インターバル 乳兄弟の独白
不服そうな表情をしながらも大人しく立ち去る乳兄弟を見送り、ディノは大きく息を吐いた。
口下手なくせに顔にはでるんだよな、と呆れるやら、その素直さがうらやましいやら、複雑な気分である。
実直さは評価に値する。だが実直さが愚鈍さという短所に直結する。
だが、その表裏一体の奴の性質は信頼に値する。
ディノにとっては大変使い勝手のよい駒だ。
ただ、駒と言い切ってしまうには少しばかり躊躇いはある。
どちらかといえば家族に対しての感情に近いのかもしれなかった。
利用できるときは躊躇いなく利用するし、誰よりも信頼もしている。
(……まあバレたら面倒くさいことになることはたくさんあるからこのまま黙って言うことを聞いてくれた方がありがたいんだけどなー)
乳兄弟は、そんなディノの思惑も何となく本能的に感じ取っているようにも思える。
感じ取っているが、まだ完全に理解はしていない。そんな感じなのかも。
「やっぱ昇進はさせるべきか」
そんな反省を口に出す。
兵士の上層部からの陳情を跳ね除け続けるのもそろそろ厳しい。
年齢的にも実力的にも、下級兵士のままで置くのは厳しいのだろう。
「でもなあ、昇給して、結婚されても困るんだよなー……」
学生時代に乳兄弟が想いを実らせた話を聞いたときは手放しで喜ぶことができた。大人になるにつれて、権力を握るにつれて、その想いが邪魔なものになるなんて思いもよらなかった。
(一度昇進させて、難癖をつけて降格させれば見限られないか?)
さすがに口にするのは憚れたので胸中でつぶやく。
直接的に手を出すのは禍根を残す。できれば穏便に、そして早々に別れるのが一番理想の形だ。
(どっかで振られると思ったんだ。口下手ってマイナスじゃないのか)
学生時代の子供の恋である。
適当に解散するだろうと思ったのに、なぜか乳兄弟は順調に交際を続けている。
普通の娘が相手ならば、思いが実ったその時の気持ちをずっと持っていれただろう。
なぜあいつが選んだのが、悪名高き豪商フローレス家の一人娘だったのか、正直理解に苦しむ。
あの『死の商人』と乳兄弟をとおして縁続きになるのはディノの望むところではない。
強い後ろ盾になりえるのかもしれないが、あれに支援されるぐらいだったら敢えて茨の道を選んだ方がましだった。
万年平の乳兄弟を、あの業突く張りな父親の方がどこかで見切るかと思っていたが、その気配もない。
(今は駄目でも将来的には甘い汁をすすれると思ってんのか)
「あら、悪い顔をされて。また謀略ですか」
ちょうど部屋にやってきた乳母、ルーヴィアが揶揄うような声をかけてくる。
幼き頃に実母をなくしたディノにとって母と呼べるのはこの人だけだ。
「何もかもうまくいかなくて頭がいたい」
「先ほどヒューと話していらっしゃいましたね。いつものように愚息が何か粗相を?」
「……別れさせたいんだ。怒るかな?」
「どうでしょう? 実行するのならば駆け落ちされる可能性も考慮してくださいませ」
そうなるのか、とディノは肩を落とした。
「想いは面倒だ」
「またまたそんなことを」
穏やかな表情で微笑む乳母に、ディノも笑みを返した。
「まだまだあいつには働いてもらわなければならない」
「どうぞ、ぼろ雑巾のようにお使いくださいませ」
相変わらず、息子の扱いは雑だ。
ディノ自身も雑に扱いがちなのを自覚している。近々何らかの形で労う必要があるだろう。
せめて今の依頼が終わったら昇進を考えてやろう。
あれは陽動だ。
外に出しておくことで、何かが起こる予感はあった。
(全てははあいつも俺も生き残れたら、だな)
「さっそく明日から遠方に行ってもらうことになったが、大丈夫か?」
「私の心配をしてくださるんですか。ありがとうございます。おかげさまで寂しく感じる暇もないほど忙しくさせていただいておりますよ」
「……」
貴族派の送りつけてきた若い侍女たちと口論が絶えないと噂を聞いていた。
「あまり無理しないように、母さん」
「ありがとうございます。十二分に気を付けますわ」
利用するとか、頼りにするとか、色々な感情はあるものの結局はディノにとって彼らは大事なものなのだ。家族なようなものだから。
そんな感情をこめて乳母を「母」と呼べば、彼女はしたたかな笑みで答えてくれた。
(あの貪欲な死の商人の方をちょっとだけつついてみるか。どうなっても俺を恨むなよ、ヒュー)
きちんと将来を誓い合っていれば盤石だろう。崩れたら今までの行いが悪いということ。
(あとは無事で帰ってくればいい。ガスバを付けたからバカはしないだろう。多分)
なんとなく消えない嫌な予感を振り払うようディノは立ち上がった。
「あら、ディノ様どちらへ?」
「アイリの顔を見に」
純粋に顔を見たいという気持ちもあったが、不安の裏付けの面が大きいかもしれない。
心配のしすぎなだけで何もなければそれでいい。
多分、問題はないはずだった。
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