアイス三種盛りのプリンアラモード。乗ってるサクランボも美味いんだよ」
藤間の嬉しそうな顔に、わたしも嬉しくなる。
「じゃあ、わたしも。アイスは二種類で。その後にカフェオレを頼みます」
「あ~、俺も、甘いの食べた後は、コーヒー飲みたい」
気が合うな~。
見つめ合っても、すぐ目を逸らされたり、そっぽを向かれたりしなくて、安心する。わたしの好意を信じてもらえているんだと感じた。
店内に流れるジャズは、わたしにはよくわからなかったが、藤間とマスターの中では目くばせし合うほど馴染んだ曲のようだった。マスターはそれ以外では視線をこちらに向けることなく、カウンターの中にいて、存在感をうまく消していた。
藤間もわたしのことをどうとも説明しなかった。
「こんないいお店だったんだ、外からじゃ分からないですね」
「うん、ここ落ち着くんだよね」
「……、今日、お時間とってくれてありがとうございます」
「あ、いやいや、俺も話したいこと、あって……、食べてから話すよ」
やけに落ち着いている藤間に、なにか、吹っ切れたような清々しさみたいなものを感じた。悪い意味で。
「今言って」
不穏な予感にざわざわした。
「……、え、と。考えてみたんだけど、俺は多分、南央さんのこと大事には出来るけど、幸せにはできないな、って。これから先、大学生になって、いろんな人と知り合って、多分、今の気持ちのままじゃいられないと思う。そんな時、俺に縛られているのって、すごい勿体ないし、そうなるだろう、ってわかっていて、付き合うのも、俺は出来ないよ」
「へっ……」
二の句が継げない。
「ごめんね、正直、すごい嬉しかった。戸惑ったけど」
マスターがこのタイミングでプリンアラモードを運んできて、咄嗟に、
「すみません、冷やしてもらっていていいですか。今だと美味しく食べられないんです」
とマスターの目を見て、はっきりお願いした。
「いいですよ」
とマスターはお盆をもって、カウンターに戻って行った。
「はぁ、そういうとこ、すごいね」
貶しているのか、褒めているのかわからないが、唖然として、藤間が言う。
こっちがわたしの本性だよ。
「さっきの要約すると、わたしの邪魔になりたくない、みたいに聞こえたんだけど」
「……、うん、そうだね。これからもっといい人が現れると思う」
「へぇ~、それって、わたしに他の男と付き合って欲しいんだ。いらないってことね。自分は大人の女の人と安定したお付き合いをして、それから結婚したり、子供を作ったりしたいんだ。わたしだと、何年経っても学生だし、浮ついていて、面倒なんだ」
傷ついているのに、しおらしく泣いたり出来ない。
このビビりで、人が良くって、親切心の塊みたいな人間をわたしが欲しがったら、ダメなの?性格悪すぎて?性根腐っていて、歪んでるから?そんな、わたしみたいな人間にこそ、藤間みたいな男が必要で、そばにいて、笑っていて欲しいのに、、。
「いらないとかじゃないって。それに、俺、」
声を抑えて藤間が言う。
でも、わたしは抑えがきかなくなっていた。
例えようのない怒りに丸ごと支配されていた。
「……他の男にわたしがどんないやらしいことをされても平気なんだ?」
「えっ?」
「男の人と初めて手繋ぎデート出来た。さっき。男の人の身体も自分からなんて触ったことない。父親でさえ。当たり前でしょ、わたしがどれだけ大人の男にひどい目にあってきたか、親戚の男に監禁されて、友達の父親にレイプされかけた。どこに行っても性的なことをされて、コワくて、吐き気がする。今日だって、こんな格好初めてした。帰りは、おおげさだとわかっていても怖いから、藤間に送ってもらおうって思っていた。帰りも手を繋いで歩けたらな、って思って。手慣れてる女子高生じゃなくて、悪かったね。わたしみたいなのを幸せにしてよ。藤間しか、いないのに。未来にだっていないよ、過去にもいなかったんだから。藤間がいてくれないなら、誰も信じないで生きる。もっと大人のいい女と幸せになればいい」
言い切って、終わったな、と思った。
すぐ自爆してしまう。そんな過去重すぎんだって。
モテて、恋愛上手な女子高生のほうが、普通に手を出しやすいじゃん、それをみすみす……。
ため息が出た。
目の前に置かれた水を一気飲みして、あ~、タメ口で言っちゃったよ、と思う。しかも藤間って、呼び捨てだし。
顔を上げられなくなって黙っていると、南央さん、と呼ばれた。優しい声で。なんて言われるんだろ。
「ごめん、慣れてそう、とか言って、……、南央さんの言葉で、俺も言わなきゃなって、今覚悟が出来たよ。あのさ、俺、南央さんの気持ちが嬉しい。本心は、南央さんと付き合えたらなって思うよ」
「……、な、えっ、どういう、」
混乱する頭を抱えて、藤間を見ると、ぐいっと、グラスの水を飲み干して、真剣な眼差しをわたしに向けた。
「長い間、誰にも言えなかったし、自分に失望していて。俺、EDなんだ」
「ET?」
「ううん、笑わせないで、精神的なものなんだけど、俺、」
藤間は一度、俯いて、一呼吸おくと、それから、すっと顔を上げた。
「南央さんにはちゃんと言わないとだよね、さっき、つらいこと、いっぱい思い出させてしまって、ごめん。俺は、抱きたくても南央さんのこと抱いてやれないかもしれない。付き合っても、これを理由に振られるの、多分、俺耐えられない」
「……、それが理由?」
「そうだよ」
「本心はわたしが欲しい?」
「その聞き方……、ふふっ、南央さん、俺のこととーまって呼んでるんだね。しかも、普通にタメ口だった」
藤間が笑ってる。
「ごめんなさい」
わたしは両手をスカートの膝に置いて言う。
「いいよ、とーまで。さっき呼ばれて、ドキドキした。帰りは手を繋いで帰ろう。俺のこの告白聞いても気が変わらなかったら」
目をきらきらさせたプーさんを捨てるなんて、出来ない。
藤間にとってシビアな問題だとしても、なぜか楽観的にしか受け取れない。
わたしと付き合えたらな、って言われたことに、思考回路なんて、とっくに溶けていた。
藤間はわたしの告白を聞いても引いていない。おかしな同情もない。そう、過去のことだから。もう終わったことなんだ。あんなにこだわっていた自分が恥ずかしい。
好きな人がもう、いるんだから。
いらないモノはどさーっと廃棄処分しちゃえば良かったのに、なぜ、そんなに、大事そうに抱えてきちゃったんだろう。
もう、コワくないのに、無力なままじゃないのに。
「帰りは恋人繋ぎがいいです」
目の前のかわいい人と未来を作っていけばいいんだ。自然と笑みがこぼれて、わたしは藤間を見つめた。
「いいよ」
藤間の笑顔に、安堵のため息をついて、わたしはさっきのプリンアラモードをマスターにお願いした。
SugarTime きょん @19800701kyoko
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