過去2 ⑨弱み

 ディノを城まで送るのは先日と同じ道のりだ。

 ただ今日はケインとセフィも同行している。

 「夜の城を見学していったらどうだ?」とディノが二人を誘い出したのだ。


「さて、そろそろか」


 ちょうど人どおりのない裏道へ入り込むのと同時にディノは羽織っていたフード付きの外套から短剣を取り出した。

 やはりそうくるのか。

 ケインとセフィを連れ出したのも、あのまま家に置いていたらあちらにも襲撃の手が伸びていたと予想したからかもしれない。


「ケイン、走れるか」

「……マジか」


 吐き捨てるように言いながら、ケインはセフィの腕を引いて庇うような位置に立った。――正直セフィの方が立ち回りが上手いように思うのだが、それは口にしてはいけないのかもしれない。


「行けるか、セフィ」

「……うん」


 ケインがセフィにそう呼びかけて、セフィが頷くのと同時に音もなく黒い衣装を身に纏った連中が行く先を塞いだ。

 人数は五人か。何とか俺一人で捌けそうな人数だ。


「行け、ディノ!」


 正門は真っ直ぐ抜けた先だが、隠し通路はそちらじゃない。

 右手側の小道に駆けこんでいくディノに、ケインとセフィも続く。

 三人を見送って俺も剣を抜いた。


 剣の修理が終わっていてよかった。と率直な感想を抱きながらも黒装束集団に向かって駆ける。

 ディノの後を追わせないよう引きつけなければならない。

 一人に向かって切り込んだが、これはそいつが持っていた長剣に受け止められる。が、それは想定の内、反動をうまく利用して別の奴を狙う。

 横一文字に斬りつけるが、わずかに後退されて躱される。追撃で一歩踏み込んでその腕を狙う。

 迷いのない俺の動きに反応という反応を見せず、そいつの剣を持っている腕が飛ぶ。


 よく研ぎ澄まされている。なるほど、刀工としての腕は確かなわけだ。師匠の紹介なだけある。

 足を止めずに別の奴の喉笛を狙う。俺の狙いに気づいたのか大きく後退したが、同じ速度で間合いを詰める。


「ひ」

 

 声をあげさせる間は与えない。

 少しばかり血を浴びてしまったが、この際仕方ない。

 残る三人はじりじりと距離を測っているようで、そのうちの一人がディノが駆け込んでいった小道へと飛び込んでいった。

 しくじった! と思うがそいつは放っておく。狙いは残された方の臓腑。みぞおちめがけて力を込めて剣を突き立てる。返す刃で残る一人を斜めに斬りつけて倒す。

 そんなに大したことがない奴らで助かった。一人は腕を失ったショックで呆然としているがそれに構う時間はない。

 剣を鞘に納めながらもディノたちの後をおいかける。

 一人ぐらいはディノでもなんとかやれるだろう。

 

「覚悟!」

「誰が覚悟なんて決めるか! 遅い、ヒュー」


 しばらく走ればすぐに追いついた。

 俺の姿を認めるとディノがそんな文句を言ってくるが知るか、と言いたい。

 そんなことよりよそ見をするな!と怒鳴りたいが、間に合うか!


 ディノの隙を狙った一撃は別の場所から防がれた。

 セフィだ。鈍い音と共に、襲撃者の長剣が手からはじけ飛んだのがわかった。

 まるでトリックみたいな技だ。握っている剣を飛ばすなんてどうやっているんだ? 疑問に思いながらも、襲撃者を斬り捨てる。


「――っは」


 小さく息を漏らせば、ディノに睨まれてしまった。

 

