第4話 曖昧な境界線
バイトで最近入った女子高生が謎すぎて、よくわからない。
深夜帯で、お客もポツリ、ポツリしか来ない。主に、品出しや陳列の整理、店内掃除、あとは事務処理的なことが仕事のメインになる。一緒にシフトに入っている大学生の狩野(かのう)に、コーヒーを出した。時々、イートインスペースで休憩して貰う。狩野はここ以外でもバイトをしているらしく、時々欠伸が止まらなくなっているから。上だけ制服を脱いで貰えば、店員かどうかなんて外からじゃわからない。すぐ脇のレジで、公共料金の領収書をまとめながら、店長の藤間(とうま)は口を開いた。
「今の子って、距離感おかしいのかな?」
十分、今の子である狩野の背中に問いかけた。
「え?なんすか」
狩野が椅子を回して、こっちを向いた。
「あ~、いやさ、南央さん、なんだけど、」
と言い淀む。おかしな勘違いを狩野に小馬鹿にされるような気がした。
「あの、やたらキレイな子ですよね。買い物次いでに寄ったら知らない子いるから、びっくりしましたよ」
「あ、うん。似合わないよね、コンビニ」
「店長もジムでインストラクターの方が似合いますけど」
「狩野くんも研究室とかのほうが似合いそうだよ」
しばし、沈黙した。
「なんか、勘違いかもしれないんだけど、やたら、距離が近いんだよね。世代間ギャップ?あれがフツーなのかな?と思ってさ」
「へぇ~、何それ、おいしい案件」
「俺は、いちいち心臓に悪いっていうか、何か下手に触れたりしちゃったらセクハラじゃん。どう見ても、こっちワルモノだし」
「ま、そうすね。でも相手のほうから寄ってくるんでしょ」
「うん、なんだろ。絶対触らないように気をつけてるのに、すごい変なタイミングで、ペタってくっついてきたり、あれで、俺がセクハラとか言われて、騒ぎになったらさ、狩野くん、俺の無実を証言してくれる?」
肩をおとした藤間に、狩野は面白がってニヤニヤする。
「しますけど、もし、店長の勘違いじゃなくて、その子がワザとやってたとしたら、超おいしくないですか?」
「……、いや、ないよ、それ。高校生からみたら、三十手前もなんも、おじさんだよ」
「手前だったんだ……」
「え?」
「いえいえ、何でも……。でも店長、その、南央さんに聞いたらいいんじゃないすか?目とか悪いかもしんないじゃん」
「あ、そうか」
何か、納得。そう言えば、コンタクトが合わなくて、でもメガネもイヤで視力悪いのに裸眼で生活している知り合いがいた。よく転んだり、物にぶつかったりしていたが、本人は何てことないように平然としていた。日常のちょっとしたケガはもはやデフォルトというように。
「考えすぎかも」
答えが見つかったようで安心する。
「いいな、そんな案件、俺も欲しいな。ぶっちゃけ、南央さんみたいな子、なかなかいないですよね。知り合う機会がないじゃん。あの高校、バイトする必要ないし」
「まあね、でも外部進学したくて、親と揉めてて、受験代が必要みたいだよ」
「意外と苦労してんすね。店長って、あ~いう子と何時間も一緒に働いていて平気なんですか?彼女いないみたいだし」
「いないけど。高校生に手なんて出さないよ。話してて、結構笑ってたりして気さくな一面もあるけど、時々目が笑ってなくて。ちょっと底知れない感じでさ」
「ますますミステリアスで、気になりますね」
「仕事もすぐ覚えて、隙もないんだけど、スキンシップがあるっていう、おかしいよね」
「店長の身体タイプなんじゃ?」
狩野が面白がっていることがわかって、藤間はこれ以上言うのを止めた。
この前、ふいに、休憩時間が被って二人きりになった。
藤間はバックヤードの整理や倉庫の掃除に出ることにした。何となく南央と一緒にいると、落ち着かない。声を掛けて出ようとすると、南央も一緒にします、とついてきた。薄暗い倉庫は何がいるかわからないよ、と脅したが、虫もネズミもお化けも大丈夫と先にスタスタ行ってしまう。引き返すことも出来なくなって、南央のうしろから着いていった。
「ここ、掃き掃除して貰えると助かる」
と藤間は言って、自分は使っていないものをまとめて、分別していった。
大きな木箱やら、荷物の詰まったプラスチックケースを持ち上げて運んでいると、南央がそばにきて、
「力もちすぎて、店長すごいです」
と藤間の肩や腕に触れてきた。
「え、あの」
「筋肉、すごいですね、肩まで」
女性に免疫のない藤間はそのまま固まってしまう。南央はお構いなしに、ぎゅっ、ぎゅっ、と藤間の上腕を揉みこんでくる。お父さんとかにしている感覚なのか。南央の楽し気な様子に、このまま黙って好きなだけ触らせてあげようか、とも思ったが、妙な親心が沸き上がって、華奢な手首を掴んで制止した。
「南央さん、こういうこと、あんまりしないほうがいいと思う」
薄暗がりの中でも南央のもの言いたげな目をしっかりと見て、藤間はそう言った。
「こんな暗いところで、しかも、他に誰もいないのに、男の身体褒めたり、触ったり。そういうことされたら誤解する大人もいるし、危ないよ。俺みたいなガタイの奴だったら、南央さんがどんなに暴れても、口を塞がれて、逃げられないよ」
言わなくてもいい例えまで出して諭してしまったことに、一瞬で後悔した。
そういう目でみている訳ではない、と言い訳しないといけないように感じた。
「だっ、だから、その、例えばだけど」
「はい。ごめんなさい。店長、触られるの、イヤだった?」
「え、そういうことじゃなくて、」
「店長はわたしにしないでしょう、そういうこと」
熱を帯びたように見える目で見つめられて、消え入りたくなるくらに、怖気づく。
本当に高校生なんだろうか、こんなに大人びていて、やたら色っぽい。学校の制服を着ていないと、未成年だということを忘れそうになる。
「……、しない。この店は大事な場所だし、南央さんも大事だから」
ようやく、乾いた喉から声をだして、そう言った。
休憩室に戻る前にトイレで自分の顔を鏡にうつして、藤間は、頭を抱えた。
真っ赤だった。
耳まで赤い。
しばらくこの熱が収まるまで、休憩室には戻れない。
今度、くっつかれたりしたら、次は振り払うことが出来ないような気がした。
高校生なんてガキだと思っていたし、今まで興味もなかった。
完全に恋愛対象外だった。
なのに、なぜか南央を見ていると、何でも好きにさせてやりたいような気がしてくる。
「お父さんとか、親戚のおじさんって思われているだけだろ」
自分に言い聞かせた。
確かに意思の強そうな目もスラリとした手足も魅力的だと認めるけれど。それ以上に、勘、というか、本能的な部分で、敵わない相手だとわかる。
「店長、どうしたんですか?お腹痛いんですか?」
ドアを挟んですぐそばからノックと共に声をかけられて、飛び上がった。
「いっ!いやいや、大丈夫だよ」
「お腹のクスリ持ってますよ~」
「そ、それって、生理用じゃないの?」
時間を稼ぎたくて、おかしなことを言ってしまう。
「ふふっ、女子の万能薬です」
「腹いたいわけじゃなくって、ちょっと、ちょっといるだけだから、気にしないで」
言い訳もくるしくなってきた藤間に、明るい声で南央が言う。
「休憩室で一緒にお茶しましょ。店長の好きなシュークリーム買ってきて冷蔵庫に冷やして置いてましたから」
さっき南央に滅茶苦茶に触りまくられた腕でドアを開けてしまう。
これ以上近づいたらダメなのは、俺のほうかもしれない、と藤間は思う。
分厚い手のひらで、両頬をバチンと叩いて、どういう顔で休憩室に入ろうか、藤間は考えを巡らせる。
ますます赤い顔を際立たせて。
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