「鈍ったな、ヒュー」

「よそ見するな」


 文句には文句で返す。

 怪我がなかったんだから問題はないはずだ。


「セフィ、大丈夫か」


 抜け身の短刀を手にしたまま、動けない様子のセフィに呼びかければ、ようやく我に返ったのか小さく息をついて刃を鞘に納めて懐にしまい込んだ。

 短刀を振るうのは慣れていても、実戦で使うのはまた別の話だ。アルヴァーとやりあった後もへたりこんでいたから、命のやりとりはしたことがないのだろう。


「は、はい……」

「助かった。怪我はないな?」

「……だ、大丈夫、です」


 ディノもそれに気づいたのだろう。気づかわし気にセフィに声をかけ、怪我の有無を確認しているが、どうやら怪我は無いようで一安心だ。


「助けられたからよかったけど、あんまり無茶すんな」


 俺とディノの視線を遮るようにケインがセフィの前に立って頭をがしがしとかきまわし、セフィの様子を改めて確認しはじめた。

 ケインに任せておけば大丈夫だろう。

 二人から目を逸らせばディノと目が合った。


「まさかこんなにあからさまに狙われるとはな」

「街の中でだぞ、兵士たちは?」

「兵士だろ、あいつら」


 ディノの返答に己の耳を疑った。

 仮にも国に雇われている兵士が王子の暗殺なんかを請け負うか。


「それだけ国が荒れようとしているってことだろうな」

「一人で出歩くなよ」

「明日からは頼りになる奴が登城するからな。俺直属で働け」


 それはそれで待ってくれ、なんだが。


「下級兵士から何足跳びの出世なんだ?」

「信用できる者が少なくてな」

「いずれにせよ明日は無理だ。事務仕事だ」


 ケインとセフィに視線を送りながら言えば、ディノもそちらに視線をやった。


「城、寄ってけ」


 俺と二人に向かって軽い口調でディノはそう言ってくる。

 遊びに誘ってくるような様子だが、城である。


「ヒュー、せめてお前は着替えて帰れ。その姿で街に行くな」

「ああ」


 そういえば少しばかり返り血を浴びていた。

 確かにこのまま人前に出るのは憚れた。


 城の地下につながる隠し通路の存在は、幼い頃ディノに教えられていたのでよく知っている。

 そしてその隠し通路につながる場所のすぐ横には……、そのことを思い出してディノを見やれば子どものような無邪気な笑顔で俺を見た。


「会ってけよ」


 ディノが会いたいだけだろう、とは言わないで頷く。

 こんな夜更けに迷惑だろうなとはわかっていたが、止めるつもりもない。


「アイリ」


 ノックもしないで扉を開け、ディノはその名を呼んだ。

 恐らく顔を見る口実が欲しかったのだろう。わかるからこそあまり強く咎めることもできなかった。


「ディノ様……」


 薄闇の中、衣擦れの音とともに、人影がベッドの上で上体を起こした。

 これは完全に寝ていたな。どう考えても常識はずれな行為だ。

 話が飲み込めていないケインとセフィは部屋の外から中の様子を窺うばかりである。

 

「すまないアイリ。顔が見たくて」

「はい」


 かすかに笑ったような吐息とともに、声の主が立ち上がったのがわかる。

 まるでこれが初めてではないような態度なのは、いやあまり触れてはいけない話題な気がする。


「ですが、私、寝間着姿で、とてもディノ様の前には……」

「悪いがアイリにこれを着せてやってくれ」


 ディノが後ろを振り向いたかと思えば、セフィに脱いだ外套を放り投げてそう命じた。

 外套を受け取ったセフィは部屋の中に入り、部屋の主の元へと近づいていく。


「失礼します」

「あなたは?」


 部屋の主――アイリの質問にはセフィは何も答えず、手にしていた外套をアイリに羽織らせているようだ。

 二つの影がなにやらごそごそ動いているのを見てはいけないような気がして、目線は自然に下に降りる。

 ややあって、アイリが小走りにディノの元へやってきた。


「ディノ様、こんな時間に何かあったのでしょうか」

「アイリの占いが当たった。帰ってきたんだ」


 心配そうに縋るアイリの髪をそっと撫でつけディノは俺へと顔を向けた。


「まさか……!」


 アイリの顔もこちらを向く。が、彼女は生まれつき目が見えていない。

 目が見えない変わりに未来が見通せるのだと言っていた。そして、目が見えない変わりに人より気配には敏感なのだとも。

 

「ヒュー様?」

「アイリ、こんな夜更けに済まない」

「いいえ、お元気そうで、よかった、本当に!」


 声で俺だとわかったのだろう。感嘆の声を上げるアイリに恐縮してしまう。

 占いと言っていたが、俺が戻ることをアイリは見通していたのかもしれない。

 それだけ言葉を交わすと、アイリはディノに手を引かれて椅子に腰を下ろした。


「夜はアイリ一人なのか」

「はい、必要ありませんから」


 完全に二人の世界に浸るのを眺めているのも気恥ずかしい。二人から少し距離をとるように後ずさればケインがすぐ横に立っていた。


「どちらさん?」

「フィルツ専属の占い師、アイリだ」

「へー」


 受け流すようにケインは相槌を打っている。非現実的と言われるかもしれないが、アイリの未来を見通す力は外すことがないと言っていいほどよく当たる。当たるからこそ、衆目にさらされないようにこんな地下の部屋に隠されている。まあ、ディノの意向も多少はあるのだが。


「王子様の何?」


 こっそり聞かれて、少しだけ思案を巡らせる。


「弱み」


 多分その言葉がわかりやすいだろうとケイン同様にこっそり返せば、ケインは小さく笑った。

 明かりがないから見えないが、多分にやけているのだろう。その辺の情緒は子供のころから成長していないように思う。


「……綺麗な人」


 俺とケインの方へと歩み寄ってきたセフィはケインの横に並んでぽつりとつぶやいた。

 ディノがアイリを隠す理由はそれもある。

 微笑ましいとはとても言えない。


「ヒューさん、血が……」

「あ、ああ」


 返り血を浴びてしまった服を着替えようとやってきたのに、何を見せつけられてるんだという感じだった。

 セフィから差し出されたハンカチを反射的に受け取りかけて、汚れると躊躇っていると素早く伸びてきた手に頬を拭われてしまった。


「顔にも」

「あ、はい」


 その俊敏さに内心驚いて曖昧に頷く。咄嗟に振り払いそうになるような間合いの詰め方だった。


「どうする? 服は脱ぎ捨てておけばいいだろ」

「さすがに夜更けに裸で外出は寒すぎる」

「だよな」


 多分俺のことなど忘れているであろうディノに気づけという念を込めた視線を送ったが気づかれないようだ。

 邪魔するつもりはないから別にいい。早く帰らせてもらえればそれでいい。


「意外にさ、純情なんだな、あの王子サマ。なんか見ててむず痒い」

「本当にな」

「……」


 ただ見守ることしかできないから――見守ることしかできないから、早く家に帰りたい。

 ただの不法侵入者だから俺が単体で城内をうろつくことはできない。

 後にしろとも言い出せず、いたずらに夜は更けていった。

